沖田総司と千鶴ちゃんは土方歳三に会う為に北へ向かっていた。
私達は二人の動向を動向を探るために、二人から遠からずとも近からず、な場所に駐屯していた。

遠いわけでもなく、近いわけでもない。

そんな場所で私は偶然にも、千鶴ちゃんに会った。


千鶴ちゃんは着物をたくしあげて川で洗濯していた。
私の姿を丸くて大きな瞳に宿し、驚きで目を見張っている。

私は私で、驚いていた。
サシで向かい合うことなんて生涯ないだろうと無意識のうちに思っていた。

千鶴ちゃんは私を凝視したまま石のように固まっている。…いや、よく見ると微かに震えている。

そりゃそうか。
今まで変若水無理矢理飲ませたり自分の大切な男を襲った男の傍にいつもいた女だもんね。
そりゃ怖いわ。

私はふっと口元を緩ませた。

「そんな怖がらなくてもいいよ」

と、言うと千鶴ちゃんは我に返ったのかはっとした様子。
しかし、私に対しての警戒は怠らない。

んー。信用されてないなあ…。
まあ、今までのこと考えたらそうだけどね。

「大丈夫だって。私は人間だし、あなたと戦ったら必ず私が負ける。危険だと思ったらすぐその脇差しで殺せばいい」

「…え?」

千鶴ちゃんは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。
どうやら私のことを今の今まで鬼だと思っていた様子。


「ほら、これが証拠」


私は自分が人間であることを証明するために、手の甲の皮を噛みちぎった。

「――!?」

千鶴ちゃんが声にならない悲鳴を上げた。
私はいっこうに傷が治らない手の甲を千鶴ちゃんに見せ、「ね?」と微笑んでみせた。

別に私は自虐癖があるわけではない。
けど、その私が自分で自分を傷つけてまで千鶴ちゃんに私が“安全”だと証明したかった理由は。

「ねえ、ちょっと話さない?」

薫のたった一人の肉親と話をしたかったからだ。













「日が昇ってきてるけど、大丈夫なの?」

変若水を飲ませた人間の仲間のくせに、千鶴ちゃんを気遣う。私が彼女だったら眉を潜めるね。

「あ、はい。まだ大丈夫です」

千鶴ちゃんはおどおどしつつも、ムッとすることもなく、はかなげにぎこちなく微笑んで答える。
皮肉ととられなかったようだ。なんていい子なんだろう。

「あの、手は大丈夫ですか?」

…それどころか、私の心配って…。


大丈夫大丈夫。出血ももう止まったし、と手をひらひらと動かすとよかった、と胸を撫で下ろす千鶴ちゃん。


…本当に薫の妹?


…もし。

もし、薫が南雲家に引き取られなかったら、あいつも千鶴ちゃんみたいに育っていたのだろうか。

復讐なんて、考えもせずに。



「…あの、私、あなたに質問があるんです」


千鶴ちゃんが真っ直ぐな目で私を見た。

何の汚れもない高潔な瞳。

私とは、大違いだ。

彼女の瞳を見ていると自分の汚さが思い知らされるので、私は千鶴ちゃんから少し視線をずらした。


「…なに?」

「薫を、何故とめないんですか?」

形の良い唇から、小さな声だけれども、はっきりと言葉を口にされる。

私は目を見張り硬直する。

千鶴ちゃんはそのまま更に話を続けた。

「私、どうしても貴女が理由も無しに人を傷付けるような酷い人には見えないんです。

薫が私達に何かした時も、貴女は、どこか、悲しそうで、私達に申し訳なさそうでした。

…それから」

千鶴ちゃんは一旦言葉を区切り、躊躇するかのように俯いた。そして、意を決したような眼差しを、私に向けた。

「不躾なことを今から聞きます。
貴女は、薫のことが、好きなのではないでしょうか?」

本当に不躾な質問をすみませんでした、と千鶴ちゃんは頭を下げる。


「…私って、そんなわかりやすい?」

「、じゃあ」

「そうよ」

私は自嘲気味に、笑ってみせた。

「私は薫が、好きよ」

「だったら、何故」

千鶴ちゃんは泣きそうな顔で、叫ぶように言った。

「どうして貴女は、自分の好きな人が復讐に身を落とすのを傍観しているんですか…!?」

「私は、嫌です…っ。沖田さんが、復讐をするなんて…っ。
復讐したって絶対に、幸せになれません…っ」


「私だったら、好きな人には、」


幸せになってもらいたい…!



やっぱり、この子は、きれいね。

きれいで、きれいで。


傍にいるのが辛い。


私はすくっと立ち上がり、お尻の汚れを両手で払いながら「千鶴ちゃん」と彼女を呼ぶ。

朝日が眩しくて綺麗。

人間の私には不似合いで、羅刹の千鶴ちゃんのが似合っているなんて、なんて滑稽な話だろう。

「私はね。あなたみたいに、綺麗じゃないの」

さっきの千鶴ちゃんの必死な口ぶり。
きっと沖田総司も復讐をしかけたことがあったのだろう。

それを彼女は止めたのだ。

自分の持てる全てを懸けて。


「そりゃあ私も、薫には幸せになってもらいたい。

けど、それ以上に、私は」


ああ、言葉にするのも恐ろしい。

ぐっ、と握り締めた拳をさらに強く握り締める。


「私は、薫に拒絶されたくない」


復讐をやめろ?

…へえ。

お前もそういうつまらないことを、言うんだ。

いいよ。じゃあ、さよならだ。

そんなことを言って、私を捨てるアイツの顔が、現実味をともなって鮮明に浮かび上がる。



好きな人の幸せを願うことを、愛と呼ぶのなら、

私は薫のことを、好きじゃないのかもしれない。

だってね。

もし雪村家が襲われなくて、

薫は今、笑顔の中にいるのだとしたら。

薫は私と出会ってない。

そう思ったら、私は、薫が不幸でよかったと、心の隅っこで、確かに思ってしまったのだ。


「千鶴ちゃん。私ね。

あなたが思ってるよりも、ひどい奴なの」





なんて素敵な恋だこと


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