00.Prologue



種を蒔いた。近所で譲ってもらった使い古しのスコップを持って、二人でたくさん土を掘った。いつかその芽を出して花開く日を願って、ふかふかの茶色のベッドに種を寝かせる。

 その日が来るまでに、この種はどんな夢を見るのだろう。人々が生きている大地でその足音を子守唄のように聴きながら、力を蓄えて大きく空へと飛び出していく。
 いずれ来る、その生命力に満ちた姿と再会する時に、この世界はどんな色をしているだろうか。

「……いつか、会えるかな」
「ん?」
「あの人が言ってたことだよ」

 ポツリと呟けば、隣で顔に付いた土を腕で拭いている彼は少し呆れたように息を吐く。その仕草があまりにも普段と変わらなくて、二人の日々はこれからも続くのだと、不思議とそんなことを思った。

「さあな。でも本当に見たいものがあるんなら、這いつくばってでも探すんじゃねぇの」
「そんなものかな」
「少なくともお前にできるのは信じて待つことだけだと思うぜ」

 信じる。その言葉は口にするのは至極簡単で、でも実際はとても難しい。信じたところで、叶えられないことはたくさんある。失うものもたくさんある。
 それでもただひたすらに信じて待つことしかできないというのなら、せめてこの祈りを形にして残したいと思うのはおかしなことなのだろうか。

「そうだ、目印になる看板を立てよう!」
「目印、ったってそもそも目印にできるようなこと何もなくねぇか?」

 隣からは面倒くさそうな声が聞こえるがそんなものは無視だ。もうやると決めたのだから、誰にも文句は言わせない。
 とはいえ今の自分は立派な看板を作るための技術もお金も持ち合わせていなかった。どうしたものかと考える間もなく、庭の端に落ちている古びた木の板を手に取る。その表面を、普段から持っている小さなナイフでガリガリと削った。うん、決して綺麗ではないが文字は読めるし、我ながら上出来だ。即席の看板を種を植えた場所の隣に立てる。

「いや、それじゃ絶対伝わんねぇだろ」
「いいんだよ。わかる人にだけわかれば」

 これはきっと、秘密基地に入る暗号みたいなものだ。他の人間からすればなんてことない言葉も、その意味を知る人にとっては魔法のように特別なものになる。
 だから。だから、これを見つけてくれる日を願って、これからも水ととびっきりの愛情を注ぐ。太陽に見守られながら誓ったこの想いは、どれだけ時が経とうとも忘れることはないと、そう思っていた。



『いつか出逢う、花のようなキミへ』





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -