Hello,Summer vacation.



教室の後ろの掲示板に貼り出されている期末試験の時間割を見て思わず溜息が出た。
憂鬱だ。
何故この世に試験なんてあるの……。

週明けから期末試験が始まる。でも試験を乗り切れば夏休み。テニス部は毎日の練習の他に合宿があって、マネージャーの私は雑用にこき使われるのは必至だけど、他にも夏祭りや、花火大会、海、色々とイベントが私を待っている!!補習だけは免れなければ!!
英語以外はなんとかなる…。そう問題は英語だ。
先生のせいにしちゃいけないけど、私のクラスの担当の先生の授業はつまらない。ただ黒板に英文を並べて長々と説明するだけ。
その長々とした単調な説明が私の瞼を重くした。
そして段々ついていけなくなった。
そして今に至る。今学期の英語の授業は全くといって頭に入っていない。過去形とか未来形とかやったかな。そんなレベル。
………これはかなりマズイ。

私は取り敢えず英語の教科書とノートを手に、テニス部の部室を覗いてみる事にした。運よく大石先輩辺りを捕まえられないだろうか。大石先輩なら優しく、わかりやすく教えてくれるに違いない。


すぐに人生そんなに上手くいかない。そう思い知った。
部室にいたのは、ノート片手にミキサーに怪しげな物を投入している乾先輩だった。
今は試験週間。マジメな大石先輩の事だ、寄り道なんてせず、勉強する為に真っ直ぐ家に帰ったに違いない。仕方がない…今は人を選んでる場合じゃないよね。
私は藁にも縋る思いで乾先輩に頼む事にした。

「お疲れ様です。先輩、今ちょっといいですか?」
「あぁ、構わない」

眼鏡の向こうが見えないせいか、何を考えてるのかよくわからない。でも悪い人ではないのは確か…なハズ。そして今1番重要なポイント勉強が出来る事。これは満たしているに違いない。

「あの、英語がわからなくて……教えて下さいっ!」
「あぁ、そんな事か構わないよ」

助かった。こんにちは楽しい夏休み!私、一生懸命頑張るっ!!

「その代わりといってはなんだが、俺も一つ頼みがある」
「なんですか?」

もうなんでもやりますよ!仰せのままに…。

「たった今、完成したんだが、新乾特製野菜汁の試飲を頼みたい」
「スミマセン、私用事を思い出しましたっ!さようなら!」
「何故だ」

少し悲しげにそう呟く乾先輩を残して私は逃げるように部室を後にした。
あの野菜汁……赤かった。一体何を入れてるんだろう?あんなわけわからんもん飲んだら、楽しい夏休みの前に死んじゃうっつーの!死なないにしても身体は必ず壊す!
さようなら、楽しい夏休み。途方に暮れた私はフラフラと自分の教室を目指し廊下を歩いた。
帰ろう。もう自分でやるしかない。土日頑張れば…赤点は避けられるかな。
出来れば最初から自分でやってるけどな〜。

「ちえり先輩、何フラフラしてんスか?」
「あ、リョーマくん。今帰り?」

今から帰るらしく肩からテニスバックを下げていた。生意気な瞳は相変わらずだけど。顔はいつ見ても可愛い。私はひそかにこの生意気な後輩の事が好きだったりする。彼がテニスをする姿に一目惚れしてしまったのだ。付き合いたいとかそういう事は考えた事ない…というかきっとリョーマくんから見て私は頼りないマネージャーにしか見えてないと思うし…。
単に自信がないから…かな。

「そうっスよ。……英語?」

リョーマくんは私が手に持っていた教科書をすっと抜き取ると、無造作にペラペラとめくって言った。

「英語、さっぱりわかんなくて、教えてくれそうな人探してたんだけどね。今日に限って見つかんなくて……」
「英語なら、俺わかるっスよ」
「あっ、そっか。いいの!?」

そうだ。リョーマくんはアメリカ帰りで英語はペラペラ。英語で喋ってみてよ〜と頼んでも一回も話してくれたコトないけど、同じクラスの堀尾くんたちが言ってたから間違いないはず。

「先輩が赤点取って、合宿に来れなかったら俺らの仕事が増えるからね」

そういう事か…。
なんか可愛くない言い方だけど、この際そんな事はどうでもいい。心強い指導者に出会えた。そんな気がした。今まで重くのしかかっていた憂鬱なキモチが少しだけ軽くなった。
今度こそ…こんにちは、楽しい夏休み!!

みんなが帰って静まり返った私のクラスの教室に越前くんの容赦ない言葉が響く。

「わからないとこがわからないってのは重症だよね。授業中何やってたの?寝てたワケ?」
「うっ……スミマセン」

思わず小さくなる私。リョーマくんはそんな私の心中を知ってか知らずか、私の教科書をペラペラめくりながら内容を見ていた。途中、リョーマくんがポツリと「綺麗な教科書…」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。それは決して丁寧に使ってるっていう意味じゃなく、全然勉強してないって意味で言ってる事くらいわかる。でも敢えて何も言わなかった。今、リョーマくんに逆らうわけにはいかない。

「単語は自分で覚えられるよね」
「ハイ……」
「試験範囲は?」
「此処から此処までです」

もうどっちが先輩で後輩なのかわからない。

「じゃあさ、この問題から解いていけば」
「うん」

あぁ、やっぱやめとけばよかった。視線が痛いよ。
机を挟んだ向こう側でリョーマくんは、シャーペンがなかなか動かないというか動かせない私を呆れたように見ている。
大体、後輩に英語を教わるってのが情けない…。
そんな余計な事に神経がいって勉強の効率は下がるばかり。やっぱりさよなら、楽しい夏休み。こんにちは、補習の日々。
私はテニス部の合宿には一緒に行けそうにありません。私が補習に勤しんでる間、みんなで手分けして普段私がやってる雑用をすればいい。

「本当に何もわからないんだ」

あぁ、そんなに可哀相な人を見る目で私を見ないで。今に始まった事じゃないけど、馬鹿な先輩って思われてるんだろうな…。

「だから最初からそう言ってるじゃありませんか…」
「じゃ最初からやるよ」

リョーマくんは指で最初の問題を指して、説明を始めてくれた。
これは気を引き締めて説明を聞かなきゃ!!リョーマくんの事だ。あまりにも理解力が悪かったらきっと見捨てられる!そうなったら……。
私は頭を精一杯フル回転させて、彼の一言、一言を聞き逃さないように必死で耳を傾けた。

「そっかー。なんだ簡単じゃん!!」
「やれば出来るじゃん。普段から授業真面目に聞けば?」
「本当、ご迷惑かけました…。これからは気をつけます」

私の想像以上にリョーマくんは教え方が上手かった。
もううちのクラスの英語の先生と代わってもらいたいくらい。同じ話聞くにも顔が綺麗な方がいいし。ってのは余計か。

「今日は本当ありがとう!これで夏休み補習受けなくてすみそうだよ。合宿の時、バッチリサポートするから!」
「そう、よかった」

珍しく見せる柔らかい笑顔に胸がきゅうっと締め付けられそうになった。
きっと今、私の顔は赤く染まってるに違いない。

「あ…、お礼といってはなんだけど今度何か奢るよ」

気持ちを紛らわせようと慌てて新しい話題を振った。勿論、お礼したいと思ったのは心から。

「じゃあさ、花火大会行かない?一緒に」
「あーいいね!みんなも誘って行こうか。じゃその時に…」
「何でそうなるの?」

ものすごく不機嫌な顔のリョーマ君。私、何か間違えた?

「え?」
「ちえり先輩と二人がいいんだけど」
「二人、で……?」
「そう」
「それこそ…何でそうなるの?」

二人で、だなんてまるでデートみたいじゃない。

「鈍いね。ちえり先輩が好きだからに決まってるじゃん。何とも思ってない奴にわざわざこんな時間まで残って英語なんか教えないし」

は?何、何?私の聞き間違い?今好きって…。
あまりに平然とサラっと言うものだから私は何がなんだかわからなくて、頭の中、パニック状態。
でも今、確かに好きって…。
胸の鼓動が信じられないほど大きくなる。そばにいるリョーマくんに聞こえてしまうんじゃないかと思うほどに。

「返事聞かせてくんない?」

そんな私の気持ちお構いなしにリョーマくんは答えを求めてきた。
気持ちを落ち着かせようと小さく深呼吸をして、リョーマくんの目を見た。大きな瞳が微かに不安げに揺れていた。
さっきの言葉、私の聞き間違いじゃないよね。

「私でよければ、喜んでお供させていただきます」

リョーマくんは一瞬だけ眉をひそめて、すぐにいつもの生意気な笑顔で言った。

「それって全部、俺の都合のいいように解釈してもいいんだよね」
「うん……だって私……」

私が答えを全部言い終える前にリョーマくんに顎を引き寄せられ、唇を奪われた。
普段の彼からは想像出来ないくらい優しいキス。
私は、最後まで言葉に出来なかった答えの代わりにそっとリョーマくんの背中に腕を回した。
その背中は意外に大きくて。あったかくて。
なんだかほっとした。私が安心出来る場所に出会った。そんな気持ち。
リョーマくんも私と同じ気持ちだといいな。


こんにちは、楽しい夏休み。今年の夏休みは君が隣にいるから。
きっと忘れられない夏休みになる。



fin



2006/05/04













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