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  恋ってやつは


※OVAガン無視設定



「1年の財前光です。よろしくお願いします」

 第一印象は『クール』やった。
 他の新入部員達がまだぶかぶかなジャージを着て、「レギュラーになれるよう頑張りたいと思います!」とか「先輩らのようになりたいです!」なんて言っているのに、財前だけはテンプレに当てはめた簡潔な挨拶を愛想笑いもなしに淡々としていて、それがひどく印象に残ったのをよく覚えている。
 そこから、妙に気になり始めた。この四天宝寺中には珍しいタイプである財前光のことが。



 最初はただ見てるだけだった。でもその内、見てるだけじゃ足りなくなってきて、俺は財前をかまい倒すことになる。純粋に、もっと財前という人を知りたかったのだ。だから自分からかまって距離を近づけようとした。
 朝は挨拶をして着替えながら世間話、練習中もわざわざ財前が練習しているところまで行って様子を見たり、部活外でも会ったら必ず挨拶をしたりした。まあ、他の後輩にもやってることではあるんやけど、それでも頻度的には財前が一番。自分でもちょっとしつこすぎるかな?ってくらいだった。でもやめようとは思わなかった。
 勿論、財前の反応は良いもんじゃなかったけど。
 俺が先輩だからハッキリとは言わないけど、明らかにうざがっていたと思う。だって顔背けるし、必要最低限のことしか喋らないし、喋ったとしても話を打ち切るような言葉ばかりだし。
 正直めげそうになったことも何回かあったけど、俺は飽きもせずに財前にかまった。

 そしたらその内、ある変化があらわれた。というか、気づいたんや。なんでもない瞬間に、財前と目が合うことが増えたことに。
 なんでかはわからない。別に声をかけたわけでもないし、特別になにかしたわけでもない。本当に、なんでもない瞬間に目が合う。普段話しかけたりしても冷たい態度しか返ってこないというのに。なんでやろ。
 そのことに疑問を持ってから、俺はこれまで以上に財前にかまった。周りから「謙也は財前好きすぎやろー」って茶化されるくらい。
 自分でもどうかな、とは思ったけど、やっぱり目が合うようになった理由を知りたいという気持ちの方が勝っていて、俺は毎日のように財前に声をかけたりしていた。
 しかしそんなある日。

「忍足先輩、ちょっとええですか」

 部活の休憩中、俺は財前に突然声をかけられて、部室裏に連れ出されてしまったのだ。



 さて、2人で部室裏に行ったところで俺は焦り始めた。
 だって財前ずっと黙ってるし、俺最近本っ当にしつこくかまってたし。これはどう考えても良い状況じゃなかった。
 冷や汗がツゥ…と背中を伝うのと同時に、このままでは埒があかないと思った俺は、思い切って自分から財前に話かけることにした。

「えっと、用件、は、なに…?」

 片言になってしまったのは、しょうがない。だって俺、こういう空気苦手なんやって…。
 ドキドキしながら財前の反応を待っていると、やがて、今まで俺に背を向けていた財前がゆっくりとこちらを振り向いた。
 翡翠を宿らせた、深い森みたいな目にじっと見つめられて、思わず心臓がどくりとはねる。
 あかん。前から密かに思ってたけど、財前ってかっこええな。白石に引けを取らへんイケメンや。

「……単刀直入に言います。忍足先輩、妙に俺にかまいますよね。何でですか」
「え、あ…」

 財前に見惚れてた俺は、聞こえてきた財前の声で一気に現実世界に引き戻された。
 どうしよう。やっぱそのことやった。
 今更どないしよって言っても、どうしようもないことはわかっている。正直に言うしかないのだ。
 でも、何故か、うまく言葉にできない。

「えーっと、そのー…」

 そもそも、なんで俺は財前に興味が湧いたんやっけ。挨拶の時に珍しい奴だと思ったから?
 確かに最初はそうやったけど、だからってそれだけでそんなに自分からぐいぐい絡みにいくだろうか?大体、俺やって人間やし、苦手なタイプとかおる。ぶっちゃけ財前は好きよりかはそっちの方や。
 なのに、なんでだろう。
 知りたいって思った。
 かまいにいって相手にされなかったときは悲しかった。目が合うと、なんや嬉しかった。
 それは、なんで?

「…忍足先輩?」
「あ…、」

 反応がない俺を不思議に思ったのか、財前が少し訝しげに顔を覗き込んできた。
 その瞬間、今までよくわからなかった自分の気持ちに、すとんとなにかが当てはまった。

「…………すきや、」
「え、」
「あっ、」

 ぽろりと口から零れた言葉に財前も言った本人である俺も唖然とする。
 財前の見たこともないポカーンとした顔にちょっとした優越感を感じたりしたけど…って今はそんなこと言ってる場合やない!え、ちょ、待って待って待って。なんやねん俺。なんやねん好きって!

