卒業式、それはちょっぴり寂しい。私の通ってる青学はエスカレーター式で、周りの友人たちも同じ高校に行くからこれでお別れではないんだけど。 通いなれた校舎、先生たちとの別れ。 そして何より大好きな人と離れててしまう。 それを思うと寂しい。 私は卒業式が終わった後も、なんとなく淋しくて、帰り難くて校舎裏の巨木の下に来ていた。 此処はリョーマがよくいた場所。 私もよくお昼休みや部活が休みの放課後にリョーマの昼寝の邪魔しに此処へ来て散々迷惑そうな顔されったけ。 でもなんだかんだ言ってリョーマは私の相手をしてくれて、色々話をした。 もうそんなことも出来なくなるんだ。 越前リョーマは私の一個下の後輩で、そして私の彼氏。 だから今日卒業するのは私だけ。私は来春から高等部へ。リョーマは最後の一年を此処で過ごす。 彼は青学テニス部のエースで、男の子にしては綺麗な顔立ちをしている。女の私から見ても妬けるくらいに。 そんな彼だから女の子のファンは多くて、親衛隊が出来てる始末。しかも年々増殖しそうな雰囲気だから頭が痛い。 今までは、いつも側にいた。 側にいて色々話をして、一緒に笑いあった。 近くにいない年上の女より、近くにいる同い年、または年下の女がよくなるかもしれない。 それは至極自然なことなのかもしれない。 でもそんなのイヤ。 イヤだよ。 私は、リョーマが好き。 他の男なんてみんな一緒に見えちゃうくらいリョーマしか見えてない。 でもリョーマは? 同じように思ってくれてる? 私から告白して、OKをもらった。 そもそも玉砕覚悟だった。ただ私の気持ちを知って欲しくて言っただけ。 でもリョーマはすぐに『いいよ。じゃよろしくね』って表情一つ変えずに返事をくれて……。 その時、リョーマの返事の意味もすぐにはよく飲みこめなくて不思議そうな顔をしてる私を見て、リョーマはクスクス小さく笑ってた。 私、リョーマに改めて好きとかそういう事一度も言われたことないし。 心の中に生まれた小さな不安は、みるみる大きくなって私を飲み込む。 時間の流れはなんて残酷。 私はまだリョーマと此処で学生生活過ごしたかったよ。 沢山の時間を共有してもっと解かり合いたかった。 来年になればまた一緒じゃないと人に言われるけれど、たった一年。 過ぎてしまえばあっという間なんだろうけど今の私には長く、遠い。 そんな長くて遠い時間を乗り越えることが出来ると思える程、私たちの絆は深くないと思う。 悲しいことだけれど。 「卒業、したくないな」 そうポツリと呟いた言葉は、もう既に多くの生徒たちが帰ってしまった学校に空しく響いた。 もう春が近くて、温かい陽気だけど、私の心は寒いまま。 どうして時間は冷酷に過ぎていくんだろう。 私はまだ中学生卒業出来る程、大人になんかなってないのに。 私の成長お構いなしに追い出すなんて酷い。 淋しい。もっと側にいたい。 ただ側にいたいだけなのに。 生まれるのが一年、たった一年違うだけで、離れなきゃいけないなんて…。 どうしようもないことだけど、どうしようも出来ないからこそ涙が出た。 「先輩、こんなとこにいたんだ。探したっスよ。携帯も出ないし…」 後ろから聞こえたリョーマの声。 そういえば、テニス部のみんなとこの後、食事に行こうって約束してたんだ。だから探しに来てくれたんだろう。 私自分の事ばかりですっかり忘れてた。 「ご、ごめっ…今行く」 慌ててゴシゴシと手で涙を拭いた。泣いてるところなんて見られたくなかった。卒業するから淋しいだなんて言ったら呆れるだろうなって思ったから。 「何泣いてんの?」 私の顔を見て、すぐ泣いてる事に気付いたんだろう。心配そうな表情で、顔を覗き込まれて言葉に詰まる。 「だって…」 だって…何て言おう? 言い訳なんて見つからない。 「ただ青学の高等部に上がるだけでしょ。みんな一緒じゃん」 さも当たり前のように言う。 やっぱり淋しいのは私だけなんだ。 再び、視界がぼやける。 喉が熱くなる。 でも泣きたくなくて、涙がこぼれないように必死にこらえる。 「……みんなじゃないよ!リョーマが……リョーマがいないもん…」 一番大切な人がいないよ。 他の人はいいの。 目の前のリョーマだけ側にいてくれたらそれでいい。 「ふーん、先輩俺がいないと淋しいんだ」 呆れる、というより少し意地悪な笑みを浮かべて私を見るリョーマ。 いっぱい、いっぱいなのはいつも私だけ。 「そりゃ…淋しい、よ」 淋しいに決まってる。 側にいないと不安で堪らなくなるよ。 今でさえ、本当に私の事好きで付き合ってくれてるのか見えない時もあるのに。 現に今がそうだ。 リョーマの気持ちがわからない。 どう思ってる? 私の事…。 好き? そんなの聞けない。 聞けないよ。 うっとおしいとか思われたらイヤだし。 リョーマは多分「好き?」とか聞かれるの嫌がるだろうし。 「離れちゃうと心の距離も離れちゃうかもしれないじゃない?」 こう聞くだけでも精一杯。 「何言ってんの?」 訝しげに私を見るリョーマ。 でも少しでも解かって欲しい。 私の気持ち。 「だって、側にいないとやっぱ不安だよ」 「こうやって側にいるじゃん」 頭をポンと撫でられる。その手はテニスプレイヤーらしくごつごつしてて、やっぱり男の子なんだと思わせる大きな手。 