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  白い吐息に溶かして贈る


「今年ももう終わりやな……」
「そうやなぁ」

 年末。12月31日。
 もう少しで今年が終わるという時間に、俺らテニス部のレギュラー陣は近場の寺にきていた。除夜の鐘の音を聞いて、皆で年を越そうって言い出したのは誰だったか。とにかく、こんな楽しそうなイベントを見逃すはずもない我らがテニス部は、こうしてここにやってきた訳である。
 道の脇は出店なんかで賑わっていて、軽いお祭り気分を味わえる。金ちゃんも健次郎の手を引っ張って、たこ焼きやら林檎飴やらに大はしゃぎしとる。
 ユウジは相変わらず小春にべったりやし、銀は健次郎に助けを求められて金ちゃんの相手しとる。謙也は財前となんや話しとるみたいや。まあ、いつも通りっちゃいつも通り。それぞれみんな、楽しんでるんじゃないかなと思う。
 一方俺はというと、わいわいと前を歩く皆を見ながら、普段やったら俺も皆に混じって楽しむところなんやけどな、と軽く溜め息を吐くだけ。今日はこの、隣を歩いているもじゃもじゃ頭を叩き起こすのにすべての労力を使い切ってしまって、この雰囲気を楽しむような元気は残ってないからだ。
 ぐるぐるとマフラーを巻いて、いまだ眠そうに目を擦る巨体を恨めしげに睨んでやる。

「ふぁぁ……」
「千歳お前…あんだけ寝とってまだ眠いとか言うんやないやろな」
「ばってん、今日は1日寝るつもりだったけん…」
「寝過ぎやドアホ!ちょっとは活動せんと体鈍るで!」

 肘で千歳を小突いてやると、千歳はのんびり「痛か〜」と呟き小突かれた腕をさする。コイツ全然痛いと思ってへんで、ホンマふざけんなや。

 千歳が一人暮らしをしているアパートを訪ね、前に勝手につくった合い鍵を使って布団にくるまる千歳を見つけたのが約2時間前。それから約束の時間ギリギリまで千歳を起こすのに必死だった。布団を剥ごうとしても物凄い力で引っ張られるし、「やだ!出たくなか!」と駄々をこねる千歳には本当に骨が折れた。
 その後、なんとか連れ出すことは成功したけど、その頃には俺はへろへろ。だから今日は金ちゃんの相手は銀たちに任せて、俺は後ろをのんびり歩いてるっちゅーわけや。


 さて、気がつけば今年もあと少しで終わり。1年を振り返ってみると、相変わらず俺はテニス一色だった気がする。
 ………いや、少し違うか。今年はコイツのことでも随分悩まされたりした。
 好きになって、好きって言われて、付き合うことになって。色々ドタバタしたもんや。落ち着いたのは、ホンマに最近のことだったし。
 俺にとってはただのトラブルメーカーやで、なんて思いながらチラリと横目で千歳を見上げると、視線に気がついたのか、千歳もこちらを見つめてきた。

「白石、寒そうやねぇ」

 するりと、大きい手で頬を撫でられる。不思議とその手は温かくて、ずっとすり寄っていたい衝動にかられた。
 無情にも離れていく手を少し寂しく思っていると、ふいに手を握られる。

「ちょ、千歳?」
「こうしとるとぬくかやろ。人も多いし、ばれんたい」

 千歳はいつも、さらっとこういうことをする。なんやろ、天然タラシっちゅーやつやろか。いや、天然なんか狙っとんのかは知らんけど。とにかく、千歳千里という男はこういう行動が妙に似合うのだ。
 それに対して俺はといえば、繋がれた手にドキドキしつつも、それが千歳の思うつぼになっている気がして、思わずむすっとしてしまう。いつも俺ばっかりドキドキさせられているようで、なんだか悔しい。

「お、カウントダウン始まったでー!」

 少し前の方で謙也が俺たちを振り返ってわざわざ声を掛けてくれる。わざわざ言わなくても、カウントダウンしてることくらいわかるっちゅーに。ぶんぶんと手を振ってくる謙也を微笑ましく思いながら、控えめに手を振り返す。隣に行こうなんて野暮なことはしない。アイツの隣には財前が居るからなぁ。行ったら睨まれそうや。
 こちらを睨む財前を想像して苦笑していたら、先程までこちらを振り返っていた謙也が財前の方を向いた。財前に何か言われてるらしい。あ、顔が真っ赤や。なに言われたんやろ。

