I wish… 今日はリョーマくんの誕生日。 今は冬休みだけど、勿論ウチのテニス部の練習は年末ギリギリまである。 勿論、夕方までみっちりと。 私のロッカーの中には悩みに悩んで用意したリョーマくんへのプレゼントが入った紙袋。 朝、玄関のとこで何度も何も忘れてないかと紙袋の中身をチェックした。今日渡さないと意味ないから。 本当は朝、一緒に行く時に渡そうと思ってたのに、駅に着く頃にリョーマくんから届いたメールがコレ。 Sub:無題 ゴメン、今起きた。 先行ってて。 いつもながら愛想のカケラもないメール。 馴れてるからいいけど、朝遅れるのも馴れてますけどね。 でも!なんでこんな日に寝坊とかしちゃうの! まさか自分の誕生日忘れてるとか。 それとも私に何も期待してないのかな。 私はちゃんと覚えてるよ、リョーマくんの誕生日。 誕生日聞いたのは乾先輩に、だけど。 あ、だからか………。 私のばか。 そんなことを考えながら部室で一人、練習後にでも飲める温かいドリンクを用意したり、備品のチェックをしたりしてたらようやく遅刻魔が現れた。 「チィーッス」 「おそよう、リョーマくん」 「静先輩一人?」 「もうみんなコートに行っちゃったよ」 「ふーん。あ、朝ゴメン、待ってた?」 「絶妙なタイミングで駅着く時にメール来たから大丈夫だよ」 「よかった」 そういう可愛い顔で言われるともう何も言えないんですけど。やっぱり美形は得だ。 リョーマくんはまだ眠いのか欠伸をしながら学ランのボタンを外していく。 「…って普通に着替え始めないでよ!?私外出るから」 「下に着て来てるから大丈夫っスよ」 「………そういう問題?」 私が小さく反論すると、「外、寒いし、何もせず待つのツライじゃん」というのが彼の言い分らしい。 リョーマくん、キミの思いやりはたまにとてもにわかりにくいです。いつかちゃんとわかる日がくるのかな。 かと言ってじっと着替えてる姿見るのもなんなので、リョーマくんと反対方向を向いて何気なく長椅子の下に視線をやると、ふと目についた四角い物体の影。 「何だろ…?」 しゃがんでそれを取り出すとビデオテープだった。だいぶホコリ被ってるけどケースに入ってるし、綺麗に拭いてやればちゃんと見れそう。 まさか変なビデオをじゃないよ、ね。そんな不安も少し頭をよぎったけど、誰かの忘れ物なら返してあげたいし、とにかくホコリを取り除こうと掃除ロッカーから1番綺麗そうな雑巾を取り出してホコリ塗れのそのビデオを綺麗に拭いた。 ビデオケースには、乾先輩の字らしき字でこう書かれていた。 「別冊後輩ビデオ越前その2………?」 「げっ…まだそんなモンあったの」 私の言葉に丁度支度し終えたリョーマくんは何故か嫌な反応を示した。後輩ビデオ、ね。 乾先輩=データ魔 ってことは……… 「コレ、もしかしてリョーマくんの試合が映ってるのかな!見たーい!その2ってことはかなり昔のかな」 私の知らないリョーマくんの姿。と言ってもせいぜい出会う半年くらい前だろうけど。でもやっぱり見たい。 早速見ようと部室のビデオデッキの電源のスイッチを入れ、ビデオを入れようとするとリョーマくんが物凄いスピードでこちらへ来て私の手を掴んでそれを阻んだ。 「ちょっと!」 「なあに?」 「返して」 「これリョーマくんのじゃないでしょ」 「いいから!」 「イヤです」 「そんなモン見たって面白いことなんて何もないっスよ」 「そんなの見てみないとわからないじゃない」 「いいから返せ」 「リョーマくんは早く練習行きなさい」 私はさっとビデオを頭上より高い位置まで持ち上げた。