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大好きですよね



 一虎が真一郎君を殺したからといって、母ちゃんは仕事だし、ルナとマナは腹をすかせる。

 場地が東卍をやめたとしても、わかんねぇことを尋ねてくる部員にはアドバイスする。

 時間が一秒たりとも止まらないように、やらなきゃなんねぇことは、待ってくれない。




「部長ー! 見てください! 会心の出来じゃないですか!?」

 部活中、昨日の出来事を思い返していると、脳天気な声が降って来た。見上げた先には能天気なアホ面が得意げにオレを見下ろしている。

「ここのボタンつけるの超むずかったんですよー! でもできたんですー! すごくないですかー?」

 ウサギのぬいぐるみを掲げた佐倉は、頭の上に花が咲いているような笑顔だった。

『失敗したら――殺す』

 昨夜のマイキーの肌がびりびりと痺れるような緊迫感とは真逆の間の抜けたオーラは、どっかの誰かさんを彷彿させる。昨日付でオレの隊に入ってきた金髪リーゼントのアイツ。

「…………オレの人生って変なやつに纏わりつかれてばっかだな……」

 ハハハ……と力なく笑うと佐倉は「部長最近ほんっっとにひどいです!」と憤慨してきた。それはオレも思う。けど毎日のように失礼なことを言われまくられる内に佐倉に他の子同様に優しく接することがアホらしくなり今は佐倉を八戒やタケミっちと同列に扱っている。女子に対してはかなり辛辣な対応だ。

「ぶ、部長、あのですね……! 昨日ママとクッキー作ったんです! ママが生地こねてわたしが型抜きしました! よかったらどーぞ……!」
「そりゃ安心。ありがとな」
「はい! えへへ……ん? なんかあの棘を感じたんですけども?」
「気にすんな。大丈夫大丈夫」

 だがまあ、優しくしなくていいという点においては、ある意味気楽だ。他の女子に佐倉のような雑な態度を取ったら三ツ谷君って結構冷たいんだねーと鼻白まれそうだが、佐倉になら多少雑な態度を取っていても周りも『愛だからなぁ』と納得してくれた。佐倉愛という後輩は、そんな風にいつも周りから多少軽んじられる存在だ。「部長がそういうのならまぁ……大丈夫なんですね!」とオレに言い包められている佐倉に、コイツ将来高い壺買わされそうだなと思う。佐倉は、うん、あほだ。

「ていうか、変な奴に纏わりつかれてばっかってなんです? も、もしかして部長ストーカーされてるんですか……!?」

 ストーカーはストーカーの自覚を持たないという説を聞いた事があるが、まさにその通りとは。まあ、佐倉も武蔵祭り以来ウザいけど常識の範囲内の行動ではある。今では集会に乗り込んだ事や連れてけと駄々こねたことが黒歴史らしい。ドラケンが刺された事を告げたら、『そんな時にホントにごめんなさい……!』と半泣きで謝られた。オレとしても年下の女子にキレた事を思い出すと居心地が悪くなる。『もうちょい言い方あったよな』と自戒したら佐倉は『いいえ!』と目を吊り上げた。

『そんな時に大人になる必要なんてないです! なっちゃ駄目です!』

 そう言われた時、胸の中に一拍の空白が流れ込んだ。

 今までの人生頼りにされる事ばかりで、しっかりした行動を取ったら喜ばれてばかりだったから、佐倉の言葉は肌馴染みが悪かった事を思い出しながら、質問に答える。

「あー…オレんとこに、変な新入り入ってきてさ」
「オレんとこって?」

 察しわりぃなと呆れながら「東卍のオレんとこの隊」と答える。佐倉は授業を聞いているような真剣な顔つきで頷く。大真面目過ぎる態度は逆に少し滑稽だった。

「変な新入りが何したんですか?」
「なんか急に新しく隊長になった奴ぶん殴ってさ」

 東卍の内情を佐倉の請われるままに話していることに気付くが、まあいいか流す。他の子になら族のごたごたを聞かせて悪いと慮るけど、佐倉なら、まあいいか。
 目を丸くして驚いている佐倉はいつもより更にアホ面になっていた。

「え、どしたんですかその人!?」
「わかんねーよだから変なんだよ」

 血相を変えて鬼気迫る表情で稀咲をぶん殴ったタケミっちを思い出したら、こめかみが痛み始めた。額に手を宛がってため息を吐いた。稀咲がいけ好かねぇ奴だってのは、わかる。アイツを三番隊の隊長に抜擢したマイキーの思惑の方がわからない。けど、更にわからないのは――。

「……なんで辞めんだよ」

 『本日をもって東卍の敵だ!』と不敵に笑う場地の考えだ。あまりにも不明瞭で、思考が読み解けない。ずっとつるんできたダチの考えを一欠けらたりとも理解できずやる瀬なさが募る。

