雪村


「あの人の名前わかる?」
食堂で昼食をとっていた新穂は、目の前にいる雪村に言われて顔を上げた。
雪村の目線は、厨房から料理を受け取っている社員に向けられていた。
「ラーメン持ってる人ッスか?」
「そう」
「確か…櫻井さんッスよ。経営企画部の」
雪村は新穂に返事をしないまま、櫻井を目で追った。
新穂はそんな雪村を見て首を傾げる。
「なんかあったんスか?」
「…この間話したの、あの人だよ」
雪村は視線を前に戻して、食べかけだったカレーを口に運ぶ。
新穂は一瞬なんのことだったか、と考えたが、はっとして目の色を変えた。
「S字結腸の!!」
「しーーーっ!静かにしろよ!」
雪村は慌てて新穂を注意しながら、櫻井の方をちらりと見た。
周りの社員と同じように、櫻井もこちらに視線を向けていて、雪村は白い頬を少し赤く染めた。
新穂はカレーを口に運びながら、そんな雪村を見つめる。
「めずらしいッスね。雪村さんが長谷さん以外の人のことを気にするなんて」
「…べつに。名前知らなかったから、聞いただけだろ」
「そんな社員さんなんていっぱいいるのに」
雪村は新穂の言葉に返事をしなかった。


櫻井から指名されたのは、食堂で会った一時間後のことだった。
「長谷さんの指名もそのあとあるんッスよねぇ?雪村さんばっかり人気でずるいッス−!」
新穂にうるさく言われながら、雪村は仮眠室に向かった。
妙に緊張しつつ、仮眠室の扉を開ける。
櫻井はすでに仮眠室のベッドの上で待っていた。
雪村の顔を見た瞬間に、にこ、と小さく笑うので、雪村はそっと頭を下げた。

「雪村ちゃんってさぁ、カレーとか食べるんだね」
櫻井は自分の体を跨ぐ雪村の腰をそっと撫でながら言った。
雪村は食堂で昼食を取っていた所を見られていたことに恥ずかしくなる。
「っ、ちゃんと歯磨きしました…」
「それキスしていいってこと?」
櫻井に見上げられて、雪村はどきっとした。
「だめです」
「ん」
近付いてくる櫻井の口を、雪村は咄嗟に手で塞いだ。
櫻井の目が笑う。
雪村がそれに気付くと、櫻井は自分の口を塞いでいる雪村の手を舐めた。
「う」
雪村は驚いて手を離そうとするが、櫻井はそれを掴み、細い指に舌を這わしていく。
雪村の白い指が、櫻井の唾液で濡れる。
「…これで中入る?」
口を離した櫻井が、雪村に目を向けながらそう言った。
「…指でしなくても…、もう入りますよ…?」
「雪村ちゃんが自分で弄ってるとこ見たいんだけど」
「それ…処理になります?」
「前も言ったけどさぁ。俺が気持ち良くなるだけが処理じゃないでしょ」
櫻井は雪村のワイシャツのボタンを外しにかかる。
「雪村ちゃんが気持ち良くなってるの見て興奮したいんだけど」
櫻井に笑いかけられて、雪村は目をそらした。
「…肩貸してくださいね」
雪村はそう言うと、目の前にいる櫻井の肩に手を置いた。
そして濡らされた指を、そっと自分のアナルへ挿入する。
「んっ…」
ペニスを受け入れるために用意してあるそこは、すでに柔らかく雪村の細い指では足りないくらいだった。
雪村はすぐに指を増やして、中を掻き回した。
「ん…っ、…は、ぁ…」
雪村の淫らな姿を眺めつつ、櫻井は自分のペニスを露わにした。
その立派さに雪村は戸惑い、つい視界に入らないようにする。
櫻井は自分でペニスを触りながら、雪村を見つめた。
静かな部屋でお互いが弄る水音がする。
「雪村ちゃん、見せて」
「………」
櫻井に言われて、膝立ちしていた雪村はその場で立ち上がった。
そしてアナルを指で広げて、櫻井に見せつける。
「雪村ちゃんってさぁ。見た目凜としてて、なんかドライじゃん。仕事で仕方なくヤッてるだけで、本当はエッチなこと興味ありません…みたいなさ。でも穴はすげーエロいよね。とろとろで、ピンクで、ひくひくしててさぁ」
櫻井に見られながら感想を述べられることに、雪村は羞恥した。
「も、やだ…、早く挿れてください…」
「自分で挿れて」
櫻井は熱く雪村を見た。
「……」
雪村はまた膝立ちになると、広げて見せていたアナルを櫻井のペニスに当てた。
「……っ」
櫻井の体温が伝わる。
雪村は以前櫻井の処理をした時のことを思い出した。
あの快感は、脳も体も覚えている。
癖になってしまうかもしれない。
雪村はそんな戸惑いを内に秘めながら、先端を挿入した。
「は、っ、ぁ」
とろとろに慣らしてあるとはいえ、この大きさのペニスが中に入り込んでくるのはやはり恐ろしかった。
雪村はゆっくりゆっくり、腰を下ろしていく。
「ぁ、う、っ、ん…っ、おっきい…っ」
腹の中に随分存在を感じても、まだ根元ではなかった。
櫻井の手が雪村の頬を撫でる。
「急がなくて良いよ。無理して全部挿れなくても」
「…、すいません…。…あの、動きますね…」
雪村は脚をM字に開いた。
そして櫻井の伸ばされた脚の横に手を付いて、腰を上下に動かしていく。
櫻井からは、雪村のアナルに自分のペニスが出入りしていく様子が丸見えだった。
「あっ、はっ、あっ、んっ、あぁっ」
「いい眺め」
雪村は櫻井の言葉に目を向けた。目が合って焦る。
「っ、見ないで」
「見るでしょ」
「ぁっ、んっ、あん」
雪村は目を伏せながら、腰を上下に動かした。
「気持ちいい」
櫻井が呟く。
雪村も気持ちよさを感じていた。
櫻井がもっと奥に入ってきた時のことを思うと、あの快感がむしろ恐ろしくなる。
気が狂うのが嫌で、自分が感じる場所を避けて腰を動かした。
それでも櫻井のペニスは大きく、上下に動くだけ内壁をごりごりと露骨に刺激する。
「あ、んっ、んぅ…っ、あぁ…っ」
「俺も動いて良い?」
調節していることに気付いた櫻井は雪村に言った。
無理をして欲しくはないが、快感を避けられるのも嫌だった。
「待って、やだ…」
「雪村ちゃんも気持ち良くなきゃ意味ないから」
櫻井は腰を動かした。
「やぁんっ」
ぐんっと突き上げられて、雪村は声を上げた。
ゆっくり抜き差ししていたのに、櫻井がリズムよく何度も突くせいで雪村の体が跳ねる。
「あっあんっあんっ待って、あんっ突くのだめっあぁんっ」
「だってなんかもどかしいじゃん」
「あっあっ、だ、めぇ…っあぁんっまた、っ、おかしくなっちゃうから…っ」
「セックスってそういうもんだよ」
櫻井はそう言ってから、雪村に自分の方へ倒れてくるように指示をした。
雪村は後ろについていた手を前に出して、櫻井の上へ身を重ねる。
櫻井は雪村の尻の感触を確かめながら下から突いた。
「あっあんっはぁっあぁっあんっあぁっ」
「息熱いね」
「変なこと、ぁんっ、言わないで…っあぁっあっあっ」
櫻井の動きに、雪村は興奮していた。
聞き慣れた音ですら、いやらしく感じて耳を塞ぎたくなる。
「あっんっ、はぁ…っ、ああんっ、あっあっ、お願い…っ、あん…っ向き、変えたいです…っ、」
「え?」
「う、後ろから、突いて…っあっ、ぁんっ」
雪村がそう言うので、櫻井は動きを止めた。
雪村は起き上がると、櫻井のペニスを抜く。
「バック好きなの?」
うつ伏せに寝転んだ雪村のアナルへ、櫻井は再び挿入しながら聞いた。
櫻井が今度はゆっくりと腰を動かしていく。
にゅぽにゅぽと音がした。
「は、ぁ…っ、そういう、わけじゃ、なくて…っ」
「なに…?」
浅いところで抜き差しを繰り返されて、雪村はもどかしくなった。
恥ずかしさにシーツをきゅっと握る。
「ぁ、だ、って…、顔見てたら…っ、ぁん、キスしたくなっちゃう…っ」
「へー」
櫻井がそう軽く返事したかと思うと、いきなり深いところまでペニスが入り込んできた。
雪村は目を見開く。
「あっあぁん…っ!」
櫻井は身を倒して、雪村の上へ覆い被さった。
「べつにしたらいいじゃん?」
「ぁ、あ、全部、入って…っ」
「なんでしないの?」
櫻井は雪村の赤くなった耳を甘く噛んだ。
「やっ、あぁっ、あぁん」
雪村のアナルが締まる。
痺れそうな快感が全身を巡っていた。
櫻井はぢゅくぢゅくと中を抉りながら、雪村の耳を舐めて濡らしていく。
「あっあんっやぁっあっあぁっ奥ほじるのだめぇっあっあぁっ」
「バックでしたいって言ったの雪村ちゃんでしょ」
「あっあんっ、そ、ですけど…っ、あぁっあぁんんっ」
櫻井は雪村の中を攻めながら、汗が滲む雪村の首や肩に舌を這わす。
雪村の体が小さくひくひくと震えていた。
「…雪村ちゃんって、色白いから…、赤くなってるのすぐわかるね…」
肌を舐められながら、奥の奥をぐりぐりと抉られ雪村はただただ感じていた。
快感への歓喜と恐怖で汗が噴き出る。
唇が震え、目からは涙が流れる。
「あっ、あぁっ、か、らだ…っあつい…っあんっ奥、すごい…っあぁんっ、感じちゃ…っあっあっあぁんっ」
「ここ、気持ちいい?」
「あぁんっあんっ気持ちい、あっあっ、櫻井さんしかっあぁっ突けないとこ…っ気持ちいいですっあっあっあぁっ気持ちいい…っあぁんっもっと、突いてぇ…っあっあぁあんっ」
「可愛い、雪村ちゃん」
櫻井と雪村は、お互いの汗でぴったりくっつき合いながら、その後一緒に射精した。


「このあと長谷さんの処理?」
雪村はワイシャツのボタンをしながら櫻井に目を向けた。
「よく知ってますね」
「長谷さんが言ってた」
「そうですか」
櫻井も身なりを整えて、最後にジャケットに腕を通す。
「まぁ長谷さんにいっぱいキスしてもらいな」
櫻井は笑いながら言った。
雪村は無意識に眉間に皺を寄せる。
「なんですか、その言い方」
「え?だって皆知ってることじゃん。雪村ちゃんと長谷さんがいい感じだってこと。エレベーターが止まった時も結構中でイチャイチャしてたって有名だよ?」
櫻井は突っ立ったままの雪村に歩み寄る。
そして雪村の唇に触れた。
「俺は雪村ちゃん好きだからキスもしたいけど」
「………」
「しちゃだめなんだもんね?」
櫻井はそう言うと、笑顔のまま仮眠室を出て行った。


もしキスをするのであれば、あの時がそのタイミングだっただろうか。
雪村は長谷の体に腕を回しながらそう思った。
「ごめん、痛い…?」
様子がおかしい雪村を変に思った長谷は、ペニスを挿入するのを止めた。
雪村ははっとして長谷の顔を見る。
「大丈夫です…。全部挿れてください…」
長谷は小さく笑ってから、根元までペニスを挿入した。
長谷の体温を感じながら満たされていく体内。
いつもはこれで幸せだった。
何か余計なことを考える暇などなかった。
「長谷さん…」
雪村は長谷に強く抱きついた。
「どうかした?」
「僕変なんです…、お願い、めちゃくちゃにして…、何も考えたくない……」
長谷は雪村の望む通り、激しく腰を振った。
「あっあぁっ!あっあんっ長谷さっ、あっあっもっと、もっといっぱい突いてぇっあぁんっ」
新穂がいつも羨むくらいには、長谷のペニスは大きい。
肉体的にも、そして長谷に想いを寄せているところから精神的にも、雪村は満たされるはずであるのに、今日は何かが違っていた。
「あぁっお願いっ奥っぐりぐりしてぇっあぁんっもっと奥っ、いっぱい突いてぇっ」
「雪村ちゃん…っ、」
切羽詰まり乱れる雪村に長谷は熱を放ったが、雪村の胸の内にある違和感は取れなかった。
「…元気出た?」
長谷はキスをしようと雪村に顔を寄せる。
「ごめんなさい、わがまま言っちゃった…」
「いいよ、そんなの」
雪村は長谷の頬を撫で、キスをせずに誤魔化した。


長谷は処理が終わったあと、コーヒーを買って休憩した。
そこに吉川が顔を出す。
「お疲れさまです、長谷さん」
「おー、お疲れ」
「雪村さんと楽しんできました?」
吉川も自販機でコーヒーを買いつつ、長谷に話しかける。
長谷がなんとも言えぬ顔をするので、吉川は首を傾げた。
「どうかしました?」
「いや…。雪村ちゃん、なんか元気ない感じだったなぁ…。いつもと様子違ったし」
「長谷さんが結婚してくれないからじゃないんですか?」
吉川の突然の言葉に長谷は驚き苦笑する。
「なにそれ」
「この間うちの奥さんから聞いたんですよ。雪村さんは長谷さんのことを特別に想ってるんだって」
「……」
長谷はどっかりと椅子の背にもたれかかった。
吉川はコーヒーを一口飲んでから、長谷を眺める。
「いつ言うんですか?雪村さんに」
「…………」
吉川は周りに人がいないことを確認してから、口を開いた。
「奥さんと別れて、もう三週間くらい経ってますよね」
「………………うん」
吉川の言う通り、長谷は離婚していた。
原因は無精子症により子がなかなか出来ないことであった。
長谷はそれを未だに雪村に話せないでいる。
「俺さ…、不安なんだよ。自信ない。ちゃんと幸せにしてあげられるのかわからないんだ」
弱気な長谷を見下ろしながら、吉川は珈琲を口にする。
青樹と結婚した吉川からすれば、正直長谷は小さな男に思えた。
「今の状況よりも、長谷さんと一緒にいる未来の方が、どう考えても幸せじゃないですか?」
「でも男女の結婚とは訳が違うだろ、周りに何か言われたりしたら…」
「二人の将来なのに、二人の気持ちよりも世間体を優先するんですね」
長谷は吉川に目を向けた。
そして溜息をつく。
「青樹と一緒になったお前には何も言い返せねーや」
長谷は口の端を上げて笑うが、全体的にはまだ暗い雰囲気を残したままだった。
「…年を取るとな、勢いだけじゃ進めないんだよ」
長谷の言葉は常識的だったかもしれないが平凡で、吉川からすれば意見にもならないつまらない言い訳のように思えた。
「うっかりしてると…、誰かに取られちゃいますよ。その時後悔したって、遅いんですからね」
吉川はそう言って、一気に残りの珈琲を飲み干した。
長谷はその言葉に、現実味を感じることがまだ、出来ないでいた。

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