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  さぁ、時間切れですよ


※学パロ 幼なじみで先輩後輩



「マスルール!学校行く時間だぞー!」

 いつも通りの朝。いつも通り、隣には幼なじみ。
 あくびをひとつしてから、マスルールは隣を歩く彼女───シャルルカンを横目に見る。
 小さい頃から今に至るまでずっと、シャルルカンと一緒にいることが常だった。こうして朝、一緒に学校に行くことも、学校の昼休みに一緒にお昼ご飯を食べるのも、帰りに一緒に帰ることも、家に帰ってからお互いの部屋を自由に行き来するのも、休日に遊びに行くことも。
 いつだったかこのことを友人に話したら、『お前らはおかしい』『普通そこまで仲良くない』と散々言われたが、マスルールとシャルルカンにとってはなんでもないことなのだ。昔からこれが普通で、きっとこれからもこれが普通なのだろう。
 今日だって、一緒に学校に行って、一緒にお昼ご飯を食べて、一緒にまた、この道を帰ってくるのだ。マスルールは今日も変わらず、そんな”いつも通り“の1日になると思っていた。
 いつだって例外などないのだから。



 しかし、その”例外“は突然訪れた。

「悪い、マスルール。今日、ちょっと一緒に帰れない」
「……?はあ……」

 まあ元々、約束をしていたわけではないのだが。
 そんな言葉を飲み込んで、マスルールは疑問符を浮かべながらも頷く。
 バイトも部活もしていないシャルルカンが放課後に用事を作ることは珍しいことだった。遊びに行くとしてもマスルールを無理矢理連れて行くことが多く、さらにいえば彼女は補習を受けるほど頭は悪くない。
 では、何故。
 しかしいくら考えてもマスルールには何も思い当たるものがない。

「ごめんな。先に、帰っててくれ」

 申し訳無さそうに眉尻を下げるシャルルカンに、もう一度了解の意味を込めて頷く。そんなマスルールを見てシャルルカンは少し残念そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻り『明日は一緒に帰れるから』と言って教室を出て行った。彼女の後ろ姿を見送ってすぐ、タイミングよく鳴ったチャイムを少し煩わしく思いながらマスルールは教卓の方に向き直った。



 放課後、マスルールは社会科の教師に、ある資料を長く使っていない倉庫から社会科準備室へと運ぶ任務を任された。見るからに古いと分かる薄汚れた倉庫の近くに人影はなく、あたりは閑散としている。
 無駄に重く、量の多い資料と人っ子一人いない場所に古びた倉庫、そして自分。
 面倒なことを頼まれた、と溜め息を吐きつつもマスルールは黙々と必要な資料を扉の前に運び始める。この量だと何回かにわけないと無理そうだと判断したマスルールは、とりあえず持てる限りの資料を持って社会科準備室へと向かった。


 数回往復したのちに、必要な資料を運び終えたマスルールは倉庫の近くに放置していた自分の荷物を回収しに、古びた倉庫に向かっていた。帰ってのんびり寝ようと思っていたマスルールの歩く速度は自然と上がる。
 次のかどを曲がれば倉庫。そんなタイミングで、マスルールの耳に男の声が聞こえてきた。

「君のこと、好きなんだよね」

 どうやら倉庫前で行われているらしい告白劇に、マスルールの足はぴたりと止まる。

「よかったら、付き合ってくれないかな?」

 軽い態度でそう伝える男に、マスルールはため息を一つこぼす。
 そんなんじゃ振られるだろう。まあ、相手にもよるが。
 とにかくこの告白が終わるまでは帰れそうにもないな、とマスルールは壁に寄りかかる。さて、男の告白相手はどう切り返すだろうか。

「…話はそれだけか?」
「それだけ、って……」

 凛とした声に、閉じられていたマスルールの瞳が見開かれた。
 聞き覚えがあるどころではない。この声は毎日聞いている。耳に馴染みすぎたこの声の持ち主は───シャルルカンだ。

「悪いけどアンタのこと、よく知らないし。ごめん」

 きっぱりと断りを入れるシャルルカンに、マスルールは知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出す。何故か安堵を覚えた自分自身に首を傾げるが、今はそれどころではなかった。
 まさか幼なじみが告白されるのに出くわすとは、なんと運の悪い。
 できることなら荷物を置いて帰りたいところだが、明日提出の課題ごと置いて帰るわけにはいかない。
 マスルールは極力気配を消してこの告白が終わるのを待つことにした。

「……っ…、待って!」
「……なに?」

 砂を蹴る音がするということはシャルルカンが帰ろうとでもしたのだろう。男がシャルルカンを引き留めた。

「君って、ずっと告白断ってるよね?好きな人でもいるの?」
「……さあ?どうだろうな?」

 往生際の悪い男の問いかけにマスルールは苛つきを覚える。はぐらかすシャルルカンもシャルルカンだ。いないのなら、はっきり言えばいい。いるのなら、また話は別だが。
 理不尽ともいえる怒りをどうにかおさめようとしながらも、マスルールは二人の会話に聞き耳を立てることをやめない。

「もしかして、いつも一緒にいるあの………」
「ねぇ、アンタさ」

 はっきりしないシャルルカンにじれたのか、男がもっと聞き出そうと具体的な言葉を口にし始めた。
 すると、聞いたこともない、ひどく冷たい声がマスルールの耳に聞こえてきた。

「もう話は終わっただろ?俺、はやく帰りたいの。どっか行って」

 いつも笑顔で、明るいシャルルカンからは想像もできない冷たい声だった。
そんなシャルルカンに男は怖じ気づきでもしたのか、バタバタと去っていく音が聞こえてくる。
 やっと胸くそ悪い告白が終わったようだ。幼なじみの告白現場を見るなど、もう二度とごめんだ。そんなことを思いながらマスルールはシャルルカンが去るのを少し待つことにした。
 鞄に気づかれると面倒だ、なんて思いながら壁に寄りかかって立ち去るのを待っていると、通常の人よりよく音を拾うマスルールの耳がシャルルカンの小さい声をとらえた。

