Extra:それでいいよ




 ヒーローはすべからく平等だ。
 救けたい人、救けたくない人と分類をするなどもってのほか。
 ただ、救ける。それだけだ。
 
 それだけのことだ。










「実は私、大事な息子さんと…焦凍くんとお付き合いさせていただいてます!」
「知っている」
「ですよね大変驚かれたと思…………んん!?」

 広く豪華な応接間に案内された私はテーブルを挟んだ向こう側でショートのお父さんと向かい合い、そして、驚きで変な声を上げていた。
 今日、私はショートのお父さんの事務所にやってきた。理由はただひとつ。ショートと付き合っている事を伝える為だ。
 ショートは箱入り娘ならぬ箱入り息子。ショートのお父さんはショートに過剰な教育を施し、ショートが付き合う人間も徹底的に選別してきた。特別派手でもない日常生活を少し便利にする程度の個性持ちの私はもちろんショートのお父さんのお眼鏡に叶わず、疎まれ、今まで何度か関わるのをやめろと釘を刺された。
 けど、体育祭の一件を経て、ショートのお父さんは少しずつ変わっていったとショートから聞いた。実際に私がストーカー被害に遭った時、私の事を『俺の息子の大切な友人』と言ってくれたし、今までの態度を謝ってくれた。
 だけど友だちならまだしも付き合っている相手となったらまた考えは別だろう。ちゃんと挨拶をしたい。ショートに、ショートのお父さんに挨拶したいんだけどと約束を取り付けようかと思ったけど、『そんな必要はない』と突っぱねられそうな気がした私は、エンデヴァー事務所に『ショートの事でお話があります』と電話を掛け、今日、ショートのお父さんに忙しい時間の合間を縫って、会ってもらった。

 そんな人間が大事な息子と付き合っている事を知ったらショートのお父さんは面白く思わないだろう。
 そう、思っていたのに。
 ショートのお父さんは平然と「知っている」とお答えになられた。

 口をパクパクさせながら「え……知って……いる……!?」とショートのお父さんの言葉を繰り返すと、ショートのお父さんは眉を潜めながら少し鬱陶しそうに「だから知っていると言ってるだろうが」と返してきた。

「焦凍から聞いた」
「え、ショートから……!?」
「ああ。『一応言っておく。俺は明と付き合っている。明は俺の大事な人だ。変な事言ったら許さねえ』とな」

 恥ずかしいほどストレートに私への愛情をショートのお父さんに真顔で告げるショートの様子が簡単に頭の中に思い浮かび、カァーッと熱が急上昇する。いやすごく、すごく嬉しいんだけど……! 照れる………!

「なに百面相している」
「え、あ、ええっと、今嬉しいやら恥ずかしいやらで感情がジェットコースターになっておりまして、えへへ、あはは、うふ、へへへぇ」

 駄目だ…! ショートのお父さんの前だというのに気持ち悪い笑いが止まらない…! 何とか表情筋を正そうとする私をショートのお父さんは真顔でじっと見つめていた。やばい、本当にはやく止めないと……! 下唇をぎゅっと噛みしめ笑いを堪えようと踏ん張る私からショートのお父さんは視線を逸らし、ぽつりとつぶやいた。

「君こそ、いいのか。焦凍と深く関わるということは、否応なしにウチ≠ニ関わることになるぞ」

 ウチ≠ェ何を指すのかわかると、自然と笑いが止まった。
 ウチとはショートのお父さんの家族、ショートの家、つまり、轟家の事。

「焦凍から聞いてるか、燈矢の事」
「少し、聞いてます」
「そうか」

 ショートのお父さんは独りごちるように呟くと、押し黙った。私も言葉の接ぎ穂が見つからず口を噤む。

 ショートは四人兄弟だった。一番上のお兄さんはショートと私より八つくらい年上で、当時はとても大人に見えた。
 一度、私がショートの家で迷った事がある。ショートの家は広くてトイレからショートの部屋までの帰り道が幼い私にとっては迷路のように思えた。
 もう二度とショートに会えないんじゃないかと泣きべそをかいてる時だった。

『どうしたの?』

 不思議そうな声に釣られて顔を上げると、水色がかった綺麗な白髪が視界に入ってきた。
 ショートのお母さんによく似た目元をしたその人は、私に視線を合わせる為にしゃがみこんだ。

『焦凍の友だちだよな? なんで泣いてんの?』
『わ、わかんなく、なっちゃった、ショートの、お部屋』

 嗚咽を漏らしながらつっかえつっかえに答える私にその人はぱちくりと瞬いてから、笑った。

『連れてってやる。俺に助けてもらった事覚えておいた方がいいよ。俺、将来1ヒーローになってるからさ!』

 私の不安を晴れやかにするような、そんな笑顔だった。心細くて委縮していた心がほどけるように柔らかくなり、私も釣られて頬が緩んだ。

 ショートの一番上のお兄ちゃんと私の唯一の記憶。それからは後にも先にも一回も関わることはなかった。

「………いつか、マスコミに俺がしでかした事を嗅ぎつけられるかもしれん。全部俺が蒔いた種だ。俺が非難の的になるのは当然だ。だがきっと、子供たちにも…特にヒーローを目指す焦凍にも火の粉が降りかかるだろう。その時、焦凍の恋人である君のプライベートも、」
「ショートのお父さん」

 俯きながら、悔いるようにボソボソと呟いていたショートのお父さんは私が声を掛けると、私に焦点を合わせた。力強く猛々しい瞳が萎れたように弱っている。
 この人は家族の事になると本当に不器用だ。大切だからこそ、どう触れたらいいのか、わからなくなるのだろう。
 だから今もこんなお門違いな事を言っているんだ。

「そんなこと、どうでもいいです」

 ショートの彼女である私の事を大切にしたいと、思ってくれているから。

 ショートのお父さんは目を点にして固まっていた。その顔立ちが少しショートに似ていて、思わず笑みが漏れる。唇を緩ませたまま、私は言葉を続けた。

「…あの、これ、ショートには内緒にしてほしいんですけど、実を言うと、私、アンチスレ持ってます。ショートの彼女だってことどういう経緯からかバレてて、一度怖いもの見たさで見たんですけどブスのくせにとかしょぼい個性のくせにとか出っ歯とか腕が太いとかすっごい悪口かかれてます。半泣きになりましたね、あはは……」
「何………!? 今すぐ書き出し元を割り出して、」
「わーーいいですいいです! もう鼬ごっこだし! 多分ショートが素敵な限り永遠になくならないんで! それに! ほんとにそこまで気にしてないんです! 仕方ない事なので!」
「仕方なくないだろう!」
「いえ! ほんとに仕方ないんです! だって、あんな素敵な男の子と、付き合えてるんですから!」

 ショートのお父さんの大声に負けないように声を張り上げてから、自分がさっきから恥ずかしい発言をまくし立てている事に気づき、顔が熱くなる。だけどどれも紛れもない本音だ。

「ショートはこれから、ますます人気者になると思います。強くて見た目が良いってのもありますけど、何より、優しいですから。そんなショートの彼女になる子がどんな子が品定めしたくなるのは仕方ないし、別にこれといって突出したものがない私だったら、そりゃ、面白くないと思います。
 けど、」

 言葉を区切って、息を吸い、そして吐く。ショートのお父さんに目を合わせながら、一言一言に私なりの真摯さを籠めて告げた。

「私もショートみたいに立派になって、私のアンチしてる人達のひとりだけでもいいから、私の事認めてくれるように…頑張ります! だから、大丈夫です!」

 いつかのショートのお兄ちゃんのように、歯を見せて笑ってみせた。ショートのお父さんは呆然としたように口を開けてから、眩しそうに目を細めた。眉間に寄っていた皺が少しほどかれていつもの精悍さを少し失い、気の抜けた表情になる。
 少し、ショートに似ていた。 

「って、本題からずれた! まあつまりもう流出済みだから更に流出しても問題なしって事です!」
「明さん」

 何急に宣言し出しているんだ私…! 慌てて話題を軌道修正しようとしていると、ショートのお父さんに初めて名前を呼ばれて固まる。私の名前知っていたのかという驚きで目を見開きながらショートのお父さんを見つめた。視線が繋がり合ったまま、ショートのお父さんは真っ直ぐに私を見据えながら、厳かに言った。

