note

  愛しき孤高の王よ @


 自分とは真逆。
 それが最初に持った感想だった。
 才能溢れる財閥御曹司。才色兼備な彼はまさにカリスマというやつで。派手好きで、常識的な考え方や金銭感覚がぶっ飛んでる。
 面倒事を嫌って、空気を読んで行動するタイプの俺はこういう俺様気質の人間は苦手だった。というか、嫌いだった。
 なのに、彼───跡部のことは、不思議と嫌いにはなれなかった。
 前を歩く跡部の背中を見つめながら何故なのだろうと思考を巡らせる。
 出会ってすぐに行った試合で、久しぶりに俺を高ぶらせるようなテニスをした彼に興味を惹かれたからだろうか。
 はたまた、共に過ごすうちに彼が才能に傲ることのない、努力を怠らない野心家だということを知ったからだろうか。
 それとも、

「………それともって、なんやねん」
「ん?どうかしたのか、侑士」

 妙な方向に向かっていく思考を自分自身でシャットダウンする。思わず口に出た言葉は、まあ、うっかりというヤツだ。
 隣にいた岳人に不思議そうな目を向けられたが、お得意のポーカーフイスでなんでもないように受け流し、先程見た壮絶な試合の話を振ることで岳人の興味を逸らす。案の定、岳人はあっさりと会話に乗ってくれたので助かった。




 つい先程、中学最後の全国大会が終わった。
 俺らを破った青学は、なんと王者と呼ばれる立海にも勝ってしまった。

「まあ、俺らに勝ったんだから、当たり前だよな。勝って、もらわねーと、」 

 バスに向かう途中で、岳人がそんなことを言っているのを聞いた。少し声が震えていたのは、やはり今でも悔しいと感じているからだろうか。
 岳人のそんな言葉を聞いて、ああ、終わってしまったんやなぁ…なんて、自分らしくもなく感傷に浸ってしまう。熱く打ち込むようなタイプではないが、俺だってテニスが好きなのだ。
 俺個人としては因縁の相手に勝てたが、やはり氷帝として勝ちたいという気持ちがあった。負けて悔しかったし、いつか勝ってやるとも思ったのだ、これでも。
 でも、中学最後の大会が終わったことで、少なくとも今の青学へのリベンジは果たせなくなっただろう。俺たち氷帝の生徒はほとんど学園の高等部に進学するが、青学は外部の学校に進学する奴もいると聞いた。同じメンバーで、というのはやはり難しいのだろう。
 皆が皆、少なからず心にすっきりとしないくすぶりを抱えたまま、帰りのバスへと乗り込んだ。

 アイツは、跡部は。今日の試合を見て何を思ったのだろう。外の景色を見つめながら、何故かそんなことを考えた。





 俺たち氷帝はバスで学園まで帰り、解散となった。数日休みを挟んで、それからまた練習が始まる。後輩の指導や引き継ぎもあるから、事実上、俺たち3年の引退は夏休み明けになるだろう。
 どうせまた来るのだから…、そう思って俺は部室にある程度荷物を置いて帰ったのだが、家の近くまで帰ってきたところで部室に置いてきた荷物の中に携帯を入れっぱなしだったことを思い出した。普段必ず持ち歩いているものを何故忘れてきたのか。心の中で『アホちゃうか』と自分を貶す。あれはさすがにないと困る。

「しゃーない…戻るか……」

 溜め息をひとつ吐いて、独り言をこぼす。俺はくるりとUターンし、今さっき通った道をもう一度歩き出した。
 空はまだ綺麗なオレンジ色をしている。早く行けば暗くなる前に帰れるだろう。ぼんやりと遠くの空を見つめながら、学園に向かう足を少し速めた。




「お、あったあった……」

 部室に戻って、お目当ての携帯を回収する。やっぱり戻ってきて正解だった。すでにメールが何件か入ってるのを見て、ここまで戻ったことは無駄足ではなかったと自分を慰める。

 ひとまずホッとしたところでなんとなく、人っ子一人いない部室を見回した。
 解散してから1時間以上経った今、さすがに残っている部員は一人もいない。いつも誰かしらいて、賑やかだった部室に一人というのはなかなか寂しいもんやな、なんて思いながら、テニス部の部室には見合わない高級なソファに腰掛ける。
 跡部が自費で買って部室に持ってきたこれは、レギュラーメンバーもたまに使っていたが、やはり彼専用のようなもので。よくこうやってド真ん中に座ってたなぁ、と思い出しながら跡部の真似をするように自分も真ん中に座る。
 背もたれに体を預けて、この場所に座って練習メニューを確認したり、その日の反省点などを部誌にまとめていた跡部の姿を思い浮かべるように、目を閉じた。

 跡部のことを思い出す時、テニスをしているところ以外で決まって頭に浮かぶのが、仕事をしている彼の姿だった。仕事は部長としてのものであったり、生徒会長としてのものであったり様々だが、膨大な量であることには変わりない。普通の中学生であれば到底終わらすことのできないであろう仕事を一人でこなす跡部。俺なら絶対に出来ない。
 ───そう、アイツはすごい奴なのだ。
 共に過ごす時間が長くなるにつれ、彼の常人離れしている部分が、その凄さが段々とわからなくなってきているように思う。慣れというか、眩しすぎて見えなくなるというか。跡部に関しては、不安になるくらい感覚が麻痺してきている気がする。
 そんな事実に苦笑を洩らし、改めて跡部の凄さを感じたところで、疲れた体から力を抜いて座り心地のいいソファに沈む。このソファにもう座れないのはちょっと惜しいなぁ、などと考えながら。



 ─────パコンッ……

 目を閉じたことで敏感になった耳に、テニスボールを打つ音が聞こえてきた。静かだと思いこんでいた部室に響く、聞き覚えのありすぎるその音に、俺はパッと目を開ける。

 コートに、誰かがいる。

 何故今まで気づかなかったのだろう。確かに聞こえてくる軽快な音に、素直に驚いた。
 誰もいないと思っていたのに、一体誰が残っているのだろうか。練習熱心な下級生か、あるいは。

 俺は吸い寄せられるように、音が聞こえる方向に向かった。



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