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  捕らえられる A


 しばらく他愛の話をしながら飲み続けた。俺が一方的に喋っているだけなのだが、いつものことなので気にはならない。
 床には既に数本の酒瓶。ほどよく酔いが回った俺は、そろそろ本題に入ることにした。

「マスルール〜、お前さぁ、この前女の子に告白されたんだって?」
「はあ、まあ」
「しかもめちゃくちゃ可愛い子だったらしいじゃねぇか。なんで断ったわけ?」
「なんでって…特に理由はないッスけど。」
「はあ?理由はないとかお前…勿体ねえな。本当はなんかあったんじゃねぇの?そうだなぁ…例えば他に好きな子がいたとかさぁ」
「…………」

 そう。ピスティから聞いた話とはこのことだ。先日、マスルールは城下でも有名な花屋の看板娘に告白されたらしい。さっきは「可愛い子だったらしいじゃねぇか」なんて言ったが、俺もその子のことは知っている。実際、マスルールには勿体ないくらい可愛い子だ。
 しかし、マスルールはそんな子の告白を断った。いくらマスルールが恋愛沙汰に興味がなくても、そこで断るなんてこと普通しないだろう。ならば何故断ったのか?それを考えた結果が先ほどの台詞だ。
 ──マスルールには別に好きな子がいる。
 しかも、その考えはあながち間違いではなさそうだ。その証拠に、マスルールが黙った。

「お?図星か?」
「……違います」
「嘘つけ。お前今黙っただろ?それが証拠だ」
「どんな言いがかりっすか。別にいないっすよ」
「ムキになるってことはやっぱいるんだろ!」

 ここまでただ単に、マスルールをからかってやりたいという気持ちが強かったが、こうなってくるとそのマスルールが好きになった子(いると断定)に俄然興味が湧いてきた。
 だってあの、あのマスルールに好きな子が出来ただなんて。普通気になるだろ!
 とりあえず俺はその子の正体を暴くためにマスルールに質問攻めをした。

「なぁなぁ誰なんだよ。見た目は?可愛い?綺麗?」
「……」
「つーかどこの子なんだよ。王宮にいる女官?それとも町の子?俺の知ってる子?」
「……」

 それがいけなかったのだろうか、気がついたらマスルールがイラァっとした顔をしていた。正直、やばい。この顔は、本気でいらついている時の顔だ。

「マ、スルール………?」
「そんなに言うのなら教えてあげましょうか」
「え、なに、教えてくれんの!?」
「………はい」

 マスルールが返事をするまでに間があったのにも気づかず、俺は浮かれた。
 そこで、油断したのがいけなかったのだろう。気がついたら俺の視界は見慣れた天井とマスルールでいっぱいになっていたのだ。




 思い出した。
 そうだ。マスルールをからかってたらこうなったんだった。……いや待て。これでは何も解決してないじゃねえか。この押し倒された状態をなんとかするために回想に浸っていたというのに、ますます意味がわからなくなってしまった。
 なんでマスルールの好きな子を聞き出していたのに俺が押し倒されてんだ。
さっきまではただ単に疑問でしかなかったが、今は微かな怒りすら感じる。
 こうなったら、一刻も早くこの拘束を解いてもらい、何が何でもマスルールの好きな子を聞き出さないと、俺の気が済まない。
 この状態になった経緯は未だにわからず終いだが、幾分か冷静になれたらしい俺はなんとか考えをまとめた。
 ずっと続いていた気まずい沈黙を破るのはかなりの勇気がいるが、結局のところ、こいつに退いてもらわねばなにも始まらないのである。

「…おい、マスルールいい加減退け!つーか何で俺が押し倒されてんだよ!」
「……先輩が悪いんすよ」
「は?」

 意を決して、はんば怒鳴りながらマスルールに退け、と言ったら、質問に対する答えどころか何故か俺を責める言葉が返ってきた。
 俺が悪いってなんだ。正直意味がわからない。責任転嫁も甚だしいと思う。
とりあえず、その辺に関しては心の底から疑問に思ったのでそのまま口に出してみる。

「なんで俺が悪いんだよ。意味がわからねえ」
「ハァ……あんた相変わらず馬鹿ッスね」

 言ってみたら、溜め息と共に馬鹿にされた。
 もちろん俺は納得がいかない。というか、その言葉そっくりそのままお返ししたいところである。俺の方からしてみたら、馬鹿なのはマスルールの方だ。先程から、マスルールの返答はどこか自己完結しているというか…とにかく、相手に理解させるつもりがないといった感じだし、しかもこっちの話をしっかり聞く様子もない。
 この様子で俺だけが馬鹿と言われる筋合いはないだろう。

「馬鹿はお前だマスルール!大体、俺の質問にも答えないで勝手にしやがって…」
「質問……ああ、俺の好きな人がどうこう、ってやつッスか」
「そうだよ。お前が教えてくれるって言ったんじゃねぇか」
「……これでもわからないすか」

 これでもわからないか、とはどういうことだろうか。今一つ理解できない。
 マスルールは何か好きな子ことに関して喋ったか?否、俺の記憶が確かであれば何も言っていない。
 一体何を、どのようにしてわかれというのだ。

「いやいやわからねぇよ」
「……そうすか。…まあいいッスよ、嫌でもわからせるんで」
「…へ?え、マス…」

 ざわり、とマスルールの雰囲気が変わったと気づいた時には時既に遅し。
 言葉を続けようとした俺の口はマスルールに、噛みつくと言ったほうが正しいような勢いで塞がれてしまっていた。



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