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君の一番 A
その日、部活が終わったあとの部室には気がついたら俺と謙也しかいなくなっていた。
いつも財前と一緒に帰っているのにその財前がいないので、珍しいなぁと思って聞いてみたら、どうやら今日は用事があって一緒に帰れないと言われたらしい。他の部員はもうすでに帰ってしまっていて、本当に2人きりだ。
そこで俺は、思いきって謙也に聞いてみることにした。
「なぁ、謙也…」
「んー?なんや白石」
「自分、財前と付き合うとるん?」
「へっ…!?」
単刀直入に聞いてみたら謙也は変な声をあげて固まってしまった。しかもその顔は真っ赤で。
俺はその顔を見て、底無しの真っ暗闇に突き落とされたような錯覚を覚える。
ああ、もたもたしているうちに謙也は俺から離れていってたんや。今は財前が隣にいるんや。俺は、親友以上にはなれなかった。
「えっいや、そのっ……な、なんでわかったん…」
「……はは、自分ら、わかりやすすぎや。バレバレやったで」
「ゔ…嘘やん…」
「レギュラー陣には確実にバレとるな。明日からからかわれるで〜?」
「うわあああ…最悪や…!小春に質問責めされること間違いなしやん…!」
「はは、頑張りや〜俺は見守っとるで」
「いや、そこは助けたるぐらい言えや!親友やろ!」
親友。
そうや。俺と、謙也は、親友や。唯一無二の、大事な。
………大事な。
「………せや、な」
「?…白石?」
煮え切らない俺の態度に謙也が心配するように首を傾げる。そのことにハッとして、俺は無理に笑顔を作った。
「……さて!俺はこれから部誌書かなあかんから、謙也ははよ帰り」
「え、せっかくやから一緒に帰ろうや」
「お前がいると喧しくて作業が進まないねん。ほら、早よう!」
「わっ、ちょ、わかった!わかったから!押すなや白石!」
もう帰る準備ができている謙也の背中をぐいぐいと押して部室の外まで出た。5月もまだ始まったばかりで、あたりはまだ明るい緋色で染まっている。まだ帰るのには少し早いと感じるくらいだ。
いつにも増して強引な俺の行動に、なんだか謙也は納得できてないような顔だった。
「…よし、ほなまた明日な」
「おう、また明日!」
「あんまり夜更かしするんやないで!」
「お前は俺のオカンか!!」
軽口を叩きながら、笑顔で謙也に手を振る。
ぎゃあぎゃあ言いながら、笑い合う。これが、謙也と俺のいつも通りの距離。
そう、これでええんや。
歩いていく謙也の背中を見ながらそう自分に言い聞かせる。
そのままぼーっと佇んでいると、視線の先である程度離れたところまで歩いていた謙也が、突然ピタリと止まった。
どうしたんだろうか。まさか忘れ物をしたとか?
多いにあり得るその可能性が頭に思い浮かんで、俺は謙也に声をかけようとした。
「けん…」
「白石」
「…なんや、謙也」
いつもとは違う、真剣な声色の謙也の言葉に耳を傾ける。
本当は聞きたくない。でも、ここで逃げたらあかんと、直感的に思った。
「俺……俺な、お前がいたおかげで、助かったなぁとか思ったこと、仰山ある」
「……うん」
「数えきれんくらい、お前の言葉に救われた。…ホンマに、感謝しとる」
「……うん」
「…なぁ、白石」
謙也の真っ直ぐな瞳が、俺を見つめる。
「…俺、お前と友達になれてよかった」
お前は、俺の一番の、親友や。
少し照れくさそうに謙也は言う。ああ、返事を、しなければ。
「……謙也、ありがとうな。俺もや、お前と友達になれて、よかった」
「……ん。おおきに、白石」
そこで会話がぷつりと途切れる。気がつけば謙也はだいぶ先のほうを歩いていて。俺は謙也が見えなくなるまでその背中を見送った。
謙也がいなくなったのを確認してから、俺はよろよろと部室に入った。
そしてそのままドアに寄りかかりながらズルズルと座り込む。
「はー…」
うまく、返事を返せていただろうか。うまく、笑えてただろうか。
いつも通りの、白石蔵ノ介として。
「…っ…、」
謙也。
想いを伝えることすらできなかったけど、ホンマに好きやった。まだ子供な俺なりに、本気で、お前のことを想っとった。
少しアホなところも、よく転けるドジなところも、お人好しなところも、走る姿も、俺のことを呼ぶ声も、太陽みたいなその笑顔も。
全部全部、好きやった。
お前の、一番にはなれへんかったけど、それでも俺は。
「ひっ…ぅ、けんや…」
今だけは、泣くことを許して。
明日からはまた親友の白石蔵ノ介として、お前に笑いかけるから。
どうか、今だけは。
その日、俺は自分の涙が枯れるまでひたすら謙也を想って泣き続けた。
当サイトではイレギュラーな立ち位置の白石。このあとちとくらになる。正直あて馬ポジションなので二度と書かない。
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