ゆるやかな昼下がり




いつからだったけ?こんな風に話すようになったの。




「暑っ…」

 リョーマは食堂の自販機の近くでファンタを飲んでいた。喉にシュワシュワっと広がるグレープの味が心地良い。
もう9月も近いというのにうだるようなこの暑さの中ので作業するのは正直少し怠い。
しかし最近のリョーマは文句一つ言う事もなく作業に打ち込んでいた。それはテニス部でもない静がテニス部の為に人一倍頑張っているから。彼女の頑張る姿はテニス部の面々に自分たちがやらなければという気にさせるぐらいの力があった。例外なくリョーマも彼女に影響された一人だった。

「あっ…先輩」

 リョーマから少し離れた所にちょうど静はいた。静はいつも忙わしなく資料を見ながら歩いてる事が多く、リョーマは今までも静が何度か人にぶつかって転んでいる所を見ている。

またなんか見ながら歩いてる…転んだりしなきゃいいけど……。とそんなリョーマの心配も虚しく静は人とぶつかって転んでしまった。
静はぶつかってしまった相手に何度も頭を下げて謝っているようだった。
彼女はしっかりしているように見えるけど、時々抜けているからなんだかほっとけない。


「越前、何見てんだ?」
「あ、桃先輩。ウィッス」

 桃城もジュースを買いに来たらしく、小銭を手で遊ばせていた。リョーマの視線の先を辿ると静の姿があったのでへぇ〜とニヤリと笑った。

「広瀬かぁ〜。お前、態度態度出まくりだもんな」
「そんなんじゃないっスよ」

 リョーマは平然と否定の言葉を口にしたが、桃城から見ても、リョーマの静に対しての態度は他の女子たちとは違っていた。
普段、無愛想な後輩が彼女にだけは笑顔を見せたりするのだから。気付いてないのは静本人ぐらいだろう。
桃城はリョーマと静交互に視線を運ぶと、悪戯心が擽られ、ニッと口の端を上げ笑うと静に手を振りながら大きな声を発した。

「おーい、広瀬!!越前が呼んでるぜ」
「……なっ、ちょ…桃先輩……」

 ファンタを飲んでいたリョーマは思わず吹き出しそうになり、咳込んだ。
珍しく慌てるリョーマの姿が面白くて桃城は調子に乗って静を呼ぶ。「俺、用なんかないっスよ!!」と抗議の声をあげるリョーマを「いいから、いいから」などと抑えてキョロキョロと辺りを見回している静に「こっち、こっち」と手招きして静を呼んだ。
リョーマと桃城の居場所を見つけた静はにっこり笑って手を振ると小走りにこちらへとやってくる。

「じゃ俺行くわ。まっ、頑張れよ」

 桃城はリョーマの肩をポンと叩いて、さっさと自販機に小銭を入れ、ジュースを買うと、ひらひらと手を振り、慌てるリョーマを置いて行ってしまった。

「ちょっと……ったく。頑張れって何を……」

 リョーマが悩む暇もなく、静はほんの少しだけ息を弾ませてやって来た。

「リョーマくん、どうしたの?」

 そんなに急いで来なくても…と思うリョーマの心中を静は知る由もなく、リョーマに笑顔を見せる。

「えっ……いや、なんかやる事ないかと思って」

 咄嗟に出た苦しい言い訳にリョーマは自分に苦笑する。

「リョーマくん、今休憩でしょ。まだ休んでていいよ」
「することないからジュース飲んでただけ」
「うーん、急ぎの仕事はないし…じゃテニスの練習でもして来たら?身体鈍っちゃうよ」

 静はテニスコートの方を指差した。リョーマが学園祭の準備より、テニスをやりたがっていると思い言った事だが、その提案は軽く却下された。

「心配しなくてもしてるっスよ。先輩は今から何するの?」
「私?倉庫の整理しようかなと思ってたとこ」

 静が昼前に倉庫へ物を取りに行った時、倉庫の中は何が何処にあるかわからないくらいに散らかっていた。その時に必要な物はなんとか見つかったが、あの状態では急いでいる時に時間がかかって仕方ないので、手が空いたら片付けようと思っていたのだ。

「じゃ早く行こう。二人でやれば早いっスよ」

 リョーマは残りのファンタをゴクゴクと飲み干し、空になった缶を、ゴミ箱に捨てると、静の返事を待たずに倉庫に向かって歩き出した。静も慌ててリョーマの後をついて行く。

「あ、ありがとう」
「別に……暇だったから。それに先輩一人じゃ心配だし」

 先輩…作業に夢中になって無茶な事やりかねないし。とリョーマは心の中で呟いた。
静が散らかった物に躓いたり、最悪、荷物の下敷きになったりするのがリョーマは容易に想像する事が出来た。
静は決して鈍臭いとかそういうわけではないのだが、夢中になると周りが見えなくなることが多い。そんな彼女をリョーマはやっぱり心配でほっとけない。

「…俺の目の届かないとこで怪我でもされたら困るんだよね」

 リョーマは少し俯いて小さくポツリと呟いた。

「ん、何か言った?」
「何も、それよりさ、帰り何か食べて帰りません?」

 リョーマと静は少し前に一緒に帰ったのをきっかけに、互いに約束をするわけでもなく一緒に帰るようになった。運営委員の静は必然的に帰る時刻が遅くなるので、リョーマが彼女の周りで手伝いながら待っているパターンが多い。
リョーマ自身は特に意識してやっているわけではなかったが、他の青学テニス部員から見ればそれは異様な光景だった。

「あー、いいね。アイス食べたいな」

 こんな暑い日はやっぱアイスだよね。静は頭の中で色んな種類のアイスを浮かべた。リョーマから誘ってくれたのもかなり嬉しい。出会った頃にはこんな事、想像もしていなかった。最初はどう接していいのかわからなかったぐらいだ。その彼とこうしてる事は、奇跡に近いように感じるが、ごく自然にこうなっていった。今ではもうどうやって打ち解けたかなんて静はうまく思い出せなかった。

「勿論、先輩の奢りっスかよね?」
「ちょっと!誘ったのリョーマくんじゃない?……はぁ、まぁいいや。じゃ今日は私の奢り」

 ニヤリと悪戯っぽく笑うリョーマに静は敵わなかった。倉庫の整理なんて面倒な事、手伝ってくれるんだし…たまにはいいかと思い、渋々ではあるがリョーマにご馳走することに決めた。

「ラッキー」

 ヘヘッとリョーマにしては珍しく年相応に笑ってみせた。その笑顔に静も釣られにこっと笑った。
リョーマはその笑顔にドキッとさせられ、それを悟られまいとぷいと顔を逸らした。
今日ばっかは桃先輩に感謝かな。今度奢った方がいいのかな…いいや、桃先輩が勝手にやったんだし。と静以外には、相変わらずかわいくない事を思いながら。倉庫へと足を進めた。




昼下がりはゆるやかに過ぎていった。
二人の距離も同じようにゆるやかに近づいていった夏の終わり。



fin



2006/05/12



お題配布元:自主的課題様














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