note

  喧嘩するほどって言うけれど


※現代パロ 子ども捏造あり



 俺の名前はアレヴ。
 父さんの名前はマスルール。母さんの名前はシャルルカン。自慢の両親だ。ちょっと困ることもあるけど、それを差し引いても良い両親だと思う。

 さて、今日は学年が一つ上がってから初めての授業参観。俺が前から楽しみにしていた日であり、同時に憂鬱に思っていた日でもある。
 理由はまあ、色々あるけど、主なものは二つ。
 一つ目は、母さんといつも忙しい父さんが揃って授業を見に来てくれるから。これは楽しみにしてた理由。授業参観は何回かあったけど、父さんと母さんが揃って来てくれることはなかったから。
 問題は二つ目だ。僕の父さんと母さんは───とにかく、目立つのだ。それはもう、きっと、ものすごく。たぶん今日、俺はクラスで目立つことだろう。こういう時の俺の予感は、大抵当たるから。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか授業の始まりを教えるチャイムが鳴っていた。いつも通り席について先生を待って、号令係の子が授業開始の号令を掛ける。
 父さんと母さんはいつ頃来るのだろうか。ああ、来てほしいような、来てほしくないような。正直複雑だ。
 窓際の席から雲一つない真っ青な空を見上げ、僕はもう一回溜め息を吐いた。



 授業が始まって20分が過ぎた。教室にはクラスメイトのお母さんやお父さんが沢山いるけれど、特になにかが起こることもなく。今のところ授業は順調に進んでいる。しかし肝心の母さんも父さんもまだる気配がない。
もしかして来ないのかな?そんな残念なようなありがたいような気持ちを感じていた時だった。

「あ、」

 廊下を、銀色のふわふわした髪をした人が通った。それをうっかり見てしまい、俺はちょっとだけ動揺する。
 あれは、母さんだ。多分、いや絶対に。
 でも、父さんの姿は見えなかった。
一緒にくるって言っていたのに。おかしいな。
 心の中で首を傾げながら教室の後ろにあるドアをちらりと盗み見る。ちょうど母さんが入ってきたところで、ぱちりと目が合った。
 俺に気づいた母さんが控えめにこっちに向かって手を振ってきたんだけど、なんだろう?少し機嫌が悪いというか、落ち込んでるように感じた。
 笑ってるけど、なんか変だ。普段母さんはすごく綺麗に、楽しそうに笑うのに。なにかあったのだろうか。

 そんなことを思っていた俺をよそに、教室がざわざわし始めた。どこからか、「あれ、誰のお母さん?」「すげえ美人…」なんて声が聞こえてくる。 やっぱり目立ってるなぁ…なんて、他人事のように思いながら母さんを横目で見た。
そう、俺の母さんは──息子の俺が言うのも変だが、美人なのだ。目立つだろうなぁ、って思った一つの理由はこれ。
 見た目が華やかだし、たまに街を歩いてたらスカウトなんかにあうこともあるくらいなのだ、母さんは。既婚者で、息子がいるようには見えないんだと思う。若く見えるし、綺麗だから。
 だから、こういう風に教室がざわつくのも、もう何回か授業参観で経験済みだ。むしろ、少し慣れたきたぐらい。

 というか、今の俺が気になるのは教室のざわめきなんかよりも、母さんの様子。
 母さんは仕事も家事もしてて大変なのを俺は知ってる。だから、母さんが暗い表情をしていたらなんとかしてあげたいって思うから。まあ、こんなこと、直接口には出せないけど。


 斜め後ろに向けていた視線を黒板に戻して、ノートに文字を書き写す。ぶっちゃけ、先生の話は頭に入ってくることはなく、右から左へと流れていくけれど。
 やっぱり、さっきの母さんの様子が気にかかる。

「(父さんだったらどうするかな)」

 ふと、そう思った時に父さんはまだ来ていない、ということを思い出した。
 どうしたんだろう、なにかあったのかな。なんで母さんと一緒じゃないんだろ。
 母さんは、父さんとなにか─────

 そこまで考えたところで俺はピンときてしまった。
 そうだ、あの表情、なんか見たことがあると思ったら、父さんと喧嘩した後の母さんの表情に、よく似てる。

 父さんと母さんは、しょっちゅう喧嘩をする。
 まあ、内容は、子どもの俺から見てもどうでもいいっていうか…なんでそんなことで喧嘩するんだよ、って呆れるくらいのものなんだけど。でも父さんも母さんも負けん気が強いからしょうがないんだろうなぁ、って、最近ようやく気づいた。
 一度喧嘩をすると、父さんと母さんはしばらく会話をしない。その間俺はというと、二人の間を行ったり来たりして、伝言係りをやっている。母さんから父さんへ、父さんから母さんへ。
 父さんはあまり感情が顔に出るタイプじゃないからよくわからないけど、母さんは顔とか纏っている空気に感情が出やすいタイプだから、伝言係りの俺には母さんの落ち込み具合がダイレクトに伝わってくる。
 今日の雰囲気は、まさに父さんと喧嘩した後のそれだ。たぶん、父さんが来ていないことに関係してるんだろうな。

 でも、そう察したところでどうにかなるわけじゃない。俺は早く仲直りをしてくれるよう願うしかないのだ。
 父さんはなにをしているんだろう。できることなら早く来てほしい。俺だって少なからず父さんたちが来るのを楽しみにしていたんだし、ましてや父さんと母さんが喧嘩したことがわかった上で授業になんて集中できない。
 だから、父さん。早く。


