不器用なおくち
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「今日、お誕生日なんですか?」

お盆を両手で持ちながら目を丸くして問いかけると、土方さんが「ああ、まあな」と手短に答えてから、苛立ちながらポケットから煙草を取り出した。何故こんなに土方さんが苛立っているのかと言うと、先ほど、沖田さんが土方さんに「ハッピーバースディ、ひっじかたさーん」と真顔で斬りかかってきたのだ。土方さんが「総悟ォォォォ!!」とこめかみに血管が浮き上がるほど沖田さんに怒るのもすっかりいつもの光景。とばっちりを受けないように少し離れたところに立って生温かい目で見守りながら、沖田さんの発言を思い出して『…あれ?』と不思議に思ったのだ。

土方さんって今日お誕生日なの?と。

「わあ、そうなんですね。おめでとうございます」

もうそろそろ真選組の屯所で女中として働くようになって一年目。少しずつ皆さんのことが知られて嬉しく思っていっている中、今日またしても新しいことを知れた。自然とわきあがる嬉しい気持ちと、純粋に土方さんの生誕を祝う優しい気持ちで心が満ち溢れる。自然と笑顔が広がりながら祝いの言葉を述べた。

「別にこの歳になれば誕生日なんざ嬉しくもなんもねえよ」

ふうっと煙を吐き出すと、それは青空に吸い込まれるようにして消えた。土方さんは本当に捻くれ者だ。…まあこの辺りの男の人はみんなひねくれ者だけど。苦笑しながら「素直じゃないんだから」と言ったあと、空に目を遣る。五月晴れという名が相応しい名前をしている空に、大きな鯉が存在を主張するかのように泳いでいた。

「そうだ。少しお待ちください」

ぱんと小さく手を合わせてから私は立ち上がった。ああ?と不審げに私を見上げ乱暴な言葉を投げつけてくる土方さんに「楽しみにしててください」と悪戯っぽく笑ってみせる。

喜んでくれますように、とそっと祈りの言葉を小さく胸の内でひとりごちながら、私はそれを持ってきた。

「お待たせしました、土方さん」

土方さんの隣にそっと腰を下ろし、じゃじゃーんと茶目っ気たっぷりに言いながらそれを掲げた。土方さんは切れ長の瞳を数度瞬かせた。すっと鼻梁の通った形の良い小鼻がくんくんと動いた後、カッと目を見開かせた。

「おま…っ、これは…っ!滅多に姿を見せない鬼嫁マヨネーズじゃねーか…!!」

私の膝の上に置いてあるものはマヨネーズがたっぷりかけられた犬の餌に昇華したお団子だった。普通の味覚の人間ならげんなりするか顔を引きつらせるかのどちらかなのに、土方さんは目を輝かせていた。

「この前武蔵さんにいただいたんです」

「お前武蔵と交流持ってんの」

「私は土方さんと違ってお友達が多いんですよ?」

小首を傾げながら、ふふっと茶目っ気たっぷりに笑ってみせると、土方さんは悪役のように「言うじゃねーか」と口角を上げた。こんな笑い方をする人が警察のお偉方の方なのだから、この世は面白い。

「はい、どうぞ」

この世の面白さに思いを馳せながら、お団子の棒を持ち、土方さんの口元に向ける。「はい、どうぞ」とにこやかに笑いかけてから、少し呆けている土方さんに気付いた。

…あ。

「はしたないことを、」

無礼を働きすぎた。しかしそれとは違う羞恥の熱が頬に灯る。慌てて引っ込めようとするよりも、土方さんがお団子に齧り付く方が速かった。

棒を通して、土方さんがお団子を咀嚼していく感触が熱と伴に、しっとりと伝わっていく。手足の爪先まで、十分すぎるほどに。

土方さんの唇が棒から離れて、喉仏がごくりと上下するのを私はただ呆けながら見ていた。

ゆっくりと土方さんの目線がお団子から私に移って、その射抜くような視線に、ぼんくらな私はあっけなく囚われてしまう。

小鳥の囀りに、風が吹く音。子どもの楽しげな声が遠くから聞こえてくる中、私達は息一つしていないかのように静かに目と目を合わせあった。

先に動いたのは土方さんの方で、私からゆっくりと目を逸らしたあと、灰皿に手にしていた煙草を押し付けた。天井に昇っていく煙をなんとなく見つめる。どくどくとうるさく鳴く心臓とは対照的に水を打ったように静かな部屋で、震える唇に半ば無理矢理笑みを刻んだ。

「美味しかった、ですか?」

にこりといつものように笑えているだろうか。頬の筋肉が震えている。

「…まあ」

そう不明瞭な返事を寄越したあと、土方さんはごろりと寝転がった。大きな背中を私に向けているからどのような表情をしているかはもちろん見えない。でも、黒髪から覗く耳がほんのりと赤いのは見えた。

私はそっと残ったお団子を手に取った。マヨネーズがかけられたみたらし団子。すっかり犬の餌になってしまったそれにぱくりとかぶりつく。

「…まっずう」

口元を袖で抑えながら呻くと「アアン!?局中法度第45条マヨネーズ馬鹿にしたら切腹だぞコラ!!っつーかそれオレのモンなんだけど!?」と目を吊り上げた土方さんにものすごく怒鳴られた。



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