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朝食は君と A
「マスルール!今日はあまり手の込んだのは作らねえけど、大丈夫?」
「……食えれば、なんでも」
「よっしゃ、任しとけ!」
家に入るなりシャルルカンは勝手知ったるなんとやら、とばかりにキッチンに直行してガサガサと冷蔵庫を漁り始めた。
その様子にももう慣れてしまってマス
ルールは黙認している状態だ。
「お前ん家相変わらず何もないなー…買ってきといて正解だったぜ」
「はあ…」
「よし、んじゃとりあえず…オムレツとサラダと…あとはトーストとリンゴでいいか」
「…はい」
「じゃあちょっと待ってろ!すぐ作るから」
そう言うとシャルルカンは鼻歌を歌いながら料理を始めた。
さて、マスルールはというと。
「(暇……)」
もの凄く、暇だった。
毎度のことながら、シャルルカンが料理をしている間、マスルールはやることがない。手伝うにしても、自分が役に立たないことぐらいわかっているし、寝るのも何だか作ってもらっているので申し訳ない。テレビを見てのんびり待つのもいいけれど、結局途中からつまらなくなってしまう。
「………だーかーらぁ…見ててもつまらないだろ?」
「いえ、別に」
だからいつも最終的に、キッチンの入口に寄りかかりながらシャルルカンが料理をする様子を見ることに落ち着く。
特に何をするわけでもない、じっとシャルルカンの手元を見つめるだけ。
そんなマスルールを見て、シャルルカンは毎回毎回飽きもせず「つまらないだろうからあっち行け」と言うが、それでもマスルールは動かない。
つまらないどころか、彼が料理をする様を見るのは存外楽しいものだ。
トントンとリズミカルに切られていく野菜たち、フライパンの上で綺麗に整えられるオムレツ。次第にいい匂いでいっぱいになるキッチン。
それらはすべて、自分では作り得ないもの。マスルールにとってそれは、彼の、シャルルカンだけの魔法みたいなものだった。
「……見られてるとやりにくいんだけど」
「いつものことじゃないッスか」
「いや、まあそうだけどよー…」
見られることに居心地の悪さを感じるらしいシャルルカンはうぐぐ…と妙な声をもらす。
毎回毎回見ている自分も自分だが、毎回毎回それに照れているシャルルカンもシャルルカンだ。
別にいいではないか、これくらい。一応、世間一般的に言うと自分たちは恋人同士というやつなのだから。
マスルールはいまだに変な声をあげているシャルルカンを見ながらそんなことを思う。
「(それに……)」
こうしていると、なんだか新婚の夫婦みたいだ。
まあ、絶対に直接言ってはやらないけど。
確かに彼が真っ赤になって慌てふためく姿は見ていて面白いものがあるけれど、これを言うのはなかなか気が引ける。
数年前の自分では思いつきもしない考えに、マスルールは軽く頭を抱えそうになった。自分は随分、頭の弱いこの人にほだされてしまったようだ。
「はあ…」
「なんだよまた溜め息かー?幸せ逃げるぞー?」
誰のせいだと思ってんすか。
そう言おうとしたマスルールは、鼻に漂ってきた美味しそうな匂いに思わず言葉を飲み込む。
「…できたんすか」
「おう!これ持ってって。俺コーヒーいれっから」
渡された皿を見て、ぐう、とマスルールの腹がなった。
思ったよりお腹が空いていたようだ。
そんなマスルールを見て、クスクスとシャルルカンが楽しそうに笑う。
「いいよ、先に食ってて。俺すぐに行くし」
「あれ、食べてねーの?」
「はあ、まあ…」
テーブルの上にのったいまだ手付かずの朝食を見て、シャルルカンは首を傾げた。許しも出したし、さっきの様子ならば先に食べていると思っていたのに。
待て、と言われた犬のようにシャルルカンを待っていたマスルールを不思議そうに見る。
「なに、まじでどうしたの」
「…一緒に食べた方が、…………」
「…え?なんて?」
「…………なんでもないっす」
なにか今、自分にとってとても嬉しい言葉が聞こえてきた気がする。
ああ、くそ。これはマスルールのことだから絶対もう一度は言ってくれないな。
シャルルカンは長い付き合いの中で得た勘から結論を導き出し、小さく溜め息をこぼす。惜しいことをした、と。
一方、マスルールはというとそんなシャルルカンなどに目もくれず、手を合わせていただきます、なんて言って朝食を食べ始めていた。
相変わらずそういう礼儀だけはちゃんとしてる奴だな、とシャルルカンはマスルールを見ながらぼんやりと思う。それと、ちょっとはそれを先輩にも有効にしろよ、と心の中で文句を言ってやる。
まったく、このデカブツは先輩への礼儀だけがなっていなくて困る。どうにかならないものか。
そんな念を込めてじとっ…とマスルールを見つめていると、視線に気がついたマスルールと目があった。
口にものが入っていて喋れない代わりに、目が「食べないのか?」と言っている。
「……俺も食べるよ。いただきまーす」
そんな風にマスルールに見つめられて、なんだか今必要のない文句を考えるのが馬鹿らしくなってきたシャルルカンは、自らが作った朝食に手をつける。
うん、なかなか美味い。うまくできたようだ。
そんな自画自賛をしながら、シャルルカンはちらりとマスルールを見る。
次から次へと口の中にオムレツやらサラダやらを運んでいる様を見て、よっぽど腹が減っていたんだなぁと思う。なんだか大型の獣に餌付けをしている気分だ。
もぐもぐと、自分の作った朝食を口に頬張るマスルールに、シャルルカンは声をかける。
「なあマスルール、」
「…なんスか」
「えっと、美味い?」
単純で簡単な質問をひとつ、マスルールに投げかける。いつもはわざわざ聞いたりしないけれど、今日はなんだか無性に聞いてみたくなって問いかけてみた。
ちょっとドキドキしながら返事を待っていると、マスルールはこくんと頷くだけで、またすぐに食事を再開し始めた。
返ってきたのは「うまい」や「まずい」などの言葉ではなく、小さく縦に振られた首の動きだけ。
でも、シャルルカンにはそれで十分だった。
「………そっか」
にやけそうになる口元を隠すように手のひらをおいて、シャルルカンは食べ続けるマスルールを見つめる。
いいなぁ、こういうの。幸せ。なんて思いながら。
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