「辞めた? 誰がです?」

 ……あ。気が緩むあまり場地の脱退まで口外しちまった。しまったと口をつぐんでももう遅い。佐倉は興味津々な顔つきでオレをじいーっと見ていた。……まぁ、コイツに言ったところでか。昨夜の衝撃と疲れで少し投げやりになっていたオレは「場地ってヤツ」と答えた。

「バジ……あー! あの三十人相手に勝った人! ……って辞めちゃったんです!? なんでですか!?」
「わかんねぇ。最近、おかしかったけど。や、前からおかしい奴だったけど、最近、マジで何考えてるかわかんなくて」

 場地は元々馬鹿で単純で、竹を割ったような性格だった。小学生でもわかる漢字を『わからねえ』とのたまい、読み方を教えたら『オマエ天才か!?』と臆面もなく褒めてきた。同い年の同性をてらうことなく素直に絶賛できる感性が眩しくて、羨ましかった。

 胸の奥がざわざわしている。正体不明の靄が心臓を巣食っていた。ドラケンが刺された時のように、得体の知れない不安が腹の底で蟠っている。

 どうにかしなきゃなんねぇ。けど、どこをどうすればいいかわかんねぇ。

「わり。暗い話したな。この話やめよ」

 暗澹たる気持ちが胸の中に広がっていくのを感じ、これ以上は聞かせるべきじゃないと理性が歯止めをかけてきた。いくら佐倉という超絶KY人間でも聞かせていい話題とそうじゃない話題がある。それに族のいざこざなど、聞いてても楽しくないだろう。鬱々とした気分を封じ込め、ニコッと佐倉に笑いかけると。

「部長、お家に帰った方がよくないですか?」

 大真面目に意味わからないことを言われた。

「………は?」

 場地もわからないが、目の前の後輩も何言っているかさっぱりわかんねぇ。訳が分からなさ過ぎて眉間に皺が寄ったのを感じた。しかし佐倉は「うん、そうです。帰った方がいいと思います!」と自分の言葉に納得したように頷いて、切々と言い募ってきた。

「なんでそうなんだよ」

 頭が痛い。何でオレって訳わかんねぇ行動取る奴ばっかに囲まれてんだよ。マイキーとか場地とかタケミっちとかが頭に次々と浮かび上がり最後は佐倉愛というKY後輩で締めくくられた。神様いい加減にしろ。

「部長って、友達の事大好きですよね」

 佐倉はすっとぼけた顔で、突拍子もない事を言い始める。

 大好き、って。綿菓子のようにふわふわとした甘い言葉とあいつ等を結び付けると、違和感しかなかった。うるせぇクソが殺すぞと暇さえあれば言うような連中である。ああ、でも。

『オレ、あいつの事大好きなんだ』

 寂しそうに笑うマイキーに、心臓が共鳴するように疼いた。

「大好きって、なぁ……」

 自分の胸のうちに素直に頷けない。大好き、って。苦笑いを浮かべながら言葉を濁すと、佐倉は言った。

「部長、友達の事、超超超超絶、大好きですよ。花火大会の日、友達の事話してる部長、すっっごく楽しそうでした。いつもよりテンション上がってました」
「……そうかぁ?」

 なんだか気恥しくて視線を逸らす。はぐらかすように言うと「そうです!」ときっぱりと宣言された。

「大好きな友達がいなくなったら、部活してる余裕、なくないですか? 部長は部長だから、まとめないといけないですし。お家帰った方がいいと思います」

 佐倉にしては珍しく、感情を抑えた淡々とした声だった。熱が出てるなら帰りなさいと告げる教師のような口振り。佐倉らしくない。少し呆気に取られたオレは気後れとまではいかないが『そこまで落ち込んでねーよ』という反論を出せなかった。

 というかオレに落ち込んでいる時間などない。場地が東卍抜けても、オレの世界は回る。朝早くから仕事に出る母ちゃんの為に朝飯作ってルナとマナに忘れもんねぇか訊いてマナを保育園に連れてって、いつも通り、やるべきことを、

「部長はいつも頑張ってるんですから、大変なときくらい、休憩しなきゃですよ」

 いつものあどけない口調。舌っ足らずな声。だけど一言一言に真摯な重みが込められていて、オレの胸の中に、すうっと染み込む。

 その時、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、やらねばいけないことが、頭から消えた。 

「……わたしもですね。部長と同じこと、あったんです」

 ……オレと同じ? 佐倉の何がオレと同じなんだろうか。共通点なんて同じ部活に入っていること以外ねーぞ。怪訝に思い眉をひそめる。
 けど、生きている限り人間は何かしら抱える。佐倉にだってなにかあるだろう。脳天気でミーハーな一年というフィルターをオレは知らずの内に佐倉に被せていたことに気付いた。ドラケンんちのヘルスの嬢たちの事情も顧みずに『ここにいたい』とほざいたガキの頃と同じ思考になっていた。