 そんな俺の願いが神様に通じたのかどうかはわからないけど、『その時』は割と早い段階でやってきた。

 ふいに、廊下からバタバタと少し騒がしい音が聞こえてきたのだ。全力疾走ではないけど、誰かが廊下を走っているらしい。
 今は授業中だ。一体誰だろう。
 そんなことを考えていたらその音はどんどんこの教室に近づいてきて。
 あっと思った時には、開けっ放しだったドアの向こうから鮮やかな赤色が飛び込んできた。

「!マスルー、ル」

 父さんが来たことに気がついた母さんが驚いたように、小さい声で父さんの名前を呼ぶ。
 俺も父さんが来たことに驚いて、授業中なのにも関わらず後ろを向いて、目をパチリと瞬かせた。

 そんな俺と母さんの様子など気づくこともなく。
 突然現れた長身の男の登場に教室はまたもざわめく。今度は生徒だけでなく、教室にいる他の子のお母さんたちもざわざわしている。
 そりゃそうだろう。190cm程の身長で、顔の整った男が若干息を切らした状態で教室に駆け込んできたのだ。まあ、そりゃあ、目立つ。
 しかも、何度も同じような説明になってしまうのだけれど、父さんも、母さん同様に顔の整った、所謂イケメンなのである。しかも高身長、体つきもいい、これまた年より若く見られる。

 クラスの女子たちに加え、授業参観にきてるお母さんたちも謎のイケメンに釘付けだ。あれが俺の父さんで、そこにいる母さんと夫婦だなんて、パッとは思いつかないだろう。父さんは、一人でいるととても子持ちには見えないから。俺にとっては、なにをどうひっくり返しても尊敬する父親なことに変わりはないんだけど。
 小さい声で「かっこいいね…」なんて言っているのが聞こえてきて、ああ、やっぱり父さんも目立ってるな…なんて思ったり。

 まあ、そんなことはともかく。教室をざわめかせた綺麗な『誰かお母さん』と、顔の整った高身長の『謎の男の人』。その二人がなにか意味ありげに見つめ合っているのだ。
 教室にいる人たちの視線は二人に向けられたまま動かない。俺だけじゃない、友達も何人か後ろを向いているし、チラチラと様子を伺ってる子も沢山いる。更に言えばお母さんたち、お母さんよりは少ないけどちらほら来ていたお父さんたちも気になっているようだ。

「…っ!?ちょ、待っ……」

 人の様子に聡い父さんはそのことに気づいたらしい。半分呆然としている母さんの手首を掴んで教室を出ようとした。母さんは驚いて目を見開いているが、そんなのお構いなしだ。
 父さんによって半ば無理矢理引きずられていく母さんを見て、このまま穏便に仲直りできるのか少し不安になったけど、俺にはどうしようもない。

 お願いだから、ちゃんと仲直りしてほしい。そう思って父さんと母さんの方を改めて見たときに、父さんと、一瞬目が合った。

 その時に、父さんの真剣な瞳が俺を見て、それから、大丈夫だ、というように頷いたのが、わかって。
 それを見て、心配でゆらゆらと不安定に揺れていた心がすとんと落ち着く。俺は父さんに全て任せて大丈夫だと思えた。
 父さんがあの目をしてる時は大抵のことはなんとかなる。ぼーっとしてることもあるけど、父さんは頼りになるのだ。
 なんとかなる。大丈夫。
 安心した俺は、知らず知らずの内に力を入れていたらしい体からふっと力を抜いた。今度こそ、授業に集中できそうだ。改めて鉛筆を握り直し、俺は黒板の文字を追った。




 それからどれくらい時間が経っただろうか。さっきのざわめきが完全には落ち着いていないから、まだそんなに時間は経っていないと思う。
 そんなときに、後ろのドアから先程まで注目の的になっていた二人が入ってきた。
 反射的に後ろを見ると、父さんと、そして母さんと目が合う。父さんがなんでもないように俺に向かって手を振るから、俺もほぼ無意識で手を振り返してしまった。

 すると、隣や前の方から「うそっ!アレヴくんのお父さんとお母さんだったの!?」「確かに似てるね…」「お母さん美人だなー!」「お父さんイケメンじゃない?」なんてクラスメイトたちの囁き声が聞こえてきて、俺は頭を抱えた。揶揄とかじゃなくて、本当に。

 先生に聞こえないように溜め息を一つ吐いて、俺はもう一度だけ、本当に仲直りしたのかを確認しようと後ろを盗み見た。
 視線の先には、今更自分たちの状況を理解したのか、少し恥ずかしそうに目をそらす母さんと、満足げに授業風景を見つめる父さんの姿。さらにその右手と左手が繋がれているのがわかって、俺はほっとしたのと同時に勘弁してくれとも思った。
 ほらもう。目立ってるよ、また。
 クラス中の視線が、あからさまにではないけど、父さんと母さん、そして俺に向いているのがわかる。

 授業が始まる前に言った予想が見事的中してしまったわけだ。
 本日何度めかの溜め息と共に、授業終了のチャイムが鳴り響く。

 授業参観が終わった後にクラスメイトから色々聞かれるのを想像して、今日帰ったら父さんと母さんには責任を取ってもらおうと強く思うのだった。




アレヴはアルメニア語で『太陽』という意味

prev next

[back]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -