東雲


専務の藤里は愛人のように東雲をずっと傍に置いていた。
きっかけは藤里の一目惚れである。
しかもそれは東雲が入社をしたあとではなく、就職試験を受けに来た時に既に目を付けていたのだ。
藤里は人事の人間に東雲を性欲処理課へ誘うよう指示をして、なんとかスムーズに手出しが出来るよう根回しをした。

そうまでして東雲を手に入れた藤里だったが、唐突に別れの時が来た。
藤里は体調を崩すことが多くなり、仕事をするのも大変になったため、定年を迎える前に、退職することを選んだのだ。
その事実が社内に広まった時、性欲処理課の一部では、東雲がついに毒を盛ったのではと囁かれていたのだが、単に藤里の持病であった。
退職をする日、藤里は今日で最後となる専務室に東雲を呼んだ。
「しの、今までありがとう。私は君のことを、本当に大切に思っている。毎日君と触れ合っていたのに、明日からもう傍にいないと思うと辛いものがある…」
ソファに座る東雲は、静かに隣にいる藤里を見つめた。
藤里も熱く東雲を見つめ返す。
「しの。この仕事を辞めて、私と一緒に暮らさないか。妻には早くに先立たれていて独り身なのだ。私は寂しい男なんだ。一生傍にいておくれ。なぁ、しの。二人で幸せになろうじゃないか」
藤里は東雲の白い頬を撫でた。
自分たちはもはや、専務と処理課員としての関係は超えている。愛や絆で繋がれているのだと、藤里は自負していた。
病で退職する身に似合わぬ、自信に満ち溢れている表情の藤里の手に、東雲は自分の手をそっと上から重ねる。
「しの、」
受け入れてくれた、そう思った藤里の手を、東雲はそのまま自分の頬から剥がした。
そして真っ直ぐ藤里を見つめながら口を開く。
「すいませんが、お断りさせていただきます」
東雲の言葉を聞いても藤里は、突然の話に照れ、遠慮しているのだと、そう解釈した。
「遠慮することはない。君を食わせていける金くらいある。私の傍にいるだけでいいんだぞ」
「いえ専務、お金のことではないんです」
「だったらなんだ。仲間に遠慮しているのか?いいじゃないか、この間青樹も退職したろう。幸せになれるのなら辞めたって構わないんだよ。今までは私の相手しかしてこなかったから君はわかっていないんだ。どんなに嫌な男でも、どんなに汚い男でも、処理課にいたらその相手をしなければいけないんだぞ。君に出来るか?」
藤里の顔を、東雲は冷たく見つめた。
「出来ますよ。専務の相手をするくらいなら、その方がずっとマシです」
東雲が放った言葉に、藤里は耳を疑った。
何も言えないでいる藤里に、東雲は更に追い打ちを掛ける。
「どうして僕が毎日毎日あなたに媚びを売って腰を振っていたかわかりますか?仕事だからです。あなたの傍にずっといたのもあなたが僕を指名したからです。仕事だからここにいるんです。あなたと離れて寂しいとか早く会いたいとか、そう思ったことなんて一度もありません。とくにセックスが上手いわけでもなく顔が良いわけでも性格が良いわけでもない加齢臭がする傲慢でクズで自意識過剰な太ったおじさんと、どうして一生過ごさなくちゃいけないんですか?仕事でもないのに傍にいたり下の世話したり、そんなこと出来るわけないでしょう。名前も知らない他の社員にオナホール扱いされる方がよっぽど楽です。仕事で相手をしているだけなのに、僕を愛人とか恋人とか、そういう括りにしないでください。僕はあなたに愛情を抱いたことなんてありません。それに専務以外の社員の処理なんてあなたの知らないところでもう何度もしていますよ。あなたが席を立ったほんの短い時間に他の人の処理をしたことだってありますから」
東雲の心内に思っていたことを一気に明かされた藤里の顔は、急に老け込んだ。
信じたくない事実に、藤里は心臓を痛ませる。
「…あんなに、私と繋がることを、喜んでいたじゃないか…、可愛く、私をねだっていただろう、」
「僕の話聞いてました?仕事だからです」
「……………」
東雲はすっと腰を上げた。
藤里はそれに驚き、おそるおそる東雲を見上げる。悲しみと、そしてほんの少しの恐怖を抱きながら目を泳がせた。
東雲はそんな藤里を心ない目で見下ろす。
「もう良いですか?性欲処理以外は僕の仕事ではないので」
「……しの、………」
東雲を呼ぶ声はとても小さく、そして震えていた。
東雲の耳にはもちろん届くことはなく、東雲は静かに専務室の扉を開ける。
東雲の姿すら目で追えない藤里は静かに項垂れていた。
「…そうだ、」
しかし東雲が思い出したかのように足を止めたので、藤里はそれに気付いて顔を上げた。
これだけ冷たい言葉を浴びてもまだ、期待の色を覗かせる。
東雲はそんな間抜けな藤里に顔を向けた。
「これだけ言わせてください」
「……な、なんだ……」
「僕本当に好きな人のことは、抱きたい派なんです」
「…、」
「今までお疲れ様でした。さようなら」
最後に東雲は笑顔を向けてくれたが、藤里が今まで見た笑顔の中で、一番冷酷であった。


