いまはまだ、幸せなうたをうたえない




丸井に彼女ができた。


白くて、細くて、ちょっと天然で、ほんわかした女の子。


私も丸井のこと好きだったけど、彼女さんはすごくいい子だし、丸井が幸せならそれでいい。ちょっと悲しいけど、別にいい。

丸井が、幸せなら。




「嘘つきは泥棒の始まりじゃ」

日誌を書く手が思わず止まった。顔を上げると、真剣な顔した仁王が私に視線を注いでいる。

「なにが、嘘なのよ」

「最初から最後まで全部」

仁王ははっきりと淀みなく答える。

仁王の自信たっぷりの物言いがカンに障り、私の眉間にシワが深く刻まれた。

「なんなの、あんた。何様なの。私の何を知ってんの」

怒りで声が、体が震える。


なんで仁王にこんなこと言われないけないの。

急に丸井に彼女できたことについてどう思うか、なんて聞いてきて。
だからありのままの本心を話したってのに。

そうだよ。私の本心だよ。

私は丸井と彼女を今ではちゃんと祝福してる。

そりゃあ最初はショックだったけどさ、いつまでも落ち込んだってしょうがないじゃん。お似合いだな、微笑ましいな、って見守って、時々囃し立てる方が楽で幸せじゃん。

なに勘違いしてんの仁王。

バッカじゃないの?

そうせせら笑ってやりたいのに、何故か頭の芯が熱くなり、涙が込み上げてくるのがわかる。

「おまんさん、そんないい子じゃないじゃろ」

仁王の真剣な瞳が私を射抜き、意地悪くニタリと笑う。


「いい子ちゃんなおまんさんといるとどうもむず痒くての。喚きんしゃい。泣きんしゃい」


『どうして私じゃないの?』って。


仁王がそう言った時、私をつなぎ止めていたものが切れ、嗚咽がこぼれ、とめどない涙が次々と流れ始めた。


本当は、ずっとずっと嫌だった。

彼女が、いい子でもなんでも腹立った。悲しかった。


私のがずっと近くにいたのに。

なんで、なんで、


「なんでえ…っ!」


こんなに、好きなのに。


「苦しいよ、におー…」


嗚咽混じりに言うと、仁王は私の頭を優しく撫で、何か小さく呟いたが、それは私の嗚咽に掻き消された。






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