「よ、よし!渡しに行こう!」
まだ出来たてであるチョコチップ入りのビスコイト
ほのかに温かくて、甘い匂いを辺りに漂わせている
ああ、彼は…伊作先輩は受け取ってくれるかな?
ビスコイトを両手で包んで、先輩の姿を探す
この時間だと、医務室かな?それとも長家?
とりあえず、片っ端から探してみようと思ったのがつい半刻
なのに目的の人物である伊作先輩には一向に出会えない
教室や中庭、食堂だって探したのに
手の中にあるビスコイトだって、もう十分に冷めてしまった
「温かいうちに食べてほしかったのにな」
とぼとぼとと競合区域を歩く
伊作先輩も、学園内では見かけなかったし…もしかして、出掛けてるのだろうかと思っていると、何やら穴の中から声がした
…誰かが、蛸壺に落ちたのかしら?
心配になって穴の中を覗いてみると、中にいたのはなんと伊作先輩
こんな所にいたんですか!
「伊作先輩!」
「ん?なまえじゃないか!」
よかったー、先輩見つかったと安心した
て、助けないと!
先輩を助ける為に手を差し伸べ、思い切り引き上げる
が、その拍子に、ビスコイトを落としてしまう
「あ…!」
落としてしまったせいでビスコイトに砂や泥が付いてしまって、とてもじゃないが食べられない物になってしまった
「…っ」
「なまえ、これは…?」
「あ、その…!これは、先輩に……」
だめ。こんなの、先輩に渡せない…!
早く回収しなきゃ
しかし、私が手を伸ばすよりも先に先輩の手がそれを拾って、口の中に入れていた
…え?
「え、ちょっ…先輩、汚いですよ?!」
「えー?でも、美味しいよ?」
さも気にしていないという風に、もぐもぐとビスコイトを咀嚼する先輩
いや、本当に汚いですから、それ!
「衛生上悪いですから!ね?」
「えー」
やだ、と子供のようになかなかビスコイトから手を離さない
抓っても、叩いてもだ
そこまでしても離さないのを見て、もう諦めることにした
でも、なんで
「どうして…食べるんですか…」
そんな、汚いもの
ぽつりと言うと、先輩はもう一度ビスコイトを口に入れて言った
「だって、なまえがせっかく作ってくれたのに、お残しなんて出来るわけないじゃない」
自分の好いた子が作ってくれた物を無碍になんて出来ないよ
そう言って頭を撫でてくる伊作先輩に、私はまた好きになってしまった
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