note

  所有権は自分にある


※シャル←モブ要素あり



 しゃら、しゃらん。
 金の鎖をなびかせて、今日も彼女は色んなところを歩き回る。中央市場や鍛練場、食堂、中庭、王の執務室。
 そして歩き回ってはその場所にいる多くの人に話しかけていた。調子はどうだ、とかこの前飲んだ店は良かったな、とか。彼女はよく、そんな何気ない世間話を沢山の人と繰り広げている。ちなみに今は鍛練場にて部下達と談笑しているようだ。
 顔が広くて、たくさんの人に好かれる。そんな彼女──シャルルカンを、おもしろくなさそうに見つめる男がここに一人。燃えるような紅い髪に朱金の瞳、大柄な体。マスルールだ。

 突然だが、マスルールとシャルルカンは恋人同士である。想いが通じ合うまでに一悶着あったが、今では(若干語弊があるかもしれないが)ラブラブというやつで。
 すべてが上手くいっていた。…はずだった。というのも、最近マスルールを悩ませる輩が出現したのだ。その輩というのが

「シャルルカンさまぁ!」

 こいつだ。
 最近シャルルカン直属の部隊に入った新しい兵士の一人。名前は確か…アトラシュといったか。まあぶっちゃけ、名前なんぞマスルールにとってはどうでもいいことである。重要なのは、こいつがシャルルカンに対してすごく、物凄く馴れ馴れしいことだ。
 何を隠そう、先程からマスルールがおもしろくなさそうなのは主にこいつのせいである。
 別に、シャルルカンの交友関係が広いことに関してどうこう言ったりするつもりはないマスルールだが、こいつだけは何故か癪に触った。何だろう。一々の言動に邪な気持ちが混じっているような気がする。とにかく、こいつは注意すべきだとマスルールの勘がいっているのだ。

「シャルルカン様ぁ、今度飲みに行きましょうよ〜」
「またかよアトラシュ」
「いいじゃないですかぁ」

 考えに耽っていたマスルールの耳に二人の会話が聞こえてくる。
 親しげな二人に少しイラッとしながら顔を上げると、アトラシュが先程よりシャルルカンとの距離を詰めていた。しかも、シャルルカンの肩にはアトラシュの手が置かれている。
 そんな二人を見て、マスルールの眉間に深い皺が刻まれる。普段から無表情なマスルールだが、今ははたから見てもわかるくらいに機嫌が悪い。マスルールを見た兵士達が僅かに後退した。これはまずい、と。

「(あああ…マスルール様の機嫌が…!気づけ馬鹿野郎!!!)」

 ちなみに、マスルールとシャルルカンが付き合っていることはこのシンドリア王国では有名なことで、知らない人はほとんどいない。知らないのは新しくこの国に移り住んできた人か、他国から来る商人や外交官ぐらいである。もちろんアトラシュは前者であり、知らない部類の人間だ。
 そうでなければマスルールという恋人がいるシャルルカンにこんな態度はとれない。まあ八人将であるシャルルカンに対してこんなに馴れ馴れしくできること自体すごいのだが。
 とにかく、事情を知っている兵士達はハラハラの連続だ。

 頼むから、これ以上マスルール様の気に触れるようなことしてくれるな。
 きっと、今この場にいる誰もがそう思っているだろう。
 第三者からしたら「口に出せば良いのでは?」という話なのだが、今この場でアトラシュに対して何かを言える者は誰一人としていない。というか、もしいるのならお目にかかりたいところである。
それほどまでに、マスルールの威圧感が半端ないのだ。もっとも、当の本人達は気づいていないようだが。
 と、そんな兵士達の思いなどつゆ知らず、アトラシュが思いきった行動に出た。

「この前も用事があるとかで行けなかったじゃないですか!少しくらい付き合ってくださいよぉ」

 ぶちり。マスルールは己の堪忍袋の緒が切れる音を、確かに聞いた。理由は簡単だ。アトラシュが、シャルルカンの腰に軽く手を回したのだ。
 これで黙っていられる訳がない。やっと想いが通じ合った恋人なのだ。許せるものか。
 瞬間、マスルールは寄りかかっていた鍛練場の端にある柱から、シャルルカン達がいるところに一蹴りで降り立つ。突然のマスルールの行動に驚いている二人はこの際無視だ。
 マスルールはシャルルカンに引っ付いていたアトラシュをシャルルカンからばりっと引き剥がし、シャルルカンの肩を引き寄せ抱き締めた。

「え、ちょっ、マスルール!?」

 腕の中でシャルルカンが戸惑ったような声をあげながらもぞもぞと動く。「放せ!」とか聞こえるが、耳が赤くなってるのがわかるし、本気では嫌がってるわけではなさそうなので好きなようにさせておくことにした。
 マスルールはシャルルカンを抱きしめたままちらり、とアトラシュを見やる。当のアトラシュはといえばポカーンとした顔でただただ呆然としていた。その顔を見たマスルールは少しの優越感を感じる。

「(そうだ、この人は、俺のものだ)」

 これ見よがしにマスルールはシャルルカンの額に軽くキスを落とす。シャルルカンが変な声をあげていたが、気にしない。彼女にだってアトラシュに好きにさせていたという非がある。

「先輩は、俺のものすから」

 マスルールは極めつけにそう言い放った。
 それは、アトラシュに対しての言葉でもあり、同時にシャルルカンに対しての言葉でもある台詞。
 彼女が一体誰のものなのか。
 マスルールの言葉には文句を言わさぬ絶対的な響きがあった。

「じゃ、そういうことで」
「わ、わっ!ちょ、待て!おい、マスルール!!」

 言いたいことを言うだけ言って、マスルールはシャルルカンをひょいっと持ち上げてスタスタと歩き出す。突然担がれたシャルルカンは降ろせコラ!とかなんとか言いながらジタバタとしているが、マスルールには降ろす気などさらさらないようだ。
 呆然としたアトラシュや兵士達に見送られながら、二人は鍛練場を後にした。

「……先輩。覚悟しといて下さい」

 何やら不穏な言葉を残して。



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