ピーターパン症候群 天気がいい。こんな日は、屋上で寝転がるに限る。なんて思い、鼻歌を歌いながら軽い足取りで階段を上がり、屋上へ行く。 屋上のドアを開けるとそこには誰もいなくて一瞬にして淋しい気持ちが胸の中に広がる。 別に天気がいいからとかそんなのはただの言い訳で。 此処に来た本当の理由は、ただなんとなーく淋しくて、ちょっと会えたらいいかな、なんて思っただけ。昼休みに彼がよく此処で静かに寝息をたてている事を私はよーく知っていたから。 私は小さく溜息をついて、太陽に照らされてちょうどよい温度に温まった地面に寝転んだ。 いいお天気。なのに私の気持ちはイマイチ晴れないのは何故か。 会えなかったから? いや違う。会いたくても会えない時があるのは今に始まった事じゃない。そしてこれからもきっと何度もある。その度に落ち込んでたらやっていけない。 でもなんか最近元気が出ない。 一緒にいてもこの気持ちは変わらないけど、どうせなら一緒にいるほうが心強い。そう思うから余計に会いたいと思った。 でも、一応私が年上なわけだし、おもいっきり頼っちゃうのも少し悔しいから言い訳を用意して来ただけ。 「何してんの?先輩」 ぼんやりと空を見ていた私の視界を遮って目の前に現れたのは、たった今私が会いたいと思っていたリョーマくんだった。 「あ…リョーマくん。いい天気だから此処で日光浴してるの」 とりあえず用意しておいた言い訳をしてみる。 「ふーん。暇なんだ」 リョーマくんはそう言うと私の隣に座った。手にはテニスボールを遊ばせている。本当テニス好きなんだなぁと今更な事をぼんやりと考えながら私は「ん……」と気のない返事をした。 「なんかあったの?」 「別に何も…」 「言いたくないなら聞かないけど」 「本当に何でもないってば…」 リョーマくんは最近、急に大人っぽくなったような気がする。声とか仕草とか…背も少しずつ…。 私はリョーマくんの顔を眺めながらそんな素っ頓狂な事を考えていた。 「ふーん。別にいいけど。ところでさ…先輩はいつになったら身長止まんの?」 「身長……?」 イキナリ何を言い出すのかと思えば…。リョーマくんは身長の事を凄く気にしてる。確かに平均的な中学生にしては少し小さいけど、まぁ普通だからそこまで気にする必要ないと思うんだけどな。ただリョーマくんの周りのテニス部員たちが以上に成長し過ぎなだけだと思う。 私の身長は現在158p。まだ地味にじわじわ伸び続けている。残念ながらまだもう暫くは止まりそうにはない。 「さぁ。でもそろそろ止まってくれないと困るな」 私は身体を起こした。そこには少し不機嫌そうなリョーマくんの顔。言いたいことはなんとなく想像はつく。 「ソレ……嫌味?」 やっぱり。そんな面白いくらい思った通りの反応してくれなくてもいいのに。 さて…どうやって答えようか。“いや…違います。ただこのままの勢いでいくと165pとか越えそうで普通に困るだけです。” とか正直に言ったらリョーマくん絶対怒るよね。間違いなく怒るよね。差し障りのない答え方を選ぼう。今はリョーマくんをからかう元気もない。 「リョーマくんはいちいち敏感に反応し過ぎ」 「ちぇっ…」 「……いいじゃん。そんなに急いで大きくならないでも…」 私は膝を抱え、身体を小さくして、未だ少し不機嫌そうな顔をしたリョーマくんを見上げた。 「やだ」 やだって…即答ですか。 その一言で理想通りに背が伸びれば誰も苦労しないよ。 「私…今の可愛いリョーマくん、嫌いじゃないんだけどな」 「先輩に可愛いって言われても嬉しくないんだけど」 可愛いという褒め言葉は彼にとっては褒め言葉にはならないらしく、冷たく返事を返された。褒めてるんだから素直に喜んでくれてもいいのに。 リョーマくんは男の子なんだから身長なんてきっと今からどんどん伸びるハズ。牛乳も乾先輩に言われた通りに一生懸命飲んでるみたいだし。 少しでも目を離すと……。 「なんか淋しいな…」 「えっ…」 「リョーマくんがそのうちどんどん大きくなって、私の知らない人みたいになるのは淋しい、かな」 「先輩ってバカだよね」 人がちょっとブルーな時に、いきなりバカ呼ばわりされて、流石の私もちょっとムッとしてしまう。 「何ですって!?」 「それとも、先輩はどっか行っちゃうの?」 「えっ!?私?私は…何処も行かないよ?」 どちらかと言えば可能性的にはリョーマくんの方が高いと思うんだけど。 テニス強いし。この先何処からかお呼びがかかって、何処か、私の手の届かない遠くに行ってしまうかもしれない。 あ……私の不安要素はコレか。 突然、答えが出た。 時間が経てば、経つ程、私たちは今のままじゃいられなくなる。 だから私は不安だったんだ。今、隣にいる人が遠くに行って知らない人になってしまわないか。 「俺も何処にも行かない。じゃ何も淋しくないじゃん」 「あっ…」 リョーマくんが言わんとすることがなんとなくわかった…気がする。多分……。 「まだまだだね」 「うっ……」 何も言い返せなかった。 あぁ、私はリョーマくんの言う通りまだまだ子供だね。 「先輩はニブイから、いちいち言わないとわからないからめんどくさい」 「めんどくさいって……」 「……でも飽きないけどね」 「もう……」 お世辞にも優しいとは言えない言葉を言って悪戯っぽく笑うリョーマくん。そんな顔されたら、私もう何も言えないんですけど。 “何処にも行かない”か……。 リョーマくんは、何も言わなくてもちゃんと傍にいてくれるのに。いようとしてくれるのに。 何処にいたって、どんなに知らない顔を見せたってリョーマくんはリョーマくん、なのにね。 それと同じように私も私。 それなら私は、リョーマくんが迷子にならないように、彼の手をしっかり握っていよう。 彼が許してくれる限り、ずっと…。 「そろそろ昼休み終わるよ。ほら、行くよ」 「うん」 差し延べられた手を私はしっかりと握った。 fin 2006/01/17 |