サンシャイン

(真綾シリーズ / X2エル友情)
※名前変換なし、ED後ネタバレ注意
  夢主以外のオリキャラ有


「エルに振られた」

  親友であるルクスにそう切り出されたのは二日前のことだった。話したいことがある、なんて、私が深夜にアルバイトを終えるまで待っているから何事かと思えばこれだ。トリグラフの僅かな木々に施された柔らかい電灯の光がさらに彼の悲壮感を増幅させる。

「は?」
「だから、エルに告ったけどダメだったんだよ」
「なんで」
「そんなのオレが聞きたいって‥‥」
「あっはは、そりゃそうよね」

  私とルクス、そしてエルはもうかなり長い付き合いになる。昔のことはあまり覚えていないが、10歳そこらで学校で出会い、気がついた時には三人でいることが多くなっていた。私とルクスが親友なら、私とエルは大親友。唯一違ったのは、ルクスがエルを女の子として見ていたことぐらいだろうか。

「正直いけると思ってたんだけどな‥‥」
「仕方ないわよ、たぶんあんたがエルのタイプじゃなかっただけでしょ」
「そんなはっきり言わなくてもいいだろ、マリ!」

  終いにはその場にしゃがみこんで頭を抱えたルクスには苦笑せざるを得ない。ちょっと言いすぎたか、と隣にしゃがんで大きな背中を摩ってやれば、彼は声こそ出さないものの冷たいレンガ敷きの地面を小さく濡らした。
  口では軽く言ってみたものの、正直私としてもエルの返事は驚きに値するものだった。ルクスは確かに気の弱いところがあるが、それでも彼が底抜けに良い奴だということは私とエルが一番よく知っている。容姿だって悪くない。銀色の髪は陽を浴びるときらきら輝いて綺麗だし、真紅の瞳は幼さの残る彼に少しの色気を漂わせる。そんなルクスがエルのことをずっと好きだったのだ、いずれはエルも当然のように彼の想いに応えるものだと思っていたし、「あーあ、私だけ独り身確定か」なんて悪態をつきながらも二人を応援していたというのに。
  あまりお節介を焼きたくはないが、大事な親友二人のためだ。結末がどうであれ、私にも出来ることがあればしてやろう。



  そうして私はよく晴れた日の午後、エルを呼び出した。場所はマクスバードの小洒落た喫茶店。木目調で揃えられた壁やテーブル、深みのある珈琲の匂いは年頃の女の子が好きな雰囲気そのものだ。こんな店に堂々と入れるようになったのだから、私たちも随分と大人になってしまった。
  店内には私たちと同じように女同士で来ている客や人目も憚らずにいちゃつくカップルもいる。だが誰に聞き耳を立ててみても、皆の話題の中心は一つだった。

「‥‥すっごい盛り上がってるわね、ジュード・マティス」
「そりゃジュードが次のハオ賞取るの確実だって言われてるもん。凄いよなあ、ジュードは」
「私はエルとジュード・マティスが知り合いだってことのほうが凄いと思うけどね‥‥」

  今のは紛れもなく私の本心だったが、エルはただ「そうかな?」と首を傾げながらアイスティーに手を伸ばすだけだった。もっとも、彼女の知り合いで驚くべきは、若くして源霊匣を完成させた研究者のジュード・マティスだけではない。リーゼ・マクシアの王ガイアス、同じくリーゼ・マクシアの宰相ローエン・J・イルベルト等錚々たる顔ぶれも幼い頃からの知り合いだというのだから、たまにエルは何者なんだと言いたくなるのも仕方ないことだろう。
  ‥‥話が脱線した。女が集まるとすぐにこうなるからいけない。普段ならそれも構わないが、今日は世間話をしに来たわけではないのだ。おそらくエルも今日私が呼び出した目的には気づいているはずだし、ここは単刀直入に聞いておいた方がいい。


「なんでルクスの告白断ったの?」


  エルは表情を崩さない。ただストローでアイスティーをくるくると混ぜるだけ。

「別に大した理由はないよ。ただ好きじゃないだけ」

  あんなにも表情豊かなエルが、何の感情も見せない。それが逆に不自然だということに、彼女は気づいていないのだろうか。どちらにせよ、エルのその言葉は嘘ではないが、真実でもない。

「‥‥ねぇ、エル。私はさ、別にあんたたち二人が付き合わなきゃダメだなんて言わないわよ。エルがルクスのことを好きになれないならそれでいい。‥‥でも、それだけじゃないんでしょ?あんた、一体何を隠してるの」

  親友はお互いの全てを理解しなければならない、なんて傲慢なことは言わない。だから今までエルの抱えているであろう秘密にも触れなかった。どうしてジュード・マティスやガイアス王と知り合いなのかも聞かなかった。いつかエル自身が話してくれるまで待とうと、それが私にできることだと、そう思っていた。けれど、どうしたって、私はたぶんエルと違って、何処にでもいる普通の女だ。何処にでもいる女が、親友が辛いことをまた一人で隠そうとしているのを黙って見ていられると思うのか。残念ながら私はそんなに淑やかな女ではない。