「これからもショートの事を、よろしく頼む」









 エンデヴァー事務所を出た後、私は友達と会う約束を立てていた。最近出来立てのパンケーキ屋でご飯を食べる予定だ。そのお店はショッピングモールの中に入っていて、私はショッピングモールの真下で壁にもたれながら友達を待っていた。約束の予定より早く到着した私はスマホを取り出して、ショートの写真を眺め、心の中で語り掛けた。
 ねえねえショート。私、ショートのお父さんによろしく頼むって言われちゃったよ。ふふ、うふ、ぐふ、えへへぇ。駄目だ、ニヤケが止まらない……!
 手でにやける口元を覆いながら必死に唇を噛んで笑いを噛み殺していると、甘ったるい声がふわりと漂うように、鼓膜の中に滑り込んだ。

「その人の事、好きなんだね?」

 ぎょっとして声の方向に顔を向けると、ツインテールの女の子が興味深そうに私のスマホを覗き込んでいた。私の視線に気づいた女の子は目が合うとニコッと笑いかけてきた。
 な、なに、この子。
 私が呆然としている間に女の子は顔を斜めに傾ける。私の瞳を覗き込むように、顔を近づけてきた。

「それで、この人みたいになりたいって思ってるんでしょう?」
「えっ」

 な、なんで何から何までバレてんの……!? というかこの子誰……!?

 疑問だらけで頭の中がぐるぐるしている私に、女の子は答えを用意してくれた。

「目を見たらわかるよ。私のお友達と、同じ目をしてるもの」

 金色の瞳が細められると、まるで、蛇のようだった。私は睨まれた蛙のごとく、息を呑んで固まる。全身が、ぴりぴりと麻痺しているみたいだった。

「あなた、お名前は?」
「……えっ、えと、常野明……」
「明ちゃん! カァイイお名前! 私とお友だちになりましょう!」

 邪気のない笑顔で手を差し出されて、つられて私も手を差し出すと、きゅっと握られた。ひんやりと冷たい、小さな掌だった。

「あ、来ました! ではでは!」

 女の子の待ち人が来たらしく、女の子は私からぱっと体を離すとあっという間に雑踏の中に消えていく。細身の男の人の隣でなにやら楽しそうに喋っている。男の人はフードを被っていてどんな人かわからなかった。

 な、なんかすご……。ていうか私ってそんなわかりやすいのかな……。
 うーんと首をひねって自分の感情表現の発露具合を考え込んでいると、名前を呼ばれた。見ると友達が私に向かって手を振っている。私も手を振り返し、友達に駆け寄った。

「お待たせー! 明早いね! 待った?」
「ううん、大丈夫ー! ……ねえ、私ってわかりやすい?」
「何藪から棒に」












 くるぶしに羽が生えているような足取りで、少女は軽やかに歩いていた。恋の話はいつだって楽しい。誰が好き? どんな人なの? 恋の話をするだけで知らない子ともあっという間に打ち解けられる。

「機嫌いいな」
「はい! またお友だちが増えました! 私と同じ、恋する乙女です!」

 甘ったるい声で恍惚に浸る少女の話を青年は黙殺する。愛や恋は青年には響かない。愛情等で己の心の渇きが消えない事を知っているからだ。
 愛しているから。お前のことを想って。
 おきれいな言葉を並べて、自分が本当に欲していたものから目を逸らし続けていた両親に、教えてもらった。

「そういえば、写真の男の子、確か雄英で見た気が。あの半分の髪の毛、見覚えがあります」

 青年は歩みを止めた。もしかして、と頭の中で閃きが宿る。胸がどくどくと高揚で高鳴っていた。青年は知っている。こういう時の自分のカンは、よく当たる事を。逸る気持ちを抑えてポケットからスマホを取り出すと、いくつか操作をした後、少女に画面を見せつけた。

「お前のお友だち≠チて、こいつか?」

 あまたにあるスレッドの中から、貶める言葉と共に少女の画像がアップロードされていた。少女はは目を輝かせて大きく頷く。

「荼毘くんも明ちゃんのこと知ってたんですね!」

 荼毘と呼ばれた青年は頷いた。継接ぎだけの皮膚に酷薄な笑みを、満面に広げて。


「ああ、よく知ってる」






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