「…忍足先輩、あの、」
「あ、ごめ、ちゃう、ちゃうねん…!そんなつもりやなくて、その、えっと…」

 頭の中はぐちゃぐちゃで、処理しきれない。だけど財前が困っているのがわかるから、なんとか言葉にしなきゃと思って口を開く。
 でも口から出てくるのはまとまっていないよくわからない言葉ばかりで。声は掠れているし、なんでか知らんけど顔に熱が集まって熱いしで、さらに俺はパニック状態に陥った。
 次第に目の前にいるはずの財前の姿がぼやけてきて、あ、俺泣いてるのか、なんて他人事のように思う。

 情けない。情けなさすぎる。
 いきなり好きとか言うて、パニック状態になって挙げ句の果てに泣き出すなんて。どんだけやねん。こんな先輩、嫌に決まっとる。俺だって嫌や。
 ほら、財前さっきから何にも言わないし。俺、きっと嫌われた。もう目も合うこともないだろうし、俺からかまいにいくこともできなくなるんや。

 …………寂しい。
 嫌、そんなん嫌や。

 そこでやっと、ずっと前から財前が好きやったことに気づく。
 俺は、財前が好きやったんや。もちろん友情的な意味やない。恋愛的な意味で。

 でも、今さら気づいたところでどうなるっていうんや。色々な順序をすっ飛ばして告白なんて洒落にならん。
 こういうのはもっと段取りを踏んで、もっと仲良くなってから順々にってものだろう。何をどう考えても、無理がある。現に財前はなにも言ってくれないし。

 …ああ、もう。この際言いたいことは全部言ってまえ。
 どうせ失恋するならば、後悔のない方がいい。


「…ずっと、ずっと前、から好き、やってん…」
「…………」
「気づいたのは、その、さっきやけど、多分、一目惚れ」

 泣いているせいでうまく喋れないけど、一生懸命言いたいことを口にする。
せめて、伝えるくらいは。

「…すき、好きや……財前が、すき」

 言い終わったところで俺と財前の間にしん、と静寂が訪れる。
 終わったんやな、って冷静になってきた頭でぼんやりと思う。

 行かなければ。財前の前から、いなくならなければ。
 ……これ以上は、本当に迷惑や。

 今まで杭で固定されたみたいに動かなかった足を叱咤して、なんとかこの場から逃げようと身を翻す。

「…っ、すまん」
「………待ってください」 

 謝るだけ謝って立ち去ろうとしたら、今までずっとだんまりだった財前が突然口を開いた。しかもその口から発せられた言葉は俺を引き留めるもので。
訳わからなくて、思わず足を止めて財前を振り返る。
 振り返った先には、いつもの冷たい色を帯びている瞳はなく、熱を帯びた綺麗な翠があって。その瞳を見て、また心臓がどくりと跳ねた。

「言い逃げなんて卑怯や」
「……え…?」
「俺はまだなんも言うとらんのに…」

 少し拗ねたように財前が文句を言ってくる。
 え、待って。なに、その顔。
 嫌悪感とか、そういうんがまったくない財前の表情に俺は二度目のパニック状態に陥る。
 だって、普通は嫌がるやろ。大して仲良くなかった180近い身長の男の先輩に、突然告られたりしたら。俺だったら、間違っても引き留めたりせえへん。なのに、なんで。

 思考が追いつかなくて、フリーズしたまま呆然と財前を見つめる。
すると財前は一度深呼吸をして、決心したような面持ちで俺を真っ直ぐ見据えてきた。

「俺も、先輩が好きです」

 そして、俺が無意識の内に待ち望んでいた、でも絶対にありえないと諦めていた言葉を、俺にくれた。

 俺、本日三度目のパニック状態。

「うそや」
「嘘やありません。こないなこと、嘘ついてどないするんですか」
「だって、だって…今まで、ずっと冷たかったんに…」
「それは…なんや、照れくさかったというか、突然態度を変えられへんかったというか。別に、嫌でそうしてたんとはちゃいます」

 少ししどろもどろなりながらも、財前は俺にとっては嬉しすぎる言葉を沢山伝えてくれる。それを俺は目を白黒させて見つめていた。

 だって、こんな、ありえへん。
 俺が都合よく見とる夢やないのか。

 そう思って、確かめるようにぎゅうっと頬を抓ってみたら、案の定めちゃくちゃ痛くて夢じゃないことを実感した。

「………ほんまに?」
「ほんまです」
「ほんまの、ほんまに…?」
「ほんまです。……何回言わせるんすか」
「え、え…?それじゃ………」

「両想いっすね、忍足先輩」

 信じられない、という気持ちで財前の方を見た俺の心臓は、初めて見た財前のとろけるような甘い笑顔のおかげで見事に粉々になった。
 だって、やばい。財前かっこええ。
 あかん俺、死ぬかもしれへん。財前のせいで。
 今まで財前に恋をしてるってことに気づいてなかった分、余計にたちが悪いわ、これ。

「忍足先輩?」
「なななななんやっ…!!」
「なんですか、その驚きようは」
「だって、俺、さっき財前が好きって気づいたんやで…!?展開早すぎて思考が追いつかへんっちゅー話や…!」
「忍足先輩はさっきかもしれませんけど、俺は前から自覚あったんです。そんなんじゃこれからさらに先ついてこれませんよ?」
「ひいいい…!勘弁してや…!!」

 頭を抱えた状態でしゃがみこみ、そんなん無理やーー!と嘆いていると、ふっと顔に影が差した。
 なにかと思って顔をあげると間近に財前の顔があって、思わず「ひっ…!」という情けない声が出る。

 なんや、なんなんやさっきから…!財前はSか、ドSなんか…!?
 少しの反抗心を込めて財前を睨んでみるものの、返ってきたのはなんとも人の悪い、というか何かを企むような笑みで。思わず身構えてしまう。
 いやな予感しかせえへん。

 ……まあ、こういうときほど人間の勘というのは当たるもんなんやけど。

「覚悟しといてください。俺、隙あらば甘やかすんで」

 軽いリップ音と共に耳に聞こえてきたのはなんとも甘い死刑宣告の言葉。

 俺は、とんでもない恋をしたみたいや。




ほもはファンタジーです

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