「違うよ、私、来月から違う校舎に通うんだよ!今よりもっと会えなくなるんだよ!私、そんなの……」 「先輩」 肩を掴まれた。 真剣な眼差し。 そしてまるで諭すかのような声に私は息を飲んだ。 今の私は卒業する先輩ではなく、駄々をこねる子供だ。 「先輩だけが………淋しいワケじゃない。それ、わかってる?」 「えっ……」 予想外の言葉。 それってリョーマも淋しいって思ってくれてるの? 「それに俺の方が大変なんだけど」 「どうして…?」 「高等部には不二先輩とか、英二先輩とか…部長、今はまだ部長じゃないんだっけ…」 「先輩たちがどうかしたの?」 どうして此処で先輩たちの名前が出てくるんだろう? 「鈍感」 そう言うと、リョーマは私の決して高くはない鼻をギュっとつまんだ。 「痛ったーーー!今、本気でやったでしょ」 「その鈍さが心配なんだよね」 諦めたかのように小さく溜息をついてから、でも…とリョーマは私と少し距離を置いてから、言葉を続けた。 「離れてダメになるくらいなら俺、最初から好きになんてならないから…」 照れてるのか最後の辺りは聞き取りにくいくらい小さな声だった。 そんな風に思っててくれたんだ。 初めて『好き』って言ってくれた。 私、バカだな。 リョーマはちゃんと私を信じてくれてたのに。 結局の所、私はリョーマを信じてなかったってわけだ。 自分で自分が恥ずかしくなった。 「大体、先輩自分が先に好きになって思ってるのかもしれないけど、それ違うから」 「嘘。だって…」 告白は私から。 そしてその時、リョーマの返事はそっけなかった。 だから私はずっと不安だった。 本当に私はリョーマのちゃんとした彼女なのか。 「俺はずっと前から…」 好きだったよ。 引き寄せられて、ぎゅっと抱きしめられて、耳元で囁かれた。 抱きしめたのは、私の顔を見て言えなかったから。微かに触れたリョーマの肌が、いつもよりほんの少し温かかったから、きっとそう。 素直じゃない、照れ屋な彼らしい本音の言い方。 でもいつになく真面目に言ってくれた言葉。 それが本当に嬉しくて、幸せで。また涙が溢れた。 もしかしたら、あの時態度がそっけなかったのは照れてたからかもしれないね。 「此処まで言わないとわかんないんだから、世話がやけるよね。」 子供をあやすように頭を撫でられる。それが本当に心地良い。こうしてもらうだけで、私の心はほっこり温かくなって安心しちゃうんだ。 「………ゴメン、なさい」 「まぁ、手が掛かる子程可愛いよね」 「か、かわ……」 いきなり何を言い出すの! 今日は卒業だから言葉のプレゼント攻撃?好きだとか可愛いとか普段なら聞けない言葉が次々と……。 「そ、それを言うなら出来の悪い子では…」 「同じようなもんじゃん」 「日本語は正しく使わないと、来年高等部に入れないよ!」 「先輩が入れたなら俺、余裕でしょ」 「〜〜〜ッ!」 自信満々な顔してくれちゃって。 でも反論できないし。 悔しい。 涙はいつの間にか止まっていた。 きっとこういうやりとりも彼の思惑通りなんだろう。 素っ気ないだけじゃない。 一見クールに見えるけど、優しいリョーマ。 「泣き止んだ?早くしてよね。みんなでご飯食べに行くんでしょ。みんな待ってるよ」 「……わかってるわよ」 そう言いながらも、まだ名残惜しそうに校舎を見上げる私の手を取ってリョーマは言った。 「中等部にはまた遊びに来ればいいよ。てかたまには差し入れしに来てよ」 「うん、そうだね……」 「俺、ファンタがいい。あとえびせんかな」 「はいはい」 例え会えなくても、何度でも会いにくるよ。 それに、此処は私がリョーマと出会えた場所だから。 リョーマと過ごしたのはたった2年間だけど、沢山の思い出が詰まってる。 初めて出会った時は、本当に生意気な子だと思った。でもそれだけじゃなくて。ただ表現するのが苦手なだけで、人一倍優しいんだってわかったから。 それで好きになった。 巨木の下で色々話をしたあの時間。 告白したあの日。 部活の帰り道。 決して忘れることの出来ない、かけがえのない思い出。 全てが大切な思い出。 そして、リョーマのテニスをする姿。 本当に楽しそうにテニスをするあの姿、目に焼き付いて離れない。 「先輩が嫌だって言っても、俺はこれからも側にいるから」 たまにしか見せてくれない優しい顔に、私も穏やかな表情になる。 「私も………側にいるね」 繋いだ手をぎゅっと握り返した。 私は離れないよ。 これからもまた二人で沢山の思い出を作っていこうね。 4月からお互いの通う校舎は違ってしまうけれど、私はさっきのリョーマの言葉を信じて、これからも側に居続けようと思う。 そしていつか、いつも私の前を歩き続けるリョーマに追いつけるように、私も大きくなるから。 リョーマの隣にいるのにふさわしい女性になるから。 「あ、先輩言い忘れてた」 「何?」 「卒業おめでとう」 「ありがとう」 リョーマの言葉が胸に響く。 それだけでこんなに心が穏やかになる。 それはまるで、春のうららかな陽気。 涙の卒業式 私に涙を流させるのも、それを拭い去るのも全てキミ。 後輩リョーマ企画夢 放課後ラブストーリー様提出作品 2008/01/01 |