はーとにばきゅん



「はい」
春麗らかな昼下がり。穏やかな日差しが気持よくて微睡のなかにいると、着信音が私を現実に引き戻した。まだうとうとしながら電話に出ると、それは珍しい人物からだった。

「理恵ー?ワイワイー!」
「金ちゃん?電話かけてくるなんて珍しいなあ。どうしたん?」

金ちゃんは、へへっと笑うと、とても明るい声色で言った。

「ワイ、今日誕生日やねん!」
「えっ」

私は絶句した。私は仮にも金ちゃんの彼女なのに、何にも用意していない。祝うどころか昼寝をしようとしていた。最悪や、私、最悪。と自己嫌悪していると壁に立てかけているカレンダーが視界に入った。

四月一日。エイプリルフール。

…はっはーん…。

流石の私もぴんときた。金ちゃんは間違いなく嘘をついている。参った。いっぱいくわされた。
嘘が苦手な金ちゃんが私を騙そうとうんうん唸りながら思いついたのが、“ワイ今日誕生日やねん!”…なんとまあいじらしいじゃないか。ここはひとつ、騙されてあげよう。

「そうなんやー!金ちゃんおめでとう!」
「おおきに!」
「それじゃあ金ちゃんまた明日な!」
「おん!バイバーイ!」

ピッと電源ボタンを切り、私はベッドに雪崩れ込んだ。さてと、寝ますか。私は微睡の中に意識を沈めた。

プルル、プルルルル。
携帯の着信音で目が覚めた。陽はすっかり落ちていた。携帯を見ると、 財前先輩からの着信で、驚きながら電話に出た。今日は珍しい人からめっちゃ電話が来るなあ。

「はい」
「明日遠山の誕生日のサプライズするから七時に部室って白石部長から」
「単刀直入に用件言いはりますね…それに部長はもうせんぱ…え?」
「やから、明日七時に部室」
「いや、そこちゃうくて、えっ、明日、誰の誕生日って」
「は?知らんかったん?遠山の誕生日やん」

さあっと顔から血の気が引いていく音が聞こえた。





すみませんと財前先輩からの電話を叩くように切り、金ちゃんの家まで走った。家から出てきてくれた金ちゃんはほっぺたに生クリームをつけながら、私を見て目をまん丸くしている。

「どないしたん?そんな慌てて、」
「ごめん金ちゃん!」

私は金ちゃんの言葉を遮った。

「私、金ちゃんが今日誕生日って嘘やと思ってっ、プレゼントも用意してへんくて…!祝えんくてごめんなさい…!」

ああ、言っていて、情けなくて、悔しくて、涙が出てくる。

前以て入念に準備をしたかった。手作りケーキやたこ焼きをふるったり、金ちゃんが好きそうな漫画をプレゼントしたりして、喜ばしたかったのに。

それなのに、私は。

ごめん、金ちゃん。本間ごめん。留まらない無意味な謝罪を繰り返していると、金ちゃんが私の目元の涙を救って、自分の口元に持っていき、舐めた。

突然の金ちゃんらしからぬ行動に、「き、金ちゃん!?」と驚きの声を上げた私に、金ちゃんはにかっと笑って、「甘いもん食ったところやからちょうどよかったわ。名前の涙、めっちゃしょっぱい!」そう無邪気に言った。私は恥ずかしさでただ口をパクパク動かすことしかできない。

「祝ってくれたやん。今日電話で」
「でっ、でもあんなん全然気持ちこもってへんし…」
「えーせやったん!?」
「ご、ごめん…」
「ぶー…。じゃあ今言って!それで許したる!」

ぷくーっと頬を膨らましてふくれっ面からの、にかっと八重歯を覗かせ た満面の笑顔。コロコロ変わる表情に自然に笑みがこぼれた。

子供っぽいかと思ったら、大人っぽかったり、乱暴者で我儘でちょっといらちで、けどテニスが大好きで、優しくて、太陽みたいな男の子。

「金ちゃん。お誕生日、おめでとう」

心からの気もちを、今度こそ、金ちゃんに届けた。

「…今度は気持ち、こもっとる?

「うん」
「…へへっ」

少し照れながら笑う金ちゃんが可愛くて、ふふっと笑ってしまうと、金ちゃんが「隙あり!」と突然声を上げた。えっと思う暇もなく、私は金ちゃんに腕を引っ張られ、頬にちゅっと唇を押し付けられた。

「プレゼント、いただいたで!」

悪戯が上手くいったみたいに得意げに笑う金ちゃんは、ゴンタクレの異名が合う人物だと、熱でうまく回らない頭で、そう実感した。





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