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運命ですね!




「あ、部長!」

 野菜売り場でにんじんを選んでいると今最も苦手な人間の弾んだ声が、耳に流れ込んだ。嫌な予感を胸に顔を上げてソイツを確認する。案の定、佐倉さんだった。……さいっあく。内心げんなりとしながらも強張った表情筋を動かして「おう、佐倉さんじゃん」と笑う。

「こんにちはぁ! 部長もおつかいですか?」
「おつかいっつーか、普通に買い物」
「そうなんですかぁ! 愛、じゃなかった、わたしはおつかいです! ママにお菓子買っていいからって頼まれたんです!」
「へーそうなんだ」
「はい! ……あの! 部長のお家ってもしかして、今日、カレーだったりします……?」

 佐倉さんはもじもじしながら、飼い主の機嫌を窺う犬のように上目遣いで尋ねてきた。オレのカゴの中に入っている玉ねぎとじゃがいもから察したのだろう。ご名答。「あーうん」と答えると、佐倉さんはぱああぁっと顔を輝かせた。

「わたしの家もなんです! すごい! 運命ですね!」

 普通じゃね?
 今日の晩飯がカレーという家は山ほどいるだろう。何が運命だ……。げんなりするが「ははは」と笑って誤魔化す。

「じゃあ、」
「部長のお家のカレーは何カレーなんですかー?」

 ついてくんのかよ………。頭を抱えたいオレの気持ちなど露知らずに佐倉さんはヒヨコのように着いてきた。オレは親鳥か。チビだしガキだしでマジでヒヨコみてぇ。

「今日はチキンカレー」
「えっ、牛じゃないんですか!?」佐倉さんは目を丸くした。牛以外の選択肢があるのかと言いたげな顔だ。貧富の差を感じながら「うちは基本豚か鳥」と答える。

「へえぇー! オシャレですね!」

 何がオシャレなんだ。単なる節約だよ。
 佐倉さんは多分結構お嬢だ。前部室でカラーペンの蓋が開いてペンケースが汚れたからという理由で『新しいの買ってもらわなきゃあ』と言っていた。
 当たり前のように口にする佐倉さんを見た時、持てなくなるギリギリまで色鉛筆を使っているルナとマナが思い浮かんで――少しだけカンに障った。

 とオレに内心微妙に苛立たれている事を知らない佐倉さんは「部長ー!」と元気よく呼んでくる。

「ん、なに?」
「これ! 変じゃないですか!? 中濃ソースかっこウスターソースって書かれてるんです! 全然違うソースなのにおかしくないです!?」

 メモを見せながら「もうママったら!」と佐倉さんはぷりぷり怒る。確かに綺麗な字で中濃ソース(ウスターソースでもいいよ!)と書かれていた。メモ貰った時に一回確認しろよと呆れながら「あー。それはさ、」と教えてやる。

「中濃が見つかればそっちにしてほしいけどなければウスターでって意味だろ」
「………へ?」

 佐倉さんはぱちぱちと瞬きする。目を丸くしてオレを見詰めていた。この子料理しねぇんだな。ま、両親揃っているし母親専業主婦っぽいし、する必要ねえか。

「ほとんど変わんねぇから目についた方買えばいいよ。じゃ、」
「部長すっごい……! 超詳しいですね!」

 佐倉さんは目をきらきらと輝かせながら、オレを賛辞した。せいぜい一般の主婦レベルの知識をすごいと褒められても嬉しくない。ガキの頃から料理やっていた副産物の知識だ。

「んなことねえよ。大抵の奴知ってんだろ」
「いいえ! わたし知りませんでした!」
「そりゃ佐倉さんが料理しねぇからだろ」
「……も、もしかして部長って料理されるんです……?」
「凝ったモンは作れねぇけど、一応」

