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ありがとうを君に
※同じ高校に進学した設定
「誕生日おめでとう!白石!」
今日は色んな人から沢山、そんな言葉をもらった。なんせ今日は俺の誕生日。おめでたい日。
家族はもちろん、テニス部のみんなからも、高校の友達からも、果てには中学の時の友達からも祝われた。まあ、祝われる分には悪い気はしない。嬉しいもんやで、ほんまに。メールも、祝いの言葉も、プレゼントも、なにもかもめっちゃ嬉しい。最高の誕生日や。
でも、俺にはひとつ不満があった。ここまで素敵な日なのにも関わらずに。
「アイツ、まさか忘れてるんとちゃう?」
ぼそり。ひとりで小さく呟く。
アイツ、もとい千歳千里。俺の恋人は今日も今日とて音信不通だ。
奴の存在がこの素晴らしい誕生日に、ひとつのもやもやを生み出していた。
持ってる意味あんのか、と問いただしたくなるレベルで機能してない携帯からメールなんぞくるはずもなく。
クラスに顔を出してみれば千歳は学校にきてないという。しかも、もうすぐ部活も始まるというのにいまだに来る気配もなし。
ここまでくると本当に忘れてるのではないかと疑ってしまうのも仕方がないというものだ。
「まあ、元々こういうことには無頓着やし、しゃあないなぁ……」
アイツの性格は、一応把握しているつもりだ。イベント事に疎いこと、さらにいえば色々と忘れっぽくて、めちゃくちゃマイペースだということ。これでは忘れていても仕方ない。
千歳と付き合い始めてから、初めてくる俺の誕生日。おめでとうの言葉くらいは欲しかったけど、こればっかりはどうしようもないだろう。
「……また次に会ったときに、なんか奢らせたらええか」
ちょっと残念、っちゅーのが本音やけど、潔く諦めた方が後々気持ち的に楽だろう。そんなことを考えて、もやもやとした気持ちを振り切るようにのびをする。
あと数分で部活の始まる時間だ。高校のテニスはやっぱりレベルが高い。雑念はとりあえず置いといて、今は部活に集中しよう。
自分の中のスイッチを切り替えて、俺はコートへ向かおうとした。
────向かいたかったんやけど。
「う、わっ!?」
いきなり後ろから腕を引っ張られてそれは叶わなかった。引っ張られた俺は当然よろけて、後ろに倒れ込む。
でも、覚悟してたような衝撃がくる事はなく。ぽすっという気の抜けた音と共に、柔らかいものに受け止められた。
「白石」
少し上から聞こえてきたのは、ものすごく聞き覚えのある声。俺は勢いよく振り返った。
「千歳…!」
先程まで思い浮かべていた恋人の姿。
いつもの締まりのない笑顔を浮かべた千歳は何故か顔が薄汚れていて、頭に葉っぱや枝をつけている、という状態だ。森の中を探検したんか?と聞きたくなるような千歳に呆れたため息が漏れる。
まったく、ほんまにいつも通りというかなんというか…。
さっきまでもやもやしてたのに、のほほんとした千歳なんだか毒気を抜かれてしまった。
とりあえず、千歳の髪についている葉っぱや枝を取りながら軽い説教を始める。
「千歳……なに学校サボってるんや。高校初っ端からええご身分やな」
「きょ、今日はちゃんと理由が……」
「どんな理由や。言うてみ」
「ゔっ……」
小言を言ってやると、珍しく千歳が言い訳を始めた。しかし滅多にしない言い訳など俺に通用するはずもなく、千歳を追求するとすぐに言葉を詰まらせた。俺に言い訳なんてええ度胸や。
「ほら、言えん。オマケに連絡のひとつもよこさんで」
うなだれる千歳の頭を反省しろっちゅー意味を込めてぺちんと軽く叩く。まったく、怒られてうなだれるくらいなら最初からちゃんと学校来いや。
そんなことを思いながら反省した様子の千歳の顔を覗きこんでいたらふと、さっきまで考えていたことが頭をよぎった。怒りとかもやもやとか、そういうのではなく単純な疑問として。
千歳は、ほんまに今日のことを忘れてたんだろうか。
「千歳」
「ん?」
「……今日、なんの日かわかるか?」
少しドキドキしながら千歳に問う。
もっと聞き方あるやろ、とか。そんなことは今更どうしようもない。ただ、千歳の答えを待つのみ。
「覚えとうよ。白石の、誕生日」
優しい笑みを浮かべながら千歳が言ってきた言葉に、拍子抜けする。
なんや、覚えとったんか。そのことに少しほっとした。
期待なんてしてなかったけど、よかった。忘れられてなかった。まだドキドキしてる心臓に手を置いて、ぎゅっと握る。
顔が熱くなってるのがわかって、真っ赤になってるのを隠すように千歳の胸に顔を埋めた。
「……じゃあ、おめでとうくらい言えや、アホ」
少しの嫌味をこめて千歳にそう言ってやる。これで言わざるを得ないだろう。俺を放置してたことに罪悪感でも感じればええんや、ざまあみろ。
そんな性格の悪いことを考えながら千歳の言葉を待つ。
しかし、いくら待っても千歳が何かを言い出す気配がしない。
「………千歳?」
不思議に思って千歳の顔を見上げると、えらく真面目な顔をした千歳と目があった。
「……?ちと、」
「…白石、」
ふっと、周りの音が消えた刹那。低く小さい声で、でもはっきりと千歳は言った。
「ありがと」
その言葉に続いて、触れるだけのやさしいキスが顔中に降ってくる。
おめでとう、じゃなくて、ありがとう。
千歳の言いたいことはその言葉だけで十分伝わってきて、思わず視界が涙で揺らぐ。
「………っなんやねん、それ、」
もう一度、顔を隠すように千歳の胸に顔を埋める。
ああ、もう。さっきまで普通にしてたのに。千歳はすぐに、俺の調子を狂わす。
「一番嬉しいやん、卑怯や、」
小さく悪態をついて千歳の背中に腕を回すと、答えるように千歳が抱きしめ返してきた。
訂正。不満なんてこれっぽっちもない。今日は今までで一番幸せな誕生日や。
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