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  trick or trick


※現パロ 大学生




 帰りが随分遅くなってしまった。
 そんなことを思いながらマスルールはふと、自分の住んでいるマンションを見上げた。12階建てのそれは、普通であればマスルールのような学生が住めるようなものではない。シンドバッドから譲り受けた5階の角部屋を、ベランダがある方向からぼんやりと見つめる。
 そこで、マスルールはある違和感を感じた。一人暮らしである自分の部屋に、電気がついていることに気がついたのだ。
 これで自分が女性であればストーカーか泥棒か、などと勘ぐるところなのだが、生憎マスルールは身長195cmの屈強な男である。ストーカーなんぞ、いるはずもない。さらに言えば、マスルールはあの部屋に明かりが灯っている理由に心当たりがあった。いや、心当たりと言うより確信と言った方がこの場合は正解だろう。
 アホみたいな笑顔でマスルールを呼ぶ男を頭に思い浮かべて、マスルールは小さく溜め息を吐いた。




 なるべく音をたてないように鍵を開け、玄関に足を踏み入れる。足元を見れば、見慣れたスニーカーが一足転がっていた。元々あった確信が、さらに強いものへと変わる。やはり、先ほど思い浮かべた人物が犯人で間違いないようだ。
 いつの間にか合い鍵を作ってた『彼』は最近、事あるごとにマスルールの部屋を訪れる。それは夕飯を作りに来たりだとか、忘れ物を届けに来たりだとか、理由は実に様々だ。さて、今日は一体何だと言うのだろうか。
 『彼』が言いそうなことを考えながらリビングから漏れる明かりを頼りに廊下を進む。ドアの前に立ったマスルールは『彼』がいるであろうリビングへ続くその扉を開け放った。


 ドアを開くとそこには見慣れたリビングの姿などなく、黒や紫、オレンジ色の装飾品で飾られた目のチカチカするような部屋が広がっていた。
 なんだ、これは。
 一瞬、どういう状況なのかを理解できずに数回まばたきを繰り返す。
 そうしてしばらくしてから、ようやくテレビの前で何やらごそごそと動いている銀色の頭を視界に映した。予想通り、先ほどまで思い浮かべていた人物がそこにはいて、思わず溜め息をつく。
 するとそんなマスルールに気がついたのか、ふわふわとした銀髪がパッとこちらを振り向いた。

「おっ!マスルール、おかえり!」
「……なんすか、これ」
「はぁ?なにって、ハロウィンだよ。ハロウィン!」

 はろうぃん………ああ、ハロウィンか。
 そういえばここ最近、街中が顔のあるカボチャや魔女、コウモリなんかで飾られていたな…と他人事のように思う。目の前にある部屋にそのハロウィンの装飾がされていることにはあえて目を瞑る。この男のことだ。また何か企んでいるのだろう。
 そう見解をつけて、マスルールは銀髪の男ことシャルルカンに目を向ける。
 そこでふと、普段の銀髪には見当たらない黒い角のようなものが目に映った。

「…頭のそれは?」
「ん?ああ、悪魔の仮装!いいだろ!」

 嬉しそうにその場でくるりと回って見せたシャルルカンの背中には確かに悪魔の羽のようなものがついていた。ハロウィンは仮装して楽しむものだと知識としては理解しているが、何故シャルルカンが『今』『ここで』仮装をするのかはまったくもって理解できない。マスルールは少し遠い目でシャルルカンを見る。

「はあ…楽しそうでいいっすね」
「なんでそんなに反応薄いんだよ!もっとなんかねぇの?」
「なんかって言われても……」

 どう反応すればいいのか逆に聞きたい。そう思いながらマスルールは言葉を濁す。
 そんなマスルールにシャルルカンは少しつまらなそうに口を尖らせた。どうやらマスルールの反応が気に入らないらしい。