 佐倉さんの目の煌めきは更に増した。「すごーい!」と声を高めて絶賛してくる。いやだから褒められても……。当たり前すぎる日常を褒められても本当に嬉しくない。対学校の女子用のなるべく柔らかな物腰で接し続けていたが、パチパチと大きく拍手する佐倉さんに辟易し「いいって」と声が若干尖る。

「部長は謙虚ですね……! 素敵です……!」

 けど佐倉さんはオレの苛立ちに気付かずぽーっと見惚れてくる。なんなんだよこいつマジで。つーかいつまで着いてくんだ。







 ほくほくと頬を緩ませながら、くるぶしに羽でも生えているような軽い足取りで歩いていく。だってなんたって、今わたしの隣には部長がいるのだ。チラッと視線を上げた先に部長がいる事を確認してうっとりする。今日も大人で格好いい。

「佐倉さんちってどっちだっけ」
「こっちですー! 部長は?」
「………オレんちもこっち」
「えっ、そうなんですね!」

 部長はいつも部室を戸締りしてから帰るので、同じ時間帯に帰ったことがなかった。だからわたしは同じ部活に属しているというのに入学して三か月目にしてようやく、部長の家の方面を知る。新たな部長の情報を入手できて、昂揚感がブラいらずのぺったんこな胸を膨らませた。
 部長は「すげー偶然ー」と乾いた笑い声混じりにつぶやく。風邪引いているのかな? 「部長、飴舐めますかぁ?」とポケットからパイン飴を差し出したら「いい」と首を振られた。

「部長酸っぱいの嫌いなんですか? これ甘いですよ?」
「あーわかった。んじゃもらうわ」

 部長はそう言うと、わたしの手からパイン飴を取った。少し面倒くさそうで投げやり気味に聞こえたけど、多分わたしの気のせいだろう。

 だって部長はいつも優しい。何回も同じことを聞いても嫌な顔しないし笑顔でおはようとさようならを言ってくれる。木の棒を振り回さないし生活指導の先生に「髪戻せって何回言えばわかんだ!」と怒鳴られても「さーせん、物覚え悪いんで」と飄々と答えていた。けどそんなこと言いつつも、部長は頭が結構良い。物覚え悪いとか言いつつも、それなりの点数を叩き出しているらしい。
 大人で格好良くて優しいのにけして驕らない。暴走族に入っている点ですら、部長を引き立たせる魅力的なポイントだ。だって男子ってちょっと悪い方がかっこいい。敢えて穴開けてるんです的な、ダメージデニムのような格好良さ。

 つまり三ツ谷隆という二つ年上の先輩は、どこからどう見ても、360度全方位で格好いい。

 先生に髪色を注意されても不貞腐れて早口で反抗することなくさらりと躱し、周りから一目置かれている。
 一目見ただけでわかった。この人は誰からも馬鹿にされない。いつだってどんな時だって格好いい。

 だから、好きになった。

「部長、お祭り楽しみですね!」

 きっと部長も同じ気持ちだと何の疑いもなく話しかける。部長は「あー……」と煮えきらないうめき声を漏らしながら明後日の方向に視線を泳がし、それから何かを見つけたように視線を留まらせた。

「おにーちゃーん!」
「ホントだー!」

 ほわんほわんと部長とのお祭りデートに思いを馳せていると、鈴を転がすような可愛い声がわたし達に向けられた。

「ルナ。マナ」

 正しく言うと、隣の部長にだった。声の先に視線をやると小学生くらいの女の子と幼稚園児くらいの女の子が部長に向かって満面の笑顔で全力で走ってくる。目元の辺りが部長に少し似ているし何より呼び名がお兄ちゃんって事は。

「コイツ等オレの妹」

 部長は駆け寄って来た女の子たちに視線を合わせるようにしゃがみ込んでから、わたしに説明した。いつも見下ろされている部長に見上げられて、新鮮だ。
 部長はわたしから視線をすぐに外すと妹ちゃん達に向けた。「オマエらこの公園好きだな」と呆れながらも、その目は優しく暖かい。