東雲は清々しい気分で社内を歩いていた。
入社以来毎日疎ましく思っていた男の顔はもう見なくて良い。社員の相手だって適当に出来る。
他の処理課員たちとも、今以上に話す時間がある。
なにより想いを寄せる久遠と過ごす時間も増えるのだと思うと、良い気分になった。
今自分は自由になったのだと、東雲は実感する。
「いやぁ、おつかれだったね。専務専属のお仕事」
気分良く歩いていた東雲は、後ろからかけられた声に止められる。
振り返った先に立っていたのは社長だった。
珍しく一人でいる社長に、東雲は会釈をする。
「いえ…仕事ですから」
「そう」
社長は微笑みながら東雲に近寄っていく。
そして東雲の耳元まで顔を寄せた。
「なら私の相手も嫌がらずにしてくれるかな?」
東雲は視線だけを社長に向けた。
いつも傍にいる秘書の如月が今いない理由を、東雲はその言葉で理解する。
「もちろん…、仕事ですから」

社長が東雲を連れ込んだのは会議室だった。
「こんなところで良いんですか…?社長室にはふかふかのベッドがあるってお聞きしましたが」
「それが悪い息子と新穂君に場所を奪われちゃっててねぇ。困ったもんだよ」
「そうですか」
東雲はとくに興味なさそうに返事をしながら、社長の前に跪きペニスをスラックス越しに撫でた。
社長はそれを見ながら口の端を上げる。
「早速だね」
「だって処理するんでしょう?雑談するために一緒にいるんじゃありませんし」
東雲は社長のベルトを外し、チャックを下ろす。
「専務の時にもそんなにきっちりドライだったのかな?」
「処理に関する要望は聞いていたつもりです。あの人、おねだりされるのが好きだったので、甘えてあげてましたよ」
「へぇ。なら試しに私にもおねだりしてくれないかな」
社長はそう言いながら東雲の頭を撫でる。
東雲は、社長のペニスを取り出すと、上目遣いで見上げながらペニスに頬ずりした。
「社長ぉ…、やっとお相手が出来て嬉しいです…。早くしののおまんこに、社長のおちんちんハメてください…っ」
「うーん、あざといね」
「注文通りでしょう」
「確かに」
笑う社長を見つめながら、東雲は目の前のペニスを咥え込んだ。
技術もそうだが、うっとりとした表情を見て、社長は感心する。
演技だと分かっていても、見た相手を欲情させる。
藤里を何年も虜にさせた理由がすぐに理解できた。
「硬くておっきい……っ、しののおまんこ、切なくなっちゃう……、社長ぉ、はやくおちんちんくださぁい……」
東雲は手で作った輪っかでしこしこと社長のペニスを擦りながら、亀頭や裏筋を赤い舌でいやらしく舐めた。