最近、だいぶ追い付かれたけどまだ私の方が背高いんだから。 「にゃろう」 リョーマくんは爪先立ちでビデオを私から奪おうとする。 ……そんな、後から考えたらなんとも子供っぽい攻防を二人で続けてたら、長椅子に躓いて身体が傾いた。 「あ」と思った時にはもう遅くて、その私を助けようとしたリョーマくんも結局一緒に長椅子の上に倒れ込んでしまった。 「痛っ……」 「ゴメン!!静先輩だいじょう、ぶ……」 「ん…なんとかリョーマくんこ、そ」 二人とも思わず思考が止まってしまい暫く動けなかったんだと思う。 だってこの体勢はまるで……。 私がリョーマくんに押し倒されてるみたいだ…。 ちょうどその時、ガチャっと部室のドアが開き、間が悪く現れたのは桃城くん。 やっとまともに頭の中が動き始めた。この状況を他人に見られたのはかなりマズイ。桃城くんは悪戯に他人言い触らしたりするような人じやない、と信じたい。 恥ずかしくて体中が熱くなる。 「お前ら何してんだ…」 明らかに色々疑ってる目で私たちを見てる。 「違うの!事故なの!ね、リョーマくん」 「静先輩がはしゃいでこけるから…」 「はしゃいだって何よ!」 「そうじゃないっスか!」 「だいたいリョーマくんが大人しくビデオ見せてくれなかったから」 「だからそれはイヤっつてるじゃん」 そのままの体勢で色気も何もなくギャーギャー喧嘩し始めた私たちを見た桃城くんはおかげで変な誤解はしなかったのか、ただ溜息をついて呆れたようにこう言った。 「仲いいのはいいけど、節度は慎めよ。あと越前はグランド30周だからな」 「なっ…」 「あったりまえだろ、お前随分遅刻してんだぜ」 桃城くんは時計を指してそう言うとまたコートへと戻って行った。多分、リョーマくんを探しに来たんだろう。 「ちぇ…、ほら」 リョーマくんはムスッとした顔をしつつも私に手を貸して起こしてくれた。 「あ、ありがと」 でもそのまま黙って部室を出て行ってしまった。 背中に不機嫌オーラ漂ってる。 うーん。これ見たかったけどなんか嫌がってたし、恥ずかしい思いさせちゃったし…。いや私もかなり恥ずかしかったけど。 おまけに走らされる羽目になっちゃったみたいだし。 これはこのまま乾先輩に今度会った時にでも返そう。 なんであんなに嫌がるんだろ。ただのテニスの試合のテープだよね、コレ。 「あ!今日リョーマくんの誕生日」 うっかり大事な事を忘れてた。 せっかくの誕生日によりによって怒らせてどうすんのよ、私。 あと一瞬でも誕生日の事忘れててゴメンね。 後でちゃんとさっきの事謝ろう。 帰り道、リョーマくんがそんなに喋らないことはいつものことで、別にそんなの気にならない。でも今日は空気が心なしか重い。 朝の事、まだ怒ってるんだ。私さっきも謝ったのに。大体私だけが、悪い、かな。 「まだ怒ってる?」 「別に」 「ほら怒ってる…ゴメンってば」 「別に怒ってない」 冷たい返事。 いい加減機嫌直してくれてもいいと思うんだよね。 何よ、リョーマくんやっぱり子供じゃない。 「いいよ、せっかく今日誰かさんの誕生日だからプレゼント用意してたけど、自分のにしちゃうから」 本当はこんな可愛くない言い方したくなかったけど、このままじゃそのうち駅に着いちゃう。 プレゼントはやっぱり今日中にちゃんと渡したい。 「あっそ、俺も誰かさんにクリスマスプレゼント用意してたけど…」 「嘘!!もしかして私に?」 リョーマくんがプレゼント用意してくれてるなんて予想もしてなかったから嬉しくて思わずリョーマくんの言葉を遮って声をあげた。 「他に誰がいるわけ?」 呆れた顔でそう言われる。 私の頬がみるみる緩んでいくのがわかる。 リョーマくんが私の為にプレゼントを? 一体どんな顔して用意したんだろう。 「嬉しい…」 「はぁ、俺の負け、ハイ」 そう小さく笑った後、相変わらずの素っ気ない態度で手渡されたのは小さな包み。中身、なんだろう。 もしかしてアクセサリー、とかかな。 「ありがとう、すごく嬉しい。今日は色々ゴメンね。せっかくの誕生日なのに…誕生日おめでとう。あとこれ横とかに傾けないように持って帰ってね」 と用意してきた紙の手提げ袋ごと渡した。 中には甘さ控えめで作ったケーキとこないだ一緒に買い物行った時に欲しいって言ってたリストバンド。 今日までつけたとこ見たことないからきっとまだ買ってないはず。 お店の人に少し無理言って取り置きしてもらってて昨日買いに行ったんだよね。 「別に、俺も悪かったし。それに誕生日覚えてくれてるとは思わなかったから…正直びっくりした。てか俺言ったっけ?」 「言わないよ。私、乾先輩に聞いたんだもん」 「なんで俺に聞いてくんないの」 ムッとした表情。 意外に彼がヤキモチ妬きなのはこの何ヶ月かで学習した。今日はもうこれ以上機嫌を損ねたくない。 んーと… 「んーなかなかタイミングが、ね。でもおかげでちょっとサプライズっぽかったでしょ?」 これで上手くごまかせたかな。 「なんか納得いかないけど、まぁいいや」 少し不服そうだけど、なんとか納得してくれてよかった。それにしても… 「クリスマスと誕生日一緒だと何かと不便だね。私クリスマスのことすっかり忘れてた。プレゼント二つ用意すればよかった…」 「忘れるの普通逆でしょ」 「キリストの誕生日より、リョーマくんの誕生日の方が私にとっては意味があるもん」 「ふーん、じゃいいよ、クリスマスプレゼントはこれで」 先程、横に傾けないでと言った紙袋を地面にそっと置いたかと思えば、私の両肩に手をかけて少しだけ背伸びをして、段々と近づいてくるリョーマくんの顔。 まさかキスされるの?イヤじゃないけど、今? 思わずギュッと目を閉じてから数秒後。 感じたのは、頬に触れる柔らかい感触。 そして耳元で響く少し低くめの優しい声。 「サンキュ、口はまたいつか、ね」 何がなんだか分からなくて、悪戯っ子のように笑う彼をただ呆然と見るしかなくて。「こんなところで何するのよ」とやっと言葉に出来た時はリョーマくんはもう随分先を歩いてた。 本当はもっとロマンチックに誕生日祝いたかったんだけどな。まぁ私たちらしいと言えばらしいかな。 頬を撫でる冷たい感触に空を見上げると、ひらひらと舞い降りる雪。 すっかり暗くなってしまった空によく映えてとても… 「綺麗…」 「静先輩!早く行こ。風邪引くよ」 「あ、うん」 「ホワイトクリスマスだね」 「女って好きだよね、そーいうの」 「勿論好きだよ」 私、リョーマくんの好きなものとかこれから沢山見つけていくから、リョーマくんも少しでもいい、私の好きなもの知ってね。 好きなものだけじゃなく、他にも色々。 「冷たい…手袋してくるんだった」と手を合わせて呟けば、手を取られ、ぎゅっと繋がれた手はとても温かくて。口数少ない彼の優しさをまた一つ知った。 来年も、再来年もその次も、ロマンチックじゃなくてもいい、ただずっとずっと仲良く一緒にいられますように、例え喧嘩しながらでも、と静かに願った。 fin Happy birthday Ryoma!! 2006/12/24 |