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  たったひとつの触れる方法


side S

 きっかけは何だったのかだなんて、今はもうはっきりと覚えていない。確か、酒に酔った勢いとかそんな馬鹿みたいなきっかけだった気がする。
 とにかく、この身体だけの関係が始まったのはアクシデントというか、こんな関係になろうという意志などこれっぽっちもなかったのだ。


 初めて夜を共にした後の朝、シャルルカンは青ざめた。一生涯、男女の関係にはならないだろうと思っていた相手と夜を共にしてしまったのだ。一瞬、くらりと目眩がした。
 何故、こんなことになってしまったのか。
 夜が明けた今となってはどうしようもないことなのだが、そう思わずにはいられない。それほど衝撃が大きかったのを覚えている。

 しかし、そんなシャルルカンとは裏腹に、体を重ねた相手──マスルールは淡々としていた。まずは普通に朝の挨拶をして、体の具合を尋ね、大丈夫だということがわかると「じゃあ、また後で」なんて言って部屋を出ていってしまったのだ。

 正直、いくら何でもこの態度はないと思う。うっかり、実際の意志とは関係のないところでこうなってしまったとは言え、夜を共にしてしまった相手は長い間清い、何でもない普通の付き合いをしていた女だ。
 確かに、普段のマスルールの態度から考えれば何かをどうこうする、なんてことは考えられない。むしろ体の心配をしただけで御の字とも言える。だが、もうちょっと他になにかあるだろうに。これが他の女であれば、怒り狂いだすところだ。
 そんなことを客観的に考えながら、シャルルカンは自分の中の何かが冷たくなってゆくのを感じていた。
 ああ、こんなことになっても、あいつの、マスルールの態度はこんなものなのか。もはや涙も出てこない。


 ──シャルルカンは、マスルールのことが好きだった。
 ただの友情やライバル心から恋心に変わったのはいつ頃のことだったか。とにかく、この気持ちに気がついた時からずっと、つまり今の今まで、シャルルカンはマスルールのことを想っていた。
 しかし、シャルルカンはピスティや他の女の子達のように相手の為に可愛くなろうとしたり、積極的に接したりしようとはしなかった。むしろ、いつも通りにマスルールに接するように努めてきた。
 それは何故か。
 理由は簡単で、ただ、怖かった。
 シャルルカンは自分でも己らしくないとは思ったが、マスルールに拒否されることに対する恐怖心だけはどうしても拭いきれなかった。そして、いつしか心に決めた。この気持ちは、一生伝えないと。
 それがどうだ。気持ちだなんだを通り越して、いきなりこんなことになってしまった。

 もう戻れない。
 シャルルカンは思った。もう前のような、ただの先輩と後輩の関係には戻れない、と。
 しかし、だからといってマスルールにこの気持ちを伝える気などシャルルカンにはさらさらない。身体を先に繋げてしまった相手と心を通わせるなどと、片腹痛い話である。

 それならば、とシャルルカンは考えた。心を手に入れられないのなら、せめてこの身体だけの関係でも続けたいということを。
 なんて阿呆らしい考えなのだろう、ということはシャルルカンだって百も承知だ。でも、それでもシャルルカンは諦めきれなかった。あの、マスルールという男を。


 こんな成り行きから、この二人の関係は始まった。
 関係を続けようとしたのはシャルルカンの方だったので、最初はマスルールに拒まれるかと思われたが、存外そのようなことはなく、シャルルカンは驚いた。初めてした夜から数日経った夜に、シャルルカンが一言「やろうぜ」と言えば、マスルールは嫌がることも、断ることもなくその誘いに応じたのだ。そんなこんなで、この関係はずるずると続いている。
 それから、何回か身体を重ねた中で、シャルルカンはあることに気がついた。マスルールがシャルルカンの誘いを断ることはなかったが、同時に、マスルールからシャルルカンを誘うということは一度としてなかったことにだ。
 そしてそのことに気づいたシャルルカンは、自嘲の笑みを浮かべる。
 関係を続けようとしたのは自分だ。わかっていたことじゃないか。所詮、自分は彼にとって都合のいい性欲処理の道具でしかないということを。
 そんな自分でもわかりきったこと、改めて思い知りたくはなかったと彼女は思う。しかしそれでも、シャルルカンは懲りずにマスルールを誘い続ける。夜の間だけでもいい、嘘の関係でもいい。想い人に愛されたいが為に。


 私は、貴方に触れる術をこれしか知らない。



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