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  喧嘩の基本は倍返し @


「は?カツアゲ?」

 爽やかな風が吹き始める5月。事の発端は白石が話し始めたひとつの事件だった。




「……で、どういうことやねん白石。詳しく説明せぇや」

 顔をしかめたユウジが白石に話の先を促すように顎をしゃくる。他の面々も困惑した表情していたり心配そうな顔をしていたりと様々だが、どちらにせよ話を聞かなければ何も始まらないとばかりに白石を見つめていた。
 それを見た白石は小さく溜め息をついたあと、少し疲れたように頭を掻く。

「いやな、うちの部の一年が昨日の帰りにカツアゲにあったんや。なんとか逃げようとしたらボコられたらしくてな。全治2ヶ月やて」
「全治2ヶ月!?」

 2ヶ月、という言葉に驚いた謙也が大きな声をあげる。それに財前が「うるさいっすわ」といつものように毒を吐いているが、今の謙也にはどうやら聞こえてないようだった。白石に怪我した奴は大丈夫なのかとしきりに聞いている。
 人一倍仲間思いな謙也にとって、後輩が全治2ヶ月の怪我を負ったというのは衝撃的だったようだ。オロオロする謙也に、白石が落ち着けと声をかける。テニスができなくなるようなことはないから、という白石の言葉に安心したのか、謙也はやっと静かになった。
 しかし謙也が静かになったからといってそれで終わるはずもなく。白石の話を聞いて動揺を隠せない部員は増える一方のようで、どこからともなくひそひそと話し声が聞こえてくる。
 当たり前だ。ここにいるのは二、三年だけでなく、怪我をした一年と同じ学年の部員もいるのだ。友人を心配する声、不安に震える声、怒りを露わにした声。色々な声が聞こえてくる。
 そんな一年たちの様子を見てか、今まで心配そうな表情をして成り行きを見守っていたふいに小春が口を開く。

「蔵リン、やった方の人達はどうなったん?」
 
 今まで触れられてなかった部分を指摘され、白石は思わず眉間を押さえた。小春の言葉に静かになった部員たちはその様子を見て、事態がいい方向には向かってないことを悟る。いつも気丈に振る舞っている白石がこの様子なのだ。いい方向どころか、悪い方向に向かっている気すらする。

「それが、盗るだけ盗って逃げたらしいんや…。まあやられた奴に話聞けたから、四天南高の奴らっちゅーことはわかったんやけど……」
「南高の奴らか…」

 南高、という名前にほとんどの部員たちが苦虫を潰したような顔をする。
 四天宝寺南高校といえば、この辺りでは有名な不良高校だった。学校周りの壁は落書きだらけ、校舎の窓ガラスは何枚も割られており、柄の悪い生徒たちがたむろする……というドラマに出てきそうな学校である。
 勿論柄の悪いと言っても普段から一般人に危害を加える輩ばかりなわけではないが、今回の事件はちょっとばかり事情が違うらしい。白石の話によると、最近目立ち始めた篠原という男を中心にしたグループがやったことだという。このグループは質が悪いらしく、今回のように恐喝、暴行を繰り返しているとのことだった。

「俺たちじゃどうにもできへんし、今のところじっとしてるしかないのが現状なんやけどな…」

 ふう、とため息を吐いた白石にチッとユウジが舌打ちをする。普段は無表情な財前も今回の件は気に入らないのか、少しイラついた様子でカチカチと携帯をいじる。金太郎も納得がいかないのか「やっつけに行こーやー!」などと騒いでいるし、皆が皆、納得できてないのがよくわかる様子だった。
 どんよりとした空気が部室に漂う。誰もがみんな、暗い顔つきをしている。四天宝寺中のテニス部らしからぬ雰囲気だ。