  どれくらいの時間が経ったのかはわからない。1分かもしれないし、1時間かもしれない。わかるのは、エルのアイスティーはとっくに空になっていて、ただ氷がじわりと溶けるたびに小さく音を鳴らすことだけだった。

「‥‥ルクスってね」

  やがてゆっくりと語り出したエルの声色は、少しだけ幼かったように思う。

「ちょっとだけ、似てるんだ」
「似てるって‥‥誰に?」
「‥‥すごく、すごく、大切な人に」

  エルは懐かしむように目尻を下げて微笑む。『大切な人』そんな言葉を彼女から聞いたのは初めてだった。エルにそこまで言わせるとは、その人物は何者なんだろう。元彼?家族?初恋の相手?

「その人とエルの関係、聞いても‥‥いい?」


「あいぼー」


「へ?相棒?」
「うん、あいぼー」

  想像していた単語が耳に入ってくることはなく、まるで探偵ごっこをする子供のような響きに戸惑いを隠せなかった。けれどそんな私とは違ってエルはとても楽しそうで、幸せそうで、‥‥それだけで、その『あいぼー』さんが彼女にとってどんな存在だったかを思い知らされたような気がした。

「だからね、ちょっとだけ似てるから、ルクスの銀色の髪に紅い目を見るのが‥‥たまに、どうしようもなく辛いんだ」

  エルは今までルクスの隣にいて、何度『彼』を思い出したのだろう。何度思い出し、誰にも見せずに苦しみを抱えてきたのだろう。だから彼女はルクスから向けられる恋心を拒絶した。拒んでおきながら、突き放すことまではできなかった。そういうことだろう。

「マリもね、似てるんだよ」
「私?」
「うん。もう一人の、私の大好きなともだちに」
「へぇ〜。例えばどんなところが?」
「サバサバしてるのにちゃんと女の子なところとか、料理上手なところとか、あ、あとルクスを尻に敷いてるところとか?」
「何それ、ちょっと失礼じゃない?」

  楽しそうに、幸せそうに笑うエルにつられて私もいつも通り軽口を叩く。それでも気づかずにはいられなかった。彼女がその二人のことを話す時、ほんの少しだけ、悲しみの色が混ざることに。

「‥‥ごめんね、エル。無理に話させちゃったね」
「ううん、謝らないでよ、マリ。いつかマリにはちゃんと話さなきゃって思ってた」

  エルはそれ以上は何も言わなかった。言わなかったけれど、わかってしまう。そんなにも大切だった人たちが、今、エルの隣にいない理由。いれない理由。残酷な現実。

「ちょっと長居しすぎちゃった。場所変えて話そうよ」
「え?まあ、いいけど」

  エルの栗色の髪がふわりと揺れる。確かに私たちのドリンクは空どころか、氷も水へと変わりかけていた。先に席を立ち上がったエルに続いて私も店のドアへと向かう。後ろから見る彼女の背中は、どこか知らない人のようでもあった。





  喫茶店を出てマクスバードをぶらぶらと歩く。リーゼ・マクシアとエレンピオスを繋ぐ橋でもある此処は、いつだって沢山の人で賑わっていた。行き交う人々に混じり歩みを進めるその間もぽつりぽつりと会話はしたが、あまりよく覚えてはいない。私もエルも、違うことを考えているのは明白だった。それでもやはりエルは笑顔のままだ。その無邪気な輝きの裏に、一体何があるのだろう。‥‥なんて、元々の目的だったルクスを振った理由を聞いてしまった以上、私が突っ込んだ質問をできるはずもないのだけれど。

  足の赴くままに散歩し続け、辿り着いたのはマクスバード港の端だった。貨物船の積み込み場の近くなのか荷物が重なっており、中央通りとは違って周りに人も見えない。聴こえるのは波のたおやかな音と、二羽のカモメの声だけ。世界を見渡すように飛び交うカモメ達は、何故かどこまでも自由に見えた。
  エルは服が汚れるのも厭わずにその場にしゃがみこむ。長い栗色がふわりと風にそよいで、鼻を掠めるのは甘い女の子の香り。

「昔ね、此処で泣いたことがあったんだ」
「こんなところで?」
「そう。‥‥マリに似てたともだちがいなくなって、信じられなくて、それなのに周りの人たちは悲しんでないって勝手に思い込んで、一人で此処まで逃げてきて泣いたんだよ。‥‥もう、ほんっと、子供だよね!」
「‥‥辛かったんでしょ、だったら仕方ないわ」

  エルの肩が僅かに震えた。そんな彼女を見ていると、どうしていいのかわからなくなる。これ以上エルに閉じ込めていた想いの全てを話させていいのだろうか。それを聞いてもいいのだろうか。聞いたところで、何を言えばいいのだろうか。どれを選んだとしても、全てが正しくないような気がしてならないのだ。
  ‥‥それでも、今、エルは初めてエル・メル・クルスニクの物語を言葉にしようとしている。それなら、やはり私は彼女の想いを同じように心の全てで受け止めるしかない。