「お前相変わらずこういうのに興味ねぇな…」
「はあ……」

 マスルールはまたも曖昧な返事を返す。本当に元々、こういった行事には疎いタイプなのだ。今更そんなことを改めて言われても先ほどのように「はあ」と言うしかない。
 大して悪びれた様子を見せず、マスルールはシャルルカンから一旦視線を外した。ぐるりとリビングを見渡すと、キラキラとしたモールやコウモリの形をした飾り、顔のついたカボチャ…もといジャック・オ・ランタンなどがそこかしこに配置されている。これを全部一人でやったのか…と少し関心してしまうぐらいには華やかな飾り付けだった。また、これを片づけるのは少し骨が折れそうだとも同時に思わざるをえない。
 マスルールは小さく溜め息をついて、これからどうやってこれを片づけるか考えを巡らせ始めた。そんなときだ。

「…あ、忘れるとこだった!おい、マスルール!」
「………はい?」

 突然シャルルカンが声を声をあげたかと思うと、くいくいと服の裾を引っ張ってきた。そんなシャルルカンに首を傾げつつ応答する。
 すると、目の前に両手がずいっと差し出された。

「トリックオアトリート!」

 トリックオアトリート…意味は『お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ』だったか。
 記憶の中からその言葉の意味を引っ張り出すと、マスルールはおもむろに持っていた鞄に手を突っ込んだ。要はお菓子をやればいいのだろう。マスルールの考えはそんなところだ。
 そんなマスルールの行動にシャルルカンは若干怪訝そうな顔をするものの、差し出された手を下ろす気はないらしく、両手を差し出した格好のまま止まっている。
 時間にして数十秒。マスルールは鞄の中で探し当てたそれをシャルルカンの手のひらにのせた。

「これでいいすか」
「…はぁ!?なんでお菓子なんか持ってるんだよ!」
「いや、今日もらったんで」

 マスルールがシャルルカンにあげたのは、市販されている普通のクッキーだった。今日街を歩いていたら試食で配られていたものだ。もらったときには特になにも感じなかったが、今思えば、試食とハロウィンを兼ねたものだったのだろう。
 クッキーを手にしたシャルルカンは明らかに落胆した様子だった。その反応を見て、マスルールは今回のシャルルカンの目的が『悪戯』だったことを悟る。
 ろくでもないことだろうとは見当をつけていたが、本当にその通りだったというわけだ。マスルールは帰宅してから何回目かの溜め息をついた。毎回のようにシャルルカンのテンションと思いつきに付き合わされているマスルールとしては勘弁してほしいところだ。ぞんざいにあしらって、こういう面倒ごとを遠ざけているつもりではあるが、如何せんこの男は『諦め』の二文字を知らないようで困る。
 そこでふと、マスルールは『仕返し』してはどうかと思いついた。
 以前、ジャーファルが言っていた。『嫌なことされたらある程度であればやり返してもいいんですよ』と。

「先輩、」
「なんだよ」
「トリックオアトリック」

 マスルールの言葉を聞いて、一瞬ぽかんとしたシャルルカンだったが、ふいに不適に笑い出した。

「ふっふっふ…残念だったな!お菓子ならここに……って、は?」

 数拍置いてからもう一度、シャルルカンは呆けた。間抜け面という言葉がよく似合う顔だな、とマスルールはとても失礼なことを考えていたのだが、そんなことはシャルルカンの知るところではない。マスルールの言葉をもう一度復唱し、意味がわからないという風に首を傾げる。

「なに、トリックオアトリックって」
「悪戯させてください」
「ストレートか!てかそんなんなしだ、なし!なんだよトリックオアトリックって!」

 ありえねえっつーの!とそっぽを向くシャルルカンをマスルールは冷めた目で見つめる。

「人の部屋をこんなにしといて、お菓子だけで許されるわけないでしょう」

 様々なハロウィンに由来したグッズで飾られた部屋を指差して再度シャルルカンを見やる。
 マスルールのもっともな言葉にシャルルカンはひくり、と口元を歪ませていた。言い返せないのが半分、逃げられないと悟ったのが半分…というところか。

「交渉成立っすね」

 慌てた様子で抵抗しようとするシャルルカンの頭の後ろと腰に手を回して逃げられないように拘束する。成立してねーよ!というシャルルカンの抗議は口を塞いで黙らせた。
 ハロウィンが終わるまであと数時間。さて、どんな悪戯をしてやろうか。



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