透明の小瓶の中で血のように真っ赤な液体が揺れる。
私は掌の中のソレ――変若水をじいっと見詰めた。

「変若水に、興味がおありかい?」

ふいに背後から声をかけられた。私は人気を感じることには長けているので特に驚きもせず流し目で初老の男――綱道さんを見た。

「まあ、そうですね」

綱道さんから視線を戻し、再び変若水に目を向ける。
透き通った赤い液体は綺麗というか、不気味というか。不思議な存在だ。

「ほう!なかなかわかるお嬢さんだ!」

綱道さんは私が変若水を全面的肯定したのだと受け取った様子で、私の傍らに立ち喜々として喋りはじめた。

「これは人間でさえも強靭な肉体にする素晴らしい物だ。私はこれを作るために自分が生まれてきたのだと言える」

「はあ」

また始まったよ。
私はうんざりしながら気のない返事を返す。

この人、変若水と羅刹の話しかしないんだもん。千鶴ちゃんの前じゃ話せなかったから鬱憤が溜まってたのかもしれないけどさあ。もういい加減、飽きたって。

「椛さん、あなたもよかったら飲まないかい?」

「え、」

綱道さんは目を爛々と輝かせて私を食い入るように見ている。綱道さんのぎらついた瞳に、面食らっているほうけ面の私が映っていた。

「人間にしては聡いあなただ。人間であるにはもったいない!」

綱道さんは私の手首をぐいっと強い力で掴んだ。

「いっ」

痛さで顔をしかめる私に構わず、綱道さんは尚も唾を飛ばしながら口を動かし続ける。

「ほら、手首もこんな細い!こんな体では戦では役に立つことはおろか、ただのお荷物だろう?」

“お荷物”
綱道さんの言葉が胸に突き刺さる。

私はいつも戦の時、薫に守ってもらっていた。
時折、薫は怪我を負わされていたけど鬼だからすぐに傷は完治していた。

けど、薫が、好きな人が自分のせいで傷ついている。

私はその状況を楽しめるほど、腐ってはいなかった。

事実を突かれ、何も言えない私を見て、綱道さんは満足げに唇を緩める。

「さあ、どうしますか」

“お荷物”という言葉が、ねっとりと私に纏わり付く。


お荷物だと、

置き去りにされるくらいなら、いっそ。


「離せ」


カチャリ。

刃が軋む音が響いた。


「…薫くん」

綱道さんは薫を見て眉を潜めた。

「椛から離れろ。今すぐに」

二人はしばらくの間火花を散らし合った。綱道さんがフッと口元を緩め、私の手を離した。

「椛さん」

すたすたと出口付近まで歩いた綱道さんは、ニッコリと人の良さそうな笑みを浮かべた。

「欲しくなったら、いつでも言って下さいね」

そう言うと、綱道さんは踵を返し、部屋から出て行った。


「椛」

なによ、という私の言葉は空気に消えた。

私の喉は薫の掌の中に合った。

「…っ、…あ…!」

ぎゅうっと喉が押し潰されていく感覚。
声が出ない。意識が朦朧とする。
激しい目眩のせいで、薫がどんな表情をしているのかもわからない。

不意に、喉が解放された。
四つん這いになってケホケホと咳込み、みっともなく酸素を求める。

「二度と、」

顎を強く持ち上げられた。薫の鼻と、私の鼻がくっつきそうなほどに距離が近い。

「二度と、変若水を飲もうなんて考えるんじゃないよ」

先程まで、私は薫に殺されかけていたのに。
どうしてだろう。
なんでだろう。

今、すごく、薫のことが愛おしくて、愛おしくて、

仕方ない。

私は無意識のうちに、薫の華奢な背中に手を回していた。

「いかない」


ああそうか。
薫の顔が小さい子みたいに、泣き出しそうな顔をしていたからだ。


「私は、薫を置いて、どこにもいかないよ」


掠れた声だけれども、強い口調で、はっきりと伝える。


どこにもいかない。
ずっと、薫の傍にいる。
だから、ねえ。

「泣かないで」


薫の震えた手が、私の背中に回された。


「泣いて、ないよ」

勝手に決め付けるな、馬鹿。
と付け足して、私の首に顔を埋めた。

さらさらの黒い髪の毛があたってくすぐったい。


ね、薫。
私、絶対、絶対、どこにもいかないから。





恍惚と闇色の光に手を伸ばす


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