「でも、その時あいぼーが追いかけてきてくれて、泣いてる私を抱き締めて慰めてくれた」
「優しい人なのね」
「‥‥うん。今ならわかる。本当はあの人も悲しくて、泣きたかったのに、我慢してずっと私の背中を撫でてくれてさ。その優しさに、ずっと甘えてたんだ‥‥」

  徐々に小さくなっていく声。頑張れ、なんて私に言える筈もないけれど。


  優しい相棒。エルの大切な人。泣いてしまった時にそっと寄り添い抱き締めてくれる人。相棒なんて言うくらいだから、エルに似ているのかな。それとも、逆に正反対なのかな。息ぴったりだったんだろうな。その人と過ごす時間はきらきらしてたんだろうな。
  様々な『相棒』像を思い浮かべるたびに、小さく胸が痛む。私がどんなに想像したって、きっと本当のところなんてわからないのだ。私だって会ってみたかったけれど、それが叶わないことぐらい、知ってる。

「私ね、私の人生を後悔してるわけじゃない」
「うん」
「でも、」

  エルが腕で顔を覆う。三角座りで顔を伏せるその姿は泣いているようにも見えて、小さな少女そのものだった。

「‥‥やっぱり、たまに考えちゃうよ。あの時私を守ったりなんてしなければ、二人は今もここにいたのかなって。今も笑ってくれてたのかなって。‥‥馬鹿だってわかってる。わかってるけど、でも、どうしたって考えちゃうよ‥‥」


(‥‥ああ、そうか)

  少女の抱える深い悲しみを垣間見て、ようやく私は思い知る。ここまで聞いても、やはり私は彼女の全てを理解することはできない。今さら『彼ら』の物語に介入することもできない。


  ─────けれど。


「エル」
「‥‥なに?‥‥ぶふっ!」

  エルが僅かに顔を上げた隙をついて、片手で彼女の両頬をぎゅっとつまんでやった。少し幼さを残した顔が、面白いほどに歪む。

「はひふふほ!」
「私はその人たちを知らないし、同じようにエルを抱き締めたりはできないわよ」
「っ」
「でも、今あんたの隣にいるのは間違いなく私とルクスだわ。『私の人生を後悔してるわけじゃない』?当たり前でしょ、私とルクスがいる限りエルに後悔させたりなんてしない」
「マリ‥‥」

  頬をつまんでいた手を離し、そのまま手のひらを差し伸べる。決して大きいとは言えない女のそれを見て、エルは小さく息を飲んだ。私はその相棒でも友達でもないから、彼女を抱き締め慰めることはできない。この手はかつて彼女を導いてくれたものとも違う。それでも、私たちには私たちだけの新しい関係がある。それがこの同じ大きさの女の子同士の手のひらだと考えれば、少しだけ素敵じゃないだろうか。
  エルはゆっくりと私の手を取り、立ち上がる。お尻が汚れていないか気にする彼女は、もう少女の姿ではなかった。

「私、今日の話を聞いて、その二人に感謝してるのよ」
「感謝?」
「だって、二人があんたを守ってくれたから、私はあんたに出会えたってことでしょ?」
「‥‥そう、だね」
「別に二人を忘れろなんて言わないけどさ、でも、私たちは未来に生きてる。その未来に生きてる奴が誰よりも笑ってなくてどうすんの」

  全て気休めでしかないことぐらい知っている。私がこんなことを言ったって意味がないのもわかっている。それでもエルに笑っていてほしいこの気持ちは本物だ。そして、その相棒とおともだちも、きっとそう願っていると思うから。

  エルはしばらくの間、真上に広がる青空のある一点を見つめていた。そこには雲一つない、見渡す限りのスカイブルー。けれど、エルは『そこ』から目を離さなかった。彼女には何かが見えているのだろうか。
  名残惜しそうに、それでも強く、穏やかに、エルは遠く彼方を望むのをやめた。そうして次に私に見せた表情は、ありったけの笑顔。

「ね、マリ。やっぱりさっきの無しにしてもいい?」
「ん?」
「マリ、そこまであの人に似てなかった」
「当然よ。そんな簡単に自分に似てる人がいてたまるかって話」
「あはは、そう言うと思ったー」

  ようやくいつもの彼女に戻ってきたことがこんなにも嬉しい。たぶん、エルはもう大丈夫だ。これから先辛いことや苦しいことがあっても、彼女には輝く記憶がある。ジュード・マティス達がいる。私たちがいる。
  世界に愛されるために生まれてきたような女の子は、きっと新たな世界を創り出すのだ。そうやって、未来へと生きていく。


「ありがとう、マリ」


  二羽のカモメはもう何処にもいなかった。


「ありがとう、─────」






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