「………幸せそうやなぁ」

 ポロリと、そんな言葉が零れた。
 隣にいた千歳は俺の小さな呟きをちゃっかり聞いていたらしく、ことりと首を傾げる。

「白石は幸せじゃなか?」
「んー?幸せやで、テニスができて、皆みたいな仲間がおって」

 前を歩く皆を見て目を細めると、千歳は不服そうに顔を覗き込んできた。

「………俺は入ってないと?」
「…どうやろなぁ」
「なんね、それ」

 きっと『恋人としての』問いかけだっただろうそれに、少し意地悪く返事を返す。ニヤニヤとしながら千歳を見つめ返すとからかわれているのがわかったのか、千歳は少し気まずげに目をそらした。

「あとちょっとで新年やー!」
「…7、6、5、………」

 そんなやりとりをしている内に、新年まであと数秒になっていたらしい。皆その場に止まって10秒前のカウントをとっているのをぼんやりと聞き流す。

「千歳」
「ん?なんね?」

 はあっ…と白い吐息と共に名前を呼んで、きょとんとしている千歳を見つめる。
 前で楽しげにカウントしている皆の後ろで2人だけ。なんだかちょっと周りの騒がしさから切り離されて、2人きりになった気分だ。
 そんな浮ついたことを考えて、俺も大概やなぁと笑いをこぼす。
 でも、しゃあない。
 今日は、特別な日だから。

「……誕生日、おめでとう。それと、」

 本当はすぐに言いたかったけど、こういうのも粋やなぁと思ってずっと仕舞っていた言葉と、

「あいしてるで」
「へ、」

 とっておきの愛の言葉を、感謝の意味も込めて。

「…2、…1!」

 カウントがゼロになる直前に、千歳のマフラーを思いっ切り引っ張って唇に軽く口づける。
 誰かに見られていたかもしれない。でも、そんなこと以上に、目の前で真っ赤になっている千歳の方が今の俺には大事だったのだ。



「明けましておめでとー!」
「今年もよろしゅう!」

 年が明けて、1月1日になった。
 あちこちから新年を祝う言葉が聞こえてくる。それはうちのレギュラー陣も例外ではないようで、各々が今年もよろしくなどと挨拶をしている。
 そんな中、一際元気に皆に明けましておめでとうを言っていた金ちゃんが、こっちにも駆け寄ってきた。

「あれ?どしたん、二人とも」

 満面の笑みを浮かべていた金ちゃんはこちらまできた途端、俺と千歳を見比べて不思議そうな顔を浮かべた。

「顔、真っ赤やで?」

 やっぱり俺も顔真っ赤になっとったか、とか。千歳、まだ顔赤くなっとるの?とか。そんなことがぐるぐると頭の中を巡る。
 どうにか金ちゃんを寒いからなぁ、と言いくるめてやり過ごしたが、そんなこと嘘やって、きっと千歳は気付いているんだろう。


 皆がお詣りしてくると言って人混みを掻き分けるのを、「後から行くわ」と伝えて見送る。千歳も、俺と一緒に残ってひらひらと手を振っていた。
 手は、まだ繋がれたままだ。
 皆が人に紛れて見えなくなったあと、千歳がぽつりと呟き始めた。

「白石は、ずるい」
「……やられっぱなしは性に合わんのや」

 子供みたいに拗ねる千歳にそう言い返してやると、千歳はさらにムッとしたような顔をする。いっつも俺ばっかり不意打ちくらうんや。これぐらい当然やろ。
少し得意気な気分になって千歳の方を見ると、真剣な表情をした千歳とばちりと目があってしまった。

「…………蔵、」
「…なん、……え?」

 呼ばれ慣れない名前に驚いている暇もなく、千歳に肩を引き寄せられた。

「俺も、愛しとうよ。今年もよろしゅう」

 寒さで冷たくなっている頬に、柔らかい唇が数秒触れる。囁かれた方の耳と、キスされた頬がじわじわと熱を持つのが感じとれた。

 俺、今、絶対、さっきより顔赤くなっとる。ああ、もう。せっかく仕返しできたと思ったのに。

「…………卑怯や!」
「負けず嫌いなんはお互い様ばい」

 俺に負けず劣らず赤い顔で、千歳が笑う。その笑顔にどうしようもない愛しさを覚えて、たまらなくなった。

「……ああ、もう、ホンマずるい」
「だから、お互い様ばい」

 千歳の胸に頭を預けて、小さく文句を言ってやる。すると、千歳がやさしい声色で呟いて俺を抱きしめてくれた。

「……じゃあずるい者同士、お似合いってやつやな」
「そうたいね」

 ふふ、といたずらっぽく笑って腕の中から千歳を見上げる。千歳も同じように嬉しそうに笑ってくれて、胸の奥があったかくなるのを感じた。

 去年はいままでにない特別な年で、今年もきっと特別な年になる。
 それもこれも、全部、千歳のおかげなのだろう。

「ありがとな、千里」



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