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  君の一番 @


 謙也が一番に呼ぶのが俺じゃなくなったのは、一体いつからだっただろう。



「あっ、光や!おーい!光ー!」

 あいつらは最初、ただの先輩と後輩ってだけだった。
 人に愛想というものを振り撒けない、毒舌で同級生や先輩から謙遜されていた財前のことを、人懐こくて誰からも好かれるお人好しな謙也が構い始めたのがきっかけやった。
 仲間はずれとかそういうんが嫌いな謙也が一匹狼状態の財前のことを放っておけないのは目に見えていたから、俺は何も言わずに見守っていた。せっかく財前はテニスが上手いんだし、こんなくだらない人間関係が理由で部をやめてほしくなかったから。

 でもこれは部長としての意見。ホンマは、財前にばっか構う謙也がおもしろくなかった。

 俺と謙也は親友。謙也もそう思ってくれてるだろう。でも俺は、謙也に親友以上の気持ちを抱いていたから。だから、おもしろくなかった。

 でも2年にして部長になった俺はテニス部を強くすることに必死で。そんな私情を持ち込んで、いずれ主戦力になるであろう財前を逃すのが惜しくて。嫉妬がぐるぐると渦巻いている自分の気持ちを無視して、謙也に「財前のこと、頼むで」なんて言ってしまった。

 あの時、俺が自分の気持ちに素直になっていれば、謙也の隣にいるのは財前ではなく俺になっていたのだろうか。
 財前の姿を見つけて嬉しそうに駆け寄る謙也の背中を見つめながら、そんなことをぼんやりと思う。今さら、どうしようもないことなんやけどな。

 視線の先では財前に追い付いた謙也が何かを言って、それに対して財前が謙也に優しく微笑んでいる。1年前じゃ想像もつかないような表情だ。入部したての頃は、あんなに無表情な奴だったのに。




 最初は妙に構ってくる謙也のことを本気で嫌がっていた財前も、夏の大会が終わる頃には謙也にすっかり懐いていた。
 いつの間にか、2人で一緒に帰っている姿をよく見かけるようになった。土日も、「たまには遊ばへん?」って誘ったら「堪忍な白石!財前と約束してしもうて……また今度でええ?」なんて言われてしまう始末。テニスももちろん相性ばっちりで、ついには謙也と財前でダブルスを組むことになってしまった。これに関しては、部長としては喜ばしいことなんやけどな。

 ここまできて、俺は今さらながらやばいな、と思い始めた。1年のときからこつこつと築き上げてやっと手に入れた謙也の一番近く──親友というポジションを、出会ったばかりの後輩にかっさらわれていく感覚に、軽く恐怖を覚える。

 どうしたら謙也は、俺を見てくれるだろうか。一番に、俺を。

 そんな風にぐるぐると思い悩んどった俺は知らなかったんや。もうすでに、謙也の一番近くは財前になってしまったということを。




 最初に感じたのは、僅かな違和感やった。

「光!今日のダブルス練習のメニューなんやけど…」
「ああ、はい。どうします?」

 何気ない、いつも通りの2人の会話。でも俺は、そこになにか引っ掛かるものを感じた。でも結局その違和感の正体がわからず、気のせいか、なんて思ってその時はスルーしたのだ。

 そして、その違和感の正体がわかるのはその日の放課後のこと。謙也が部活中に怪我をしてしまった時のことだった。

「ったぁ…!」
「大丈夫か、けん…」
「謙也さん、大丈夫ですか?」

 盛大に転けて、膝やら顔やらを思いっきり擦りむいた謙也に、財前が必死な顔で駆け寄る。他の部員は「また盛大にやったなぁ、謙也は」なんて言いながら軽い調子で「大丈夫か」って言うてるのに、財前だけは違った。今までなら、「ダサいっすわ、謙也さん」ぐらい言いそうな財前が、無表情な顔に心配の色を滲ませて謙也の傷の具合を見とる。
 俺もレギュラー陣も、そんな財前の様子に思わず首を傾げてしまった。

「大丈夫やって、光。そんなに心配せんでも…」
「うるさい。大体あんたは注意力がなさすぎや。もっと気いつけてもらわんと。心配するこっちの身にもなって」
「……ごめんって」

 明らかに今までとは違う2人のやりとりにレギュラー陣は唖然とする。あんなにいつも些細なことで言い合いをしていた2人が何故。誰もが言葉を失って2人の様子を眺めていた。
 と、そこで小春が何かに気づいたように「アラ?」と声をあげる。

「どないしたんや、小春」
「さっきからなんや違和感感じるなぁ思うてたんやけど…謙也クン、いつのまに光のこと名前呼びになったん?」

 そこで俺はハッとした。朝感じた違和感の正体は、これだ。
 確かに、今まで「財前」と呼んでいた謙也が財前を「光」と名前で呼んだ。そして先ほどの2人のやりとり。俺は、嫌でもわかってしまった。それが、何をさしているのかを。



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