「……アンタがもうちょっと───だったら、付き合ってもよかったかもな」

 途切れ途切れに聞こえてきたシャルルカンの言葉に、マスルールはぴたりと動きを止める。息をすることさえ忘れて、シャルルカンの言葉を頭の中でもう一度反復した。

『付き合ってもよかったかもな』

 その言葉は、マスルールに計り知れない衝撃を与えた。

 いつの間にか、シャルルカンはずっと自分の隣にいるものだと思っていた。それは長年一緒に過ごしてきたマスルールには自然なことで、きっとシャルルカンもそう思っているのだろうと、勝手に思っていたのだ。

「(でも、)」

 それは、ただの甘えだったのかもしれない。

 彼女に好意を寄せる人間は沢山いる。今日だってそうだ。それに今までだって、告白されたりしているのは本人の口から聞いたし、告白していなくても彼女のことを好いている人がいるのはなんとなく知っていた。
 だが、それについてマスルールから口を出すことはなかったのだ。
 自分と彼女は所謂ただの幼なじみで、そんなことにまで口出しされたくもないだろうと思っていたのが、ひとつ。
ふたつ。なにより、シャルルカンは自分のことを少なからず、その辺の輩よりは好いていてくれている自信がマスルールにはあったのだ。だから、彼女は自分から離れていかない。
 話し掛けてくるのも、姿を見かけたら手を振りながら寄ってくるのも、休日に出掛けようと誘うのもほとんど、彼女の方から。気まぐれで優しくしてやると、ふにゃりと笑うその顔も、自分だけに見せるもの。そんな何気ないことが、いつの間にかマスルールに自信を持たせていた。

 でも、実際はどうだ。
 ずっと隣に、なんてものは夢物語に過ぎない。シャルルカンにだって好きな人ができて、付き合うことになって、マスルールの隣にいる時間はどんどん短くなっていくだろう。
 そこまで考えて、マスルールは素直に「嫌だ」と思ってしまった。マスルールはそんな自分にまたも驚く。

 嫌だ、とはなんだ。
 彼女が自分から離れていくのが?彼女が自分以外の人に笑いかけるのが?
 そんなのは嫌だ。彼女には、自分の隣で笑っていてほしい。

 ああ、そうか。自分はいつの間にか、彼女ことを想うようになっていたのか。
 やっとはっきりした自分の気持ちを胸に、マスルールは立ち上がった。
 シャルルカンに伝えなければ。この気持ちを、彼女が誰かのものになる前に。

 倉庫のそばに置き去りにしていた荷物をひっつかみ、マスルールは何かに弾かれたように学校を飛び出した。
 走って走って、だいぶ前に学校を出たであろうシャルルカンを追いかける。

 はやく、もっとはやく。
 彼女に、追いつかなければ。
 自分でも得体のしれない気持ちに急かされながら、マスルールは走る。

 しばらくの間全速力で走っていると、次第にマスルールの息が切れてきた。体力、持久力に自信がある彼にしてはめずらしいことだ。息が切れている自分に、マスルールは少し驚く。
 そういえば、こんな風に何かに必死になっているのは随分久しぶりかもしれない。そんなことに気がついて、改めて自分がどれだけシャルルカンを想っているのかを思い知らされる。認めたくない気持ちもあるが、事実なのだからしょうがないのがいたいところだ。

「(もう、吹っ切れるしかないな)」

 考えを振り切るように、マスルールはさらに走るスピードをあげる。
 非常に不本意ではあるが、もう答えは出てしまっているのだから。



 見慣れた帰り道をだいぶ進んだ頃。
少し先にシャルルカンの後ろ姿が見えた。マスルールはもっと早く追いつこうとして、走るスピードを上げる。
 あとすこし、あとちょっと。

「……っ先輩、」
「うわっ!…え、マスルール?」

 やっとシャルルカンに追いついたマスルールは、シャルルカンがよろけるくらい強く、彼女の腕を引いた。バランスを崩して転けそうになったシャルルカンを支えたまま、息を整えるためにマスルールは彼女の腕を掴んだままその場に留まる。 
 一方、対するシャルルカンはというと。
 突然現れたマスルールに困惑した表情を浮かべ、どうしようもないままマスルールを見上げていた。久しぶり見た、息を切らしているマスルール。そのただならぬ様子に、ただただ首を傾げるしかない。
 とりあえずマスルールの言葉を待とうとするが、当のマスルールはといえば荒い呼吸を繰り返すのみで、喋り出す様子がない。いくら普段から口数が少ないと言えど、これ以上待っていたら辺りが暗くなりそうだ。シャルルカンだって気が長いタイプではない。腕を掴んだまま何も言わないマスルールにじれたシャルルカンは、自ら話を切りだした。

「マスルール?どうしたんだよ、なんかあった?」
「先輩、」

 マスルールの顔を覗き込みながら問うと、えらく真剣な色を宿した彼の瞳と視線がかち合った。
 彼が慕っているシンドバッドと、可愛がっている後輩のモルジアナに関すること以外では大概、気怠げな色を濃く浮かべているその瞳が今、強い感情を露わにしてこちらを見つめている。そのことにシャルルカンは震えた。
 どくどくと脈打つ心臓の音を聞きながら、シャルルカンは次のマスルールの言葉を待つ。

「…………先輩、」

 マスルールはゆっくりと一度まばたきをし、再びシャルルカンを真っ直ぐ見据えた。

「好きです」

 逃げるのも、気づかない振りももう今日でお終い。


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