「……どんなこと?」

 ドラケンみたいになりたいてぇって思ってんのになぁ……。ドラケンは、ヘルス育ちだからかそれとも元々の本人の気質か、物事を上っ面で判断せず、オレの家出をガキのワガママだと流さなかったのに。まだまだだなと自戒しながら、佐倉に問いかけた。

 佐倉は下唇をきゅっと噛んで言葉を詰まらせながら、ウサギのぬいぐるみをぎゅっと握った。

「わたしも、小学校の時のいちばん仲良かった子と違う中学でぇ……! 離れ離れになっちゃったんです! もうもうもう! 超超超! 寂しかったんですううぅぅ……! 入学式の日とか、ほんっと、ほんっと寂しくて……! 夜毎日入学二日目まで毎日泣いてたんですよぉぉ……!」

 あ。おう。
 二日で終わってね? 結構早く終わってね? つか全然同じじゃなくね?
 ツッコミどころがありまくりの発言に、呆れというか清々しさを感じた。なんだろうこのある意味優しい気持ちは。そうだよな、オマエはそういうやつだよな……。

「寂しいですよね、友達と離れちゃうの……! わかります、超わかります……! うううう思い出すだけで泣けてきた……! 
 でもですね部長! 安心してください! わたし今度その子と遊ぶんですよ! この前勇気出して電話してみたら、わたしも愛ちゃんと遊びたかったんだーって言ってくれたんです! 渋谷でプリ撮るんです!」

 なんでそれがオレの安心に繋がる。もうどこからどう突っ込んでいいかわからないが、とりあえず「へぇ」と頷くことにした。

「だから部長もバジさんとまた遊べますよ! トーマンじゃなくなっても友達は友達なんですから、連絡したらまた遊べます!」

 佐倉は目を細めて「愛が保証します!」と何の根拠にもならない言葉を添えながら、大きく笑った。プリクラ用の取り繕った笑顔じゃないから、くしゃっと崩れている。

 誰のバイクが一番速ぇかとか一番早く下の毛が生えたかとかで争った日々が頭の中で流れる。あの時はそうだ、一虎もいた。明日も六人でバカやる日が待っているのだと、何の根拠もなく信じていた。

 マイキーが一虎を許す日は生涯来ないだろう。当たり前だ。オレだってルナやマナをダチに殺されたらダチと言えど、許せない。いや、ダチだからこそ、許せない。一虎を庇う場地にマイキーが今どんな気持ちを抱いているのかも想像するだけで胸が塞がれたように息苦しくなる。マイキーは敵には容赦しない。

 時間を巻き戻す事ができないように、もう、ただ馬鹿やっていたあの頃には二度と戻れない。二年前とっくに昔に折り合いつけていたのに。

 つけていたはずだったのに。

「ていうか中学違うのにずっと仲良いのいいですよねー! 超絶羨ましいです! ていうかていうか! 部長友達超多くないですか? マイキーさんとー、ドラケンさんとー、バジさんとー、パーちんさんとー、林先輩もですよね! 写メとかないんですか? わたし部長の友達見たいです!」
「ちょっと愛、アンタいつまで部長に引っ付いてんの!」
「ひえっ、大野先輩……!」

 興奮してきたのか佐倉の声はいつのまにかデカくなっていた。当然咎められる。大野さんに叱られて亀のように首を縮こませる佐倉は滑稽で、自然と口元が緩んだ。

 佐倉はオレ達の事情を何も知らないから、頭空っぽの理想論を掲げられる。芭流覇羅に入るということはオレ達の敵に回るという事だ。場地はもうダチじゃない。冷静に受け止めていたと、今の今まで、オレは思っていた。

 言い聞かせていただけなんだという事が、浮かび上がる。

 無理矢理抑え込んでいた気持ちが再び顔を出したところで、状況は何も変わってないんだから何にもならない。ただ、寂しいと言語化していいのだと太鼓判を押されたようで、胸の中に鎮座している重しがほんの少しだけ軽くなった。
 
 佐倉の言葉は机上の空論もいいとこの馬鹿げた理想論だ。一虎がマイキーの兄貴を殺したこととか、オレ達のことを何もしらないからこそ言える、赤の他人の言葉。何の効力も根拠もない。

 けど。

 ――『バジさんとまた遊べますよ』

「ううう……お邪魔してすみませんでした部長……あっあと! 無理しちゃ、」
「佐倉」

 呼びかけてから、ケータイを見せつけた。

「オレのダチ」

 相手チームをぶっ潰し、テンションが上がり過ぎて撮った時の写メを礼のつもりで佐倉に見せた。

 場地とまた馬鹿やれる。
 誰かに言ってほしかった言葉は、ウザめの後輩に言われても、結構嬉しかった。

 佐倉は目を丸くして、まじまじと見据えている。映っている奴等は一虎を抜いた創設メンバーだ。佐倉は食い入るように見据えてから「部長の友達、みんなすごい悪そうです!」と素っ頓狂な声を上げた。




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