おしべとめしべ返り血に染まった隊服。埃と傷だらけの体。
「何見てんでィ。変態」
ふいに額に衝撃が走る。…すぐ、デコピンする。いつもならすぐに文句を言う私だが、今日は口を開いたら泣きそうだから、何も言えなかった。
「次、背中」
早口でそう言って、総悟を無理矢理後ろを向かす。
「ってェな。怪我人に対してもうちょい優しくできねぇのか」
「怪我しなかったらいいじゃん」
「俺ァ死ななかっただけまだ偉いでさァ」
『死ぬ』
私からしたらそれは、不慮の事故とかではないかぎり、きっと何十年後かに訪れるもの。
けど、総悟は。
いつ、それが起きても、不思議ではない。
今日起きたって、全然不思議じゃなかった。
死と隣り合わせ、ということは背中に残った無数の傷痕が証明している。
「…っ」
ちょっ、何、泣くな。なんで私が泣くの。泣くな泣くな泣くな。
何度も自分に言い聞かせるが涙は聞く耳を持たず、勝手にボロボロこぼれ落ちる。
「…お前、なに、泣いて、」
私の様子を不審に思った総悟が首だけこちらに向けていた。
私は慌てて涙を手の甲で拭い、慌てて総悟を無理矢理向き直させた。
「そっちこそ、勝手に後ろ向いてんじゃねーよこの変態!これは…その…!汗だ!!」
「お前はスラダンのゴリか」
「うっせ黙れコノヤロー!」
私は総悟を黙らすため、消毒液をたっぷり含んだ綿をギュウッと傷痕に押し付けた。
「ぎゃあァァァァ!!…ちょ、こっのクソアマァァ!!」
「ざまぁダブリューダブリューダブリュー」
「…てめーいつか絶対殺すからな。覚悟しなせェ」
「あーSは打たれ弱いからイジメやすいわー」
刺を含んだいつものやり取り。こういうことをしてる間は、総悟は真撰組隊長なんてことは微塵も感じられない。かなり屈折した十八歳のしょうもないそこらにいる男みたいだ。いやこんなサディストそこらにいないな。
「ほんと、絶対殺してやんでィ」
「いっやぁーん。か弱い乙女に殺す殺す殺す物騒〜」
「どこに乙女?え、どこ?前は無人だし後ろは男でさァ。え、乙女?」
「てめーいつかぶっ殺す」
「ほらやっぱりでィ。んな男みてえな口調の乙女がいるわけがねェ」
私はいつものように暴言を返そうとした、が。
「…ほんとに、男だったらよかったのに」
代わりに本音が漏れてしまった。
「は?」
「だって、私、口調と性格だけ男でも、一応体は女だからさ、」
次の言葉を口にするのは自分でも躊躇われた。
しかし、私は無理矢理明るい調子で言葉を続けた。
「役立たず、じゃん」
どんなにみんなのことが心配でも、私は総悟と同じ戦場には立てない。
無理矢理戦場に行ったとしてもお荷物にしかならないことは火を見るよりも明らかだ。
せいぜい、“女”の私にできることは雑用と簡単な手当ぐらい。
自分に、反吐が出る。
「生まれ変わりとかあったら、私絶対男に生まれるんだ」
「無理」
間髪入れずにバッサリと総悟は切り捨てた。
あまりにも唐突だったから面食らってしまった。
「な、なんでだよ!」
「お前がいなかったら、誰がこのきったねえ隊服洗うんでィ」
総悟は血まみれになったスカーフをひらひらさせた。
「…そんなの、誰にだってできるじゃねーか」
「こんな血まみれになったの、そこらの女じゃ白目剥いて倒れらァ。
あとあの尿まみれの厠を掃除できんのはおめーくれェだろ」
「ほんとあそこ汚ェんだけど。またウ〇コ流れてなかったんだけど。っつーか総悟お前手洗った?」
「…それから「おいこら話すり替えようとすんじゃねーぞ」
「チッ」
「チッじゃねェェェェ!!」
怒りながらも、私の心に先程よりは晴れていた。
総悟はいつもこうやって、私が落ち込んでいたら、不器用ながらも、私を慰めてくれる。
冷たく見えるけど、心の根っこは暖かい奴。変な性癖があるけど。
そこから言葉が途切れた。
だが、別に気まずくはない。
腐れ縁だけあって沈黙が気まずいということはもうなくなった。
総悟、ずいぶんでっかくなったなァ。
昔は私と同じくらいだったのに。
「とにかくお前は女のままでいいんでィ。間違っても、性転換手術なんかすんじゃねえよ」
「なんでそこまで総悟は私が女であることに固執すんだよ」
私がそう言うと、総悟は首だけこちらに向けて「いつか教えてやらァ」と意地悪く、ニタリと笑った。
おしべとめしべ
三年後、私は総悟に孕まされたことによって、私が女であることに固執していた理由を知る。
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