「机に手を付いて…、お尻をこっちに突き出すんだ」
社長に言われて、東雲はそのとおりの体勢になった。
裾を捲り上げ、ぷりんと張った尻を晒す。
社長は東雲の尻の割れ目にペニスを擦りつけた。
「は、ぁ…っ、焦らさないで、社長…っ」
「君にはとことんいやらしい言葉を言わせたくなるね」
「そん、な…っ、意地悪なこと言わないでください」
「好きだろう、意地悪にされるの」
「もう…っ、社長のばかぁ…っ、はやくぅ…っ」
もはや一種のプレイであった。
それらしいことを言えば、東雲もそれらしく返してくれる。
もちろんこの会話にお互いの本心などはなかったが、性欲処理をする関係にはむしろ必要なものであった。
社長は性欲処理課の人間として優秀な東雲に気分を良くした。
ゆっくりと東雲の中へ自分を挿入していく。
「あっ…、あん…っ!」
東雲は中で社長のペニスの大きさや熱さを感じながら息をした。
「んんー…っ、おっ、きぃ…っ、社長のおちんちん…っ」
相手を褒める言葉などは東雲にとってはマニュアルだったが、社長のペニスの逞しさは事実だった。
腰使いも藤里とはもちろん違う。
上手いな、と東雲は思った。
「あっ、はぁっ、あっあっ、あぁんっ」
今まで媚びるようにわざと喘いでいたこともあったが、今は意識せずとも艶のある声が出る。
「あぁっ、あっあんっ、す、ごい…っ、あぁんっ」
後ろから伸びてきた社長の手は、東雲のワイシャツのボタンを外し始めた。
そして露わになった白い肌を撫で、こりっと指に引っ掛かった乳首を指先で弄る。
突然乳首を摘まれた東雲は驚いた。
「あんっしゃちょぉ…っ、おっぱいまで弄っちゃ…っ、あっあっ」
「…少しおっきいかな…。専務には体中愛でられていたようだね」
「あっあっこりこりしないで…っ、またおっきくなっちゃうっあっあはぁんっ」
「やらしいね。専務が手放したくなかったのもわかるよ」
社長はそう言いながら東雲の耳を甘く噛んだ。
東雲は与えられる快感に身を委ねる。
「あぁ…っ、社長ぉ…っ、あっあっきもちいいです…っあぁん」
社長に後ろから突かれながら、東雲はふと会議室の外へ意識を移した。
人の気配を感じたのだ。
社長に舐められている耳を澄ませる。
ぴちゃぴちゃという音の向こうで、誰かの話し声がしていた。
思えば今処理をしているのは会議室だ。
誰かが会議で使おうとしているのだろうか。
東雲はそう思いながら扉の方を見つめる。

「ちょうど良かった、これ資料。並べといてくれよ」
「なんで俺がしなきゃいけねーんだよ、お前の仕事だろ」
「お前一番下っ端だろーが!こんな時くらい協力しろよ!ほら!」
「ちっ、めんどくせー」

東雲は途切れ途切れで聞こえる言葉に、胸をざわつかせた。
扉のすかし窓に人影が映っている。
今から入ってくるこの人物はまさか。
東雲は自分の後ろから挿入している社長の方へなんとか顔を向けた。
「社長、ちょっと、ぁっ、離、」
「急にどうしたんだい」
社長は笑いながら、東雲へ口付けた。
「あっ、待っ、しゃひょ、」
社長は無理矢理キスをしながら東雲の中を突く。
焦っている東雲の気も知らず、会議室の扉は無遠慮に開かれた。
「あっ、やっ!」
東雲は不安な目で扉を開けた人物を見た。
「あ…………」
東雲は解放された唇を小さく震わせる。
「か、ちょ……」
扉を開け立ち尽くしているのは、東雲が今一番会いたくない男、久遠だった。
久遠は社長と東雲が処理行為をしている姿を目の当たりして、扉を開けた状態のまま動きを止める。
自分たちを見つめる久遠の表情で、東雲の胸の奥はきゅっと狭く縮まった。
「おや、千秋じゃないか」
社長は入ってきた久遠に気付いたものの、とくに何も慌てることなく声をかけた。
「もしや…、今から会議だったかな?」
社長はそう言いながら悪びれる様子もなく東雲の中を突いた。
「ぅあんっ!」
弱いところを突かれ、東雲は声を上げる。
しかし久遠を目の前にしてとても行為を続ける気になどならなかった。
「は、ぁ、お、願、社長…っ」
やめてくれ、東雲がそう言う前に社長はゆっくり抜いたペニスをまた勢いよく挿入する。
「君の部下はおねだりが上手だね」
久遠へ言った社長の言葉にぞっとして、東雲は涙目を久遠に向ける。
「東雲は…優秀ですから」
「さすが君の部下だ。もうすぐで終わるよ。会議までには空けるから」
「いえ、第二を使うので大丈夫です。ごゆっくりどうぞ」
「そう、悪いね」
久遠は社長と淡々と会話し、出て行った。
扉の隙間から見える久遠の背中が、滲んでいく。
「いやぁ。会議があるなんて知らなかったよ」
社長の言葉に、東雲は机に爪を立てた。
「なん、で…っ、こんなこと…!」
社長は微笑を浮かべながら東雲の中を軽く突いた。
「ぅあっ!あっ!あぁっ!」
「こんなことって?」
社長の意地の悪い声色を鬱陶しく思いながら、東雲は社長に顔を向ける。
「課長に…っ、はぁっ、ぁ、見せつけるようなこと…!」
「………」
「は、ぁっ、課長は……、あなたのことが、っ、…っ、好きなのに…っ!こんなこと…っ!もっと、大切にしてください…っ!」
東雲の目は潤みながらも強く社長を睨んでいた。
想いを寄せる東雲からすれば、久遠の心を手に入れている社長の態度は許せないのだ。
社長は怒っている東雲を見て、口の端を上げた。
しかし目は一切笑っていない。
一瞬にして凍り付くような目を向けられ、東雲はぞっとした。
社長はぐっと、深くまで東雲の中に入り体を密着させると、東雲の白い耳へ口を寄せた。
「大切にしてるさ。あれは誰にも渡すつもりなんてない」
「…っ、なら、なんで…、こんな…っ、」
「千秋に見せつけたんじゃない。君に見せつけたんだ」
社長の言葉に、東雲の指先は冷たくなった。
囁かれている耳も、感覚がなくなる。
「な、に…………」
「私と君を見た千秋の顔を見て実感しただろう?あれが君を愛することなんて一生ないのだと」
そんなこと、いちいち見せられなくても、随分前から実感している。
東雲はそう思ったが、何故かその言葉を発することが出来なかった。
ただ言葉の代わりに、涙がぽろぽろと止めどなく落ちていく。
「君は専務に解放されて自由になったと思ったろう。今なら好きなことをなんでも出来ると思っただろう。だけど君が本当にしたいことは出来やしない。あれに愛されることも触れることも、叶わない。浮かれている君に教えてあげたかったんだ。君は性欲処理課だ。男の欲を吐き出す存在なんだ。そんな体で、あれを抱けるとどうして思う。徹底しろよ。処理課員という意識を持って、日々社員の慰み者になるんだ。それが唯一、君が部下としてあれに愛される方法だ」

ごとり、と音を立てて底に落ちたものがあった。
それは東雲の、久遠に対する愛情や憧れでもあったし、夢や希望でもあった。
大切に抱えていたそれを、東雲は落とすハメになった。
暗くて深い底のまた底に、見えない場所に、鈍い音を立てて落ちたのだ。
東雲は平気なつもりだった。
久遠のことが好きなのだから、久遠が誰を想っているかなど最初から知っている。
叶わぬ恋だと理解している。
付き合えずともそれは当然だったのだ。
いわば女子高生が芸能人に恋をしているのと一緒だった。
付き合えるならば当然嬉しいが、そんなことはあるはずがない。
だから久遠が自分以外の誰かと幸せになっても、平気だと思っていた。
それなのに、東雲の前に現れたこの男は、想いや夢を胸の内に秘めることすら許さなかったのだ。

東雲は体の中に出された精液が垂れていく感覚に小さく震えた。
「あなたが…、酷い人で良かった……、憎むことを躊躇わずに済みます……」
社長はそう言った東雲を一瞥してから、扉の方へ向かう。
「助かるよ。優しい人だと思われたら、手段を選ぶハメになる」
社長はそう返して会議室から出て行った。
東雲の視界がぐにゃりと歪んでいく。
「……かわいそう……」
東雲が呟いた言葉は、冷えた空気にひっそりと浮かんでいた。

back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -