ざくざくと土を踏みしめていく音と荒い呼吸音が鼓膜を満たす。帰宅部の運動不足が祟ったのかな…?クリアブルーに覆われた空が近い。私は虚ろな眼差しを上に向けた。
…頂上は、まだ、遠い…。
気が遠くなりそうになるほど続いている山道には点のように小さいたくさんの同級生の後ろ姿。ちなみに私の後ろには誰もいない。まだ道のりは遠いことを再確認し、くらりと眩暈がした。
遠足ってさ…もっと楽しいもんじゃないの?山登りとかなんなの?修行なの?武者修行なの?と、心の中で念仏のように愚痴を唱えていると。
「大丈夫ですか、園原さん?」
私の彼氏である黒子くんがひょっこりと顔を覗き込んできた。この空に負けないくらい、透き通った綺麗な水色の双眸がわたしを捕える。
黒子くんは影がびっくりするほど薄くて、それをバスケスタイルに組み込んで部活で大活躍するぐらい薄くて。
私は黒子くんの彼女で、彼が大好きで。
大好きな彼が突然目と鼻の先にいることに、ものすごく驚きまして。
「わ、わあ!」
驚いて、反射的に後ずさった時に、木の枝を踏み。え、と思った時にはぐにゃりと嫌な感触が足首を遅い、どしん!と私は全体重をかけて尻餅をついてしまった。
「いっ、いったあ…!」
尻餅をついた大勢のまま、苦痛で顔を顰める私に黒子くんも目線を合わせるようにしゃがみこみ「大丈夫ですか」と訊いてくる。いつも浮かべているポーカーフェイスに険しさが宿っており、問いかけた時の声色は固いもので、黒子くんが私を心配してくれている、ということがありありと伝わってきた。
「大丈夫だよ。こんなのへっちゃらへっちゃら」
そのことが嬉しくて自然と表情声色伴に明るいものになる。私は笑顔で返し、立ち上がろうと腰を上げる。
が。
瞬時に足首を激痛が襲う。
「〜っっ」
足首を両手で抑えながら声にならない悲鳴が漏れる。
「無理しないでください。痛いんでしょう」
「だ、だーいじょうぶだよ、黒子くん。こんなの今だけだから。ちょっとしたら治るから」
脂汗を滲ませた笑顔で言っても説得力はないだろう、と思いつつも黒子くんに心配かけたくなくて、バレバレな嘘をつく。
そうこうしているうちに、何人かのクラスメイトが私の異常に気が付いて、わらわらと駆け寄ってきてくれた。
その中には、黒子くんの相棒でもある、火神くんもいた。火神くんは大きな体をしゃがませて、私と目線を合わせる。
「や、やー火神くん」
「『やー』じゃ、ねえだろ…。なにドジ踏んでんだお前」
「う、うるさいなあ」
呆れ顔でため息を吐く火神くんにふくれっ面をかます。火神くんには黒子くんに告白する時やなんやらで協力をしてもらったので心をとても許しているが故の甘えだ。
「ほら、乗れ」
「え」
火神くんは背中のリュックを近くのクラスメイトに渡すと、私に背中を向けてしゃがむ。
「え。い、いいよいいよ」
「じゃーこのまま一生ここにいとくつもりか、お前?」
そう言われると何も返せない。うっと唸ったあと、私は申し訳なさでいっぱいになりながら「よろしくお願いします…」と呟いた。ん、と頷く火神くん。私に背を向けているから表情は見えないけど、きっと今お兄さんのような顔をしているのだろう。
「黒子くん、ごめんだけどリュック持ってくれない?」
少しでも火神くんの負担を減らそうと、黒子くんにリュックを持ってもらおうと思い、リュックを差し出しながらそう頼んだ。黒子くんはいつものようなポーカーフェイスでじいっと私を見つめる。
く、黒子くん?
いつもとは違う黒子くんの態度。なんと声をかけていいかわからず、たじたじと気おくれしてしまう。
黒子くんは無言で私のリュックを受け取った。
「火神くん」
「んあ?」
「これを持ってください」
なにをだよ、と火神くんが振り向いた瞬間、彼の大きな体にリュックが飛び込んだ。慌ててそれを抱える火神くん。
「乗ってください、園原さん」
黒子くんは、先ほどの私を心配した時のものとはまた違う固い声色で、しゃがみこみながら私に背中を向けて、そう言う。
「えっ」
私はまじまじと黒子くんの背中を見つめて思った。
いや、これはちょっときついでしょう。
私は別段小柄という訳でもない。中肉中背の一般的な高校一年生の体だ。いくらバスケで鍛えているからと言ってどちらかというと華奢な方に分類される黒子くんが私をおんぶして登山?…いやいやいや。黒子くん潰れちゃうよ。火神くんならまだしも。
「い、いやーそれは無理だと思うなー…」
「無理じゃありません」
間髪入れずにきっぱりと否定の言葉が返ってくる。
「黒子…無理だろ。コイツおんぶしながら登山て。お前が」
火神くんも呆れ返ったように眉を寄せながら黒子くんに諭すように言う。しかし黒子くんは「無理じゃないです」の一点張り。
「ど、どうしたの、黒子くん。そんな意地張っちゃって」
へらっと苦笑いを浮かべて、黒子くんの華奢な背中に質問を投げかける。
黒子くんの首がゆっくりと後ろを振り向いた。
とても綺麗なクリアブルーの双眸に私が映る。
むすっとした顔つきの小さな口から紡がれる、拗ねた子供のような口振りは、私の心臓に大打撃を与えた。
「園原さんは僕がおんぶしたいんです」
優しい傲慢
「黒子くんもう限界でしょ無理でしょ!?」
「いえ全然平気です」
「そんな真っ青な顔で言われても説得力ねえぞ…」
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