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「なぁ、千歳」
「ん?どぎゃんしたとね、白石」
「ぎゅーってして」
「……え、」

 いつもは決して甘えてくれない恋人が、突然おねだりをしてきた。
 一瞬、自分の都合のいい聞き間違いか?と思って白石の方を見てみるも、彼は至って真面目な顔で。聞き間違いでもなく、ましてやからかわれてるわけでもないんだなと悟る。

 さて、どうしたものか。

 慣れてない事態に俺は若干困惑してしまった。
 しばらくの間呆然と白石を見つめていると、なんの反応も返さない俺が気に入らなかったのか、少しムッとした表情をした白石が俺の方へと両手を伸ばしてきた。
 まるで子供が抱っこして、とねだるように。

「ええからしてや」
「まあ…断る理由なんてなかけん、よかよ」

 むしろ役得ばい。
 んなことを思いながら座り込んでいる白石を抱きしめるためにしゃがみこむ。
 すると、屈んだ瞬間に白石がガバッと首に抱きついてきた。しゃがみこんでいる時に白石の身長、体重に勢いがついた状態で抱きつかれた、というより半分どつかれたので、思いっきり尻を床に打ちつける。

 うん、痛か。
 ジンジンと痛む箇所を軽くさすりながら白石を抱き留めている俺は涙目で、正直情けない。
 でも白石がこんなことをしてくるなんて、誰が想像できただろう。普段は懐いてくれない野良猫みたいなのに。
 ぎゅうぎゅうと抱きついてくる白石を抱きしめ返しながら、めずらしいこともあるものだな、とにやける顔を誤魔化すようにポンポンと白石の頭を撫でてやる。

「今日は甘えんぼさんたいね。どうしたと?」
「んー?せやなぁ…今俺、千歳不足なん。だから充電」
「充電?白石は俺をエネルギーに生きてるとね?」
「せやでー知らなかったん?」
「ははっそれは知らんかったばい」
「さよか。じゃあ1つ勉強になったなぁ」
「そうたいね」

 クスクスと耳元で笑う白石に俺も思わず笑みを浮かべる。
 表情は見えないが声色でわかる。白石は今、楽しそうな顔をしているんだろう。
 ああ、愛しいなぁ…なんて。
 そんな思いがじわじわと心に染み込んでくる。
 この気持ちを少しでも白石に伝えてやろうと、白石のミルクティー色の髪に口づけをひとつ落として一際強く抱きしめる。普段なら「苦しいからやめや」とか言う白石も今はなすがままだから、俺のやりたい放題ってわけだ。

 いつもならありえないであろうこの状況。
 普段ならチャンスとはばかりにつけ込むだろうが、今は不思議とそんな気が起きない。白石を甘やかしたい、という気持ちが大きいからだろうか。
 とにかく、今日は白石の言うことを聞いてあげようと思う。

「白石、なんかしてほしいことあっと?」
「ん…?せやなぁ…じゃあ、名前、呼んでや」
「……?しらい…」
「ちゃう。…下の、名前」

 なんだ、そんなことでいいのか。
 そう思っていつものように『白石』と声を掛けかけると、即座に訂正された。甘えん坊な恋人はどうやら『特別』をご希望らしい。
 少し間を置いて、ゆっくりとかみしめるように名前を呼んでやる。

「……蔵」
「…うん、もっと」
「蔵」
「…せんり」

 舌っ足らずな口調で俺の名前を呼び、甘える猫のようにすりすりと肩口に頭をこすりつけてくる蔵。
 今日は本当に珍しい日だ。あの蔵がこんなに甘えてくるなんて。なにかあったのだろうか?
 そう思うものの、それを聞くのは何だか違う気がして俺は代わりに蔵をより強く抱きしめた。

「せんり」
「ん。いくらでも甘えてきなっせ」
「……千里、おおきに」

 腕の中で蔵が少しホッとしたように息を吐く。さっき理由を聞かなかったのは、どうやら正解だったらしい。
 蔵はさっきみたいに口では軽く「一緒にいないと生きていけない」なんてことを言うのに、実際のところ一線を引いて俺と付き合っているところがある。だからこういうことは深入りしない方が性にあっているのだろう。
 蔵はすぐにひとりで抱え込んでしまうから心配になることもあるけれど、きっと俺が干渉しすぎたらこの関係は終わってしまうだろうということは俺も十二分にわかっているつもりだ。
 だからこうしてたまに、甘えたり甘やかしたりしてうまくやっている。

 まあ、大半は俺が甘えて蔵が俺を甘やかしてくれるんだけど。
 それ故に、今日みたいな日はしつこいようだが本当に珍しい。
 俺としてはいつもと違うむぞらしい蔵が沢山見れるので大歓迎なのだが、蔵は少し抵抗があるらしく、俺が甘えさせようとしても気がついたら自分が甘やかされている、なんてことが多いのだ。 

 さすがにそれは彼氏として情けなさすぎると思っていた矢先に、今日のこの状況。
 少しは、俺を頼ってくれることにしてくれたのだろうか?そんな淡い期待を抱きつつ、蔵の髪を手で優しく梳いてやる。


 しばらくの間、そうしていると蔵が腕の中でもぞもぞと身じろぎ始めた。
 今まで俺の肩口に埋めていた顔を動かして、こちらの様子を伺うようにじっと見つめてくる。
 正直、目に毒だ。
 今日は蔵の好きなようにさせてやろうと思っていたのに、可愛らしい蔵の様子を見て俺の中の天秤がぐらぐらと危なっかしく揺れる。
 できれば今日は普通に過ごしたい。いつものお持ち帰りコースじゃない、ほのぼのコースで終わらせるのだ、千歳千里よ。
 しかし俺がそんな馬鹿なことを考えながら冷や汗を掻いて葛藤していることなどまったく知らない蔵は最高級の爆弾を落としてきた。

「千里、すき」

 見たこともないくらい幸せそうにふにゃりと笑って、普段なら滅多なことがなければ言ってくれない愛の言葉を嬉しそうに言ってくれて。

 もれなく俺はノックアウトされた。

「…………………俺も、好いとうよ、蔵」
「うん、知っとる」

 ふふ、と笑う蔵を見て、今ここで手を出したりなんかしたら、俺の九州男児としての何かが死んでしまうような気がして、蔵に伸ばしかけた手を引っ込める。
 今日は、たまには、こういうのも悪くないだろう。蔵も楽しそうだし。

 そう自分に暗示をかけるように、もう一度蔵を強く抱きしめるのだった。



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