「……このままじゃたぶん、お咎めなしやろなぁ…腹の立つ話や」

 そんな空気についに我慢ができなくなったのか、ぼそりと白石が呟いた。その呟きに、部室にあるパイプ椅子に座り、ずっと寝ていたように見えた巨体がぴくりと反応した。
 のそりと顔を上げた千歳はいつもののほほんとした表情をどこへ隠してしまったのか、感情の読めない顔をしていた。もっとも、それに気がついている部員は誰一人としていなかったのだが。

「………それは、気に入らんたいね」
「え?千歳、なんか言うた?」
「…ん?なんでもなかよ」

 ぼそりとぼやく千歳に白石が不思議そうに首を傾げる。そんな白石に、千歳はいつものようにへらりと笑いかけたのだった。




 その日の放課後、下駄を履いた長身の男がふらりとある高校を訪れた。

「篠原、ち奴はどこにおんね?」
「あ?なんやお前」

 校門の辺りでたむろしている十数人の生徒に、男は軽く話しかけた。生徒たちはみんな、中身はともかくとして、外見は一目で不良だろうと判断できる容姿をしている。しかし男は大して怯える様子も見せず、平静を保っていた。
 そんな男に生徒たちは怪訝な目を向ける。明らかに敵意を含んでいる強い視線を意にも返さず、男はもう一度同じ言葉を口にした。

「篠原は、どこにおんね?」
「……篠原さんになんか用でもあるんか」
「つーか誰やテメェ」

 男が一体誰なのか、何をしに来たのかを確認する声が様々なところからあがる。ピリピリとした空気はまさに一触即発といったものだった。
 だが、そんな空気など読めないとでも言うように男はへらりと笑みを浮かべる。

「あーそういうのいらんけん、早よ連れてこんね。俺は気が長い方じゃなか」

 ひらひらと手を降って男は生徒たちを促す言葉を口にする。そんな男の態度に、この辺りでは幅を利かせていた生徒たちの頭には当然のように血が上った。

「いきなり現れてなんやその態度は…喧嘩売っとんのかゴラァ!」

 男に対する怒りをたぎらせた彼らは一斉に罵詈雑言を男に浴びせる。中には小型のナイフなどを取り出して、戦闘態勢に入っている輩もいる。
 そんな彼らを男はのんびりと見渡して、んー…となんとも気の抜けた声を出した。それからまるで面倒くさい、と言わんばかりに首の後ろあたりを掻く。

「目的の奴以外とはやりたくないんやけどねぇ…」 

 騒然とした空気の中、男がふらりと一歩を踏み出す。その直後、固いものに何かをぶつけたような、鈍い音が辺りに響いた。
 今まで騒がしかったその場が、徐々に小さなざわめきを残すだけの静かな場所へとなりを潜める。その音がした方に視線を向ければ、男がひとりの生徒の頭を掴み、壁に押さえつけていた。先ほどの音は、男が生徒の頭を思い切り壁にぶつけた音だったらしい。

「がッ…ァ…!」
「篠原はどこね」

 仲間のそんな様子を見て、一気に固まった生徒たちをひどく冷たい目で見据えて、男は本日三回目となる言葉を吐いた。



 その頃。
 校門前の騒ぎなどつゆ知らず、篠原は空き教室で悠々と財布の中身を物色していた。その財布は篠原の物ではない。彼が昨日、なんとなく目についた中学生から仲間に盗らせてきたものだ。彼は所謂不良グループの頭というやつで、最近はこの高校で一番の勢力を誇ると言っても過言ではない。彼らは法に触れること───窃盗や暴行を繰り返しながら日々過ごしている。しかし実際に実行するのは篠原自身ではない。頭である彼は、ただ指示をするだけでいいのだ。そういう意味では、篠原はとても厄介だと言っても過言ではないだろう。
 勿論、彼もそれなりに腕っ節は立つ。でなければ、不良の巣窟とまで囁かれるこの高校ではやっていけない。だが、グループのトップに立ってからは自ら手を下すことは少なかった。
 それが、篠原を鈍らせた。彼はこの後やってくる人物が危険だということを、嗅ぎ分けられなかったのだ。



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