「うん! ルナねー、逆上がりできるようになったよー!」
「マナもー!」
「マナはできないでしょー!」
「オマエら喧嘩したらカレー減らすかんな」
「やだー!」

 はあはあ、大きい方がルナちゃんで小さい方がマナちゃん……。部長は小さな妹ちゃん達を上手にあやしていた。妹ちゃん達はお兄ちゃんLOVEのようで、お兄ちゃんお兄ちゃんと甘え続けている。確かにこんなに格好いいお兄ちゃんだったらブラコンになるのも仕方ない。いいなぁ、お兄ちゃん。わたしは一人っ子なので兄弟の存在が羨ましい。てか部長がお兄ちゃんなのが羨ましい……。
 羨望からつい物欲しげに三人の仲睦まじい姿をじいっと眺めていると、不意に、妹ちゃん達の焦点がわたしに合わさった。視線が繋がり、わたしはビクッとたじろぐ。

 わたしは小さな子が苦手だったり、する。

 世の中は女子という生き物は無条件で子どもを可愛がるように捉えているけど、わたしは苦手だ。パパとママに『愛がいちばん!』と育てられたわたしは自分より小さく庇護せねばならない存在を見ると、どう扱っていいかわからなくなる。
 けど男ウケというものを考えるのならば『わたし小さな子大好き!』を全力でアピールせねばならないだろう。母性のある家庭的な女子なんですと。ママ曰く多かれ少なかれ男の人はみんなマザコンらしい。

 でも確かに家庭的というか包容力のある人っていいのはわかる。妹ちゃん達を包み込むような眼差しで優しく見つめている部長にきゅんとした。

 苦手克服チャレンジ! 進研ゼミが掲げていることを今こそ実践する時!
 小さな子に懐かれている愛を部長に見せつけて母性をアピールするのよ! と心の中の赤ペン先生も叫んでいる。

 ごくりと唾を飲み込んでから、部長の真似をしてしゃがみ込む。わたし的に優雅な笑みを浮かべる。

「はじめまして。わたし、佐倉愛。愛お姉ちゃんって呼んでね! ふたりともいくつかな?」

 妹ちゃん達はじーーっとわたしを見つめている。大きな方の妹ちゃん、ルナちゃんは静かに言った。

「子供扱いすんなよ、間抜け面」

 ぶっきらぼうな、取り付く島もない声で。

 全ての神経がピシッと固まって凍りついているわたしに止めを刺すように、小さな方の妹ちゃんが「間抜け面」と追撃してくる。

 わたしが小さな子を苦手な理由がもうひとつある。それは。

「ま、ま、間抜け面じゃないもん!!!」

 何故か全員わたしを馬鹿にしてくるからである。

「間抜け面だもん。ねー、マナ?」
「ねー」
「違うったら違う!」

 汚名を晴らすべく小さな子相手に全力で憤る。もう母性も家庭的もあるものか。ぐぉぉぉムカつくぅぅぅぅぅ!!

「バーカバーカ」
「バーカ」
「バカって言う方がバカなんですぅぅぅぅぅ!」
「……ぶっ」

 は……っ。涙目で声を荒げていると、わたしの隣で部長が噴き出していた。手の甲を口元に宛てながら抑えきれない笑いを噛み殺している。呆然としているわたしと目が合うと、「ブフォッ」と更に噴き出した。

「な、なんで笑ってるんですかぁーー! てゆーか部長どういう教育してるんですかーーー!」
「や、ごめ……。クククッ。ルナ、マナ、それはねーだろ?」

 部長は妹ちゃん達を嗜めているけど、声に力が入っていなかった。というか顔と声に面白がるような色がある。なんで! 妹が後輩に失礼な態度を取っているというのに!

「部長ー! もっとちゃんと叱ってください!」
「うるせー間抜け面」
「間抜け面ー」
「ブフォ……ッ」
「部長ーーーーーーー!!!!」





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