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  その気持ちに気付くのは


「謙也さん、うざいっすわ」

 ああ、またや。
 可愛いげのない後輩からの今日何回目かもわからない悪態に、俺は言い返す気も起きず溜め息をついた。




「なぁ白石、俺って財前に嫌われとるんかなぁ」
「は?なんやいきなり」

 ある日の昼休み、俺は弁当を広げながら親友である白石にそう問い掛けた。
 突然の問い掛けに白石は怪訝な顔。せっかくのイケメンが台無しや。まあこいつのこんな顔はたまにしか見れないから得っちゃ得だけど。
 って、ちゃうちゃう。そうじゃなくて。

「なぁ、どう思う?」
「んーいや別に…嫌われてはないやろ。むしろ好かれてる方なんちゃう」
「はぁ?好かれてるぅ?」

 なに言っとるんやこの絶頂男は。俺が普段どんだけ財前に酷く罵られてんのか知っているくせに。これで好かれてるとか、とうとう頭がおかしくなったのだろうか。
 そんな気持ちを込めて白石をジト目で睨む。すると白石はその視線の意味に気がついたようで、苦笑しながら俺に説明をしてきた。

「だって考えてもみいや。あいつの他の2年に対する態度」
「他の2年?」
「せや。まあ俺らレギュラー陣はともかく…財前って準レギュラーを含めた他の2年に全然近づいてないやろ」
「そう言われれば確かに…」

 思い返してみれば、確かに財前がレギュラー以外の2年と話しているところをあまり見たことがなかった。
 まあそりゃ同じ部活なんだから最低限の会話はしているだろうけど。何気ない世間話とか、そういう和やかな会話をしているところなんて──正直、あまりどころかいっぺんも見たことがない。ただ単に俺が見てないだけかもしれないけど。とにかく、俺が知っている限りではそんな場面を目にしたことがない。

「……確かに近づいてないなぁ」
「せやろ?でも俺らレギュラー陣とはちゃんと会話してくれる。しかも謙也との会話数は俺ら他のレギュラーに比べて多い。これって好かれてる証拠やろ」
「ちゃんと会話してくれるとかレベル低ない?」
「謙也、それは言ったらあかん」

 ちゃんと会話してくれるだけで好かれてるとか、財前とコミュニケーションとるのどんだけ難しいねん。レベル高すぎやろ。例えるならゲームのラスボスレベルや。そうとう難攻不落やで。
 いや、まあ、確かに他の2年よりは懐かれている気はする。話し掛けたらちゃんと返してくれるし、練習中にさりげなくフォローを入れてくれることもある。
 でも、でもな。あの暴言はひどいと思うわけで。うざいってなんやねん。キモいってなんやねん。俺そんなん面と向かって言われたん初めてやったんやぞ。最初めちゃめちゃ傷ついたんやぞ。いや、今でも十分傷ついとるけども!

 なんか財前って猫みたいやんなぁ。
 なんというか、財前に悪態をつかれると、懐かれたと思っていた猫に突然引っ掻かれた気分になる。あ、なんかこれ言ってて切ない。

「…まあそんなに難しい顔すんなや。財前はあれでも俺らにようしてくれてると思うで」
「…わかっとる。でも…」
「でも?」
「やっぱり寂しいねん…」

 せっかくダブルスを組んだのだから、財前ともっと仲良くなりたい。財前が一番心を許せるような、そんなパートナーになりたい。

 ああ、最近の俺はちょっと変だ。
 財前に悪態をつかれるとなんか泣きたくなるほど悲しくなるし、ちょとしたフォローをされるだけでものごっつ嬉しくなる。

 なんなんやろ、この気持ち。モヤモヤするし、頭ん中ぐるぐるする。もうワケわからんわ。
 こんなに苦しい気持ち、知りたくなかった。

「そんなこと言うもんやないで、謙也」
「……え?俺、今の口に出しとった…?」
「おん。最初からガッツリな」

 まじですか。
 信じられない気持ちで目の前の白石を見ると、白石はニコニコと満面の笑みで。その表情はそのことが嘘じゃないことをしっかりと物語っていた。

 ということは。白石は俺が財前が一番心を許せるようなパートナーになりたいとか言ったのも聞いていたということで。

 これはあれか、羞恥プレイってやつか。まさに穴があったら入りたい気分である。

 先ほど思っていたことを全部白石に聞かれてた俺は、あまりの恥ずかしさにガバッと頭を抱えて机に突っ伏す。
 すると、そんな俺の頭にポンポンと暖かい手が落ちてきた。ちらりと上を見上げると優しい笑顔をした白石。なんかオカンみたいな表情やな、ってぼんやりと思った。

 こうなったらもうヤケだ。全部白石に聞いてやろう。

「……なぁ白石。」
「なんや?」
「このモヤモヤすんのは何なんかなぁ。白石は知っとる?この気持ちの正体」
「…んー……まあな」

 俺の問いに白石は少し考える素振りを見せてからゆっくりと頷いた。
 なんや。知っとるのか。それなら話は早い。教えてもらえたら俺はこんな気持ちとすぐにおさらばできるっちゅーことじゃないか。
 そう思った俺は身を乗り出して白石に食いつく。

「なぁ教えてや!俺めっちゃ気になるねん!」
「だーめ」
「えーなんでや、ケチ」
「誰がケチやねん誰が。…あんなぁ謙也。その気持ちの正体には自分で気づかんとあかんのや」
「自分で?」

 自分で気づかんとあかんってどういうことや。
 よく意味がわからなくて、俺は思わず首を傾げる。すると白石はいたずらっ子のような表情で話を再開し始めた。

「そ、自分で。まあ俺が教えたってもいいけど、それじゃなぁんの意味もないと思うで?きっと謙也も後悔するし…それでもええの?」
「うーん…ようわからんけど…なんか嫌、かなぁ…」
「せやろ?なら自分できちんとその気持ちと向き合わな」

 諭すように、でもむかつくような言い方じゃなくて、優しく温かい声色で白石は言葉を一つ一つ口にする。その言葉は俺の心にじわじわと染み込んでいった。

 やっぱり持つべきものは親友やな、なんて思ったり。まあむかつくから口には出してやらんけど。

「…よっしゃ。俺、もうちょいこの気持ちについて考えてみるわ。あと財前ともっと仲良うなれるよう頑張ってみる!」
「うん、それがええわ。頑張りや、謙也」
「おん、白石ほんまにおおきに!」

 俺は白石にお礼を言ってから、善は急げとばかりに財前がいるであろう教室に向かうべく、席を立ち上がったのだった。










「ふふ、これからどうなるか、楽しみやな」

 俺が席を外した後、白石が意地悪げに笑ったのは、また別のお話。



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