バスケはもちろん、そのほかのスポーツも、勉強も些細な遊びも、この世のなにもかも、今まで僕は自分はなんでもできると思っていた。
目の前で泣いている、彼女を見るまでは。
「どうしたんだ」
「なんで泣いている」
「返事をしろ」
と、訊いても大丈夫と嗚咽混じりに返されるだけだ。
「大丈夫じゃないだろう」
「大丈夫やから、本間に」
膝をかかえて泣きながら言われても全く説得力はない。僕は人生で初めて途方に暮れた。
なんでだ?なんで言ってくれないんだ?
理由を言ってくれたら、僕がなんとかしてやるのに。
君を泣かせるものすべてを排除してやるのに。
言ってくれないと、なにもできないじゃないか。
初めてだった。人のことがこんなにわからないのは。
今まで、人はすべて僕の手のひらの上で、何を望んでいるのかなんて考えなくてもわかることで。この世のすべての人間はなんて単純なのだろうかと呆れ果てるでもなく、純粋にそう思っていた。
なのに、なんでだ。なんで肝心な時に、人の心がわからないんだ。
ぎゅうっと自身の手を握り締める。爪が抉りこむのを感じる。
なんでもできる。僕はどうしてそう思えていたのだろう。
目の前で泣きじゃくっている女子ひとりすら泣き止ませることができない。
僕は結局なにもできないまま、日がすっかり暮れるまで傍にいた。ただ、黙って。
「…くらっ!!」
やっと泣き止みぼんやりと窓の外に視線を漂わせた彼女は窓の外を見るなり、驚きの声を上げた。
「いっ今何時!?」
「八時半だ」
彼女が袖を捲る前に時刻を告げてやった。見る見るうちに彼女の顔色がサアッと青ざめていく。
「赤司くんって寮住みやんな!?」
「そうだ」
「門限は!?」
「九時だ」
「わああああ!あと三十分しかないやん!ごっごめんなあ!付き合わせて…本間ごめんなあ!」
やっと泣き止んだのに、またもや彼女の顔が泣き出しそうに歪む。笑顔にするどころか、また泣こうとしている。それも、僕のせいで。
「…なんでなんだ」
僕は固い声で訊いた。
「付き合わせたんじゃない。僕が勝手に傍にいただけだ。慰めの言葉だってかけたわけじゃない。なにも君のためにしてやれなかったじゃないか。それなのに、なんで謝るんだ」
彼女の黒い瞳に僕が映っている。自分の顔なんていつでも見える訳じゃないからわからないが、こんな情けない顔をした僕は、なかなか見られるものじゃないのだろうか。
「…せやなあ。謝るところちゃうなあ」
「そうだろう」
理解の範疇の言葉が返ってきて腑に落ちたものの、なぜか胸が軋んだ。
すると。彼女の口元がふわりと緩んだ。
「赤司くん、傍におってくれて、ありがとう」
彼女はにっこりと花が咲いたような笑顔を浮かべて、そう言った。
目を見張らせて驚く僕の袖口を引っ張って、赤司くん帰ろうと軽い足取りで教室を出ていく。
頭の中は疑問だらけだった。
今まで彼女がしでかした中でも一番の理解できない行動だった。なんで、ここで礼を述べる?君にとって得なことを僕がしたわけじゃないのに。
「赤司くん、今日のお礼に今度おいしい湯豆腐屋さん連れて行くな!地元民のお勧めやから期待しとって!」
わかっていることは。
僕ははじめて完敗してしまったということ。
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