13 さよならまでの距離を知る
ショートへ。
ショートに手紙を書くのは初めてだね。柄にもなく緊張してます!笑
ずっとずっと言えなかったことがあるんだ。
声に出して話したら、私、泣くかもしれないので、それは超絶ウザいので、手紙にしました。LINEにしようかなーと思ったんだけど、LINEって『既読』ってつくじゃん? 多分私、LINEだと既読ついたかついてないか気になって、スマホずっと見ちゃうから手紙にした笑
なかなか本題に入らなくてごめんね。ちゃんと、書きます。
ずっと言えなくて、ずっと言いたくなくて、ずっと言いたかったこと。
今こそ、ちゃんと、ショートに伝えます。
「あ、あのさ、明」
「ん?」
頬杖を突きながら『涼しくなったなぁ』と窓の外を見上げていると、友達に恐々と呼ばれた。目を左右に彷徨わせながら「よ、呼ばれてるよ」と続ける友達に違和感を覚える。だけど、友達の向こう側から発される圧≠ノより、何故友達が怯えているのかわかった。
な、なんで。
友達の背後。ドアの付近に、彼は立っていた。
眉と目を斜め二十度ぐらいに吊り上げた爆豪くんが猛々しい目つきで私を睨みつけていた。
「な、なに?」
へらりと笑いながら出迎えると「あ゛?」と凄まれた。
「人に聞く前にテメェでまず考えろやこの三下モブが!!! 最近テメェがやらかした事を胸に手ェ当てて考えろ!!」
「私が…やらかしたこと…? ……消灯時間過ぎても起きてたこと?」
「知るかカスが!!! お前が不眠症でも俺は痛くも痒くもねぇんだよ勝手に徹夜しとけや!!」
「いや別に徹夜までした訳じゃ、」
「半分野郎の管理はテメェの仕事だろうが!!! ちゃんと万全にさせとけや!!!」
「半分……野郎………って、」
まだ入寮する前、ショートと通学していた時の事が頭に過った。昇降口で爆豪くんに出くわし、ショートが『爆豪、おはよう』と挨拶すると。
『っせぇ話しかけんな半分野郎!!! 舐めてんのか!!!』
爆豪くん、無茶苦茶な理屈を吹っかけてたな…………って。
え。
「ショートがどうかしたの!?」
今初めて話しているのに恫喝のように話を進めていく爆豪くんへの戸惑いは、ショートの話題が昇ったことにより瞬く間に霧散した。身を乗り出して問いただす。
「どうしたもクソもあっか!!! お前がちゃんと管理してねぇから舐めプに更に磨きがかかってんだろーが!!! あの野郎、本調子じゃなかったから仮免取得できなかったみてぇな空気醸し出してんだよクソが!!! なんでお前アイツを絶好調にしとかねえんだよ!!!」
「仮免!? ショートが!? 落ちたの!?」
「んなことも知らねぇのか!!! 放棄してんじゃねえよ!!! いいか! ちゃんとアイツの調子元に戻しとけよこのクソブリーダー!!!」
「え、ちょ、待って、」
「っせぇ話しかけんな!!!」
爆豪くんは言いたいことを全て言い終えたらしく、踵を返し、肩を怒らせながら去っていった。クラスメイトはぽかんとしながら私を見つめていた。少し間を置いてから、友達が駆け付けて「大丈夫?」と心配してくれる。
だけど、私を気遣う声は耳から耳を通り抜けていく。雄英の入試試験に軽々と合格し、体育祭でも二位を受賞したショート。プロよりも強いと評判されてるショート。そんなショートが、仮免に落ちた。
どうして。なんで。胸が塞がれたように息苦しくなって、思わず胸元を掴む。
ショートと話さなくなって、1ヶ月は経っていた。
ショートがいなくても息はできるし普通に笑える。時折どうしようもなく寂しくなっても、少しじっとしてれば時間とともに薄らいだ。きっといつか、プロヒーローとして活躍するショートがテレビで映ってても『懐かしいなぁ』と笑って過ごせるだろうと、思っていた。幸せでいてくれればそれでいいと願える境地に至り始めていたのに。
どうして。なんで。なにがあったの。
泣くのを必死に堪えている小さなショートが、頼むから気を回すなと懇願するショートが、脳裏に交互に浮かび上がった。
ヒーロー科の寮に立ち寄ってみたものの、ただ、見上げることしかできず、私は途方に暮れていた。
1ヶ月以上話をしてないショートに仮免落ちた理由を問いただすのはデリカシーに欠けるし尚且つ気まずい為憚られた。
こんなことならこの前緑谷くんか飯田くんの連絡先聞いておけばよかったなぁ。ふう、と溜め息をついた時だった。
「常野さん?」
男子にしては少し高めの声が私を呼ぶ。振り返ると緑谷くんが私を不思議そうに見ていた。
「緑谷くん!」
「どうしたの? 見上げてため息ついてを繰り返してたけど…」
天の助けだと思った。私は目を輝かせて緑谷くんに駆け寄る。A組の誰かからショートの様子を聞きたいと思っていたけど、緑谷くんが出てくるとは運が良い。緑谷くんとは喋った事あるし、私とショートの関係性を説明する手間が省けるから訊きやすい。あのね、と口火を切ろうとした時だった。
………ん……?
ふと、どこからか視線を感じた。もやつきを含んだ不安げな眼差しが私に向けられている。視線をたどっていくと緑谷くんを越えた向こう側に、視線の持ち主が立っていた。
丸顔の可愛らしい女の子が、焦燥感と不安感を瞳に宿して、私を見ていた。
あ、なるほど。
「緑谷くんも隅に置けないなぁ」
「え?」
「やっぱいいや! 大丈夫!」
はてなマークを頭の上に浮かべて何が何だか…と言った表情の緑谷くんに「ばいばい」と手を振った。丸顔の女の子の隣を通り過ぎる時に、彼女にだけ聞こえるように呟いた。
「大丈夫。私、緑谷くんのこと、そういう感じで好きなんじゃないから」
丸顔の女の子はきょとりと瞬いてから、リトマス試験紙のように顔を赤くしていった。
「ちゃ、ちゃう!」
「大丈夫大丈夫〜! 私誰にも言わないから!」
「ちゃうねんって!」
丸顔の女の子が必死になって私の肩を掴んだ時、足元がふわりと宙に浮かんだ。私の体はゆっくりと空中に舞い上がっていく。丸顔の女の子が呆然と、私を見上げていた。
「おお、おおおお〜〜!」
「わーーーー! ごめんなさいーーー!」
丸顔の女の子は麗日お茶子ちゃんという名前だった。どこかで見覚えのある子だと思っていたけど、ようやく思い出した。体育祭で爆豪くんと試合していた女の子。攻撃に特化した個性の持ち主の爆豪くんに必死に食らいついている麗日さんに、ヒーロー科の女の子は知能も根性も私とは違うなぁ、と思ったものだ。
だけど、今の彼女は。
「ほんっとうに、ごめんなさい……」
土下座しかねない勢いで、私に頭を下げていた。
「大丈夫だってばー。空中に浮けて私も楽しかったし!」
「うううう…面目ない…」
しゅんと萎れて落ち込んでいる様子は、ヒーローというよりも普通の女の子だった。まだ恐縮している麗日さんに「何回謝んの」と笑う。浮く事が出来て本当に楽しかったのに。
「ていうか、麗日さんに急にあんな事言った私が悪いよ」
初対面の人間に恋心を指摘されたのだ。動揺してしまうのも仕方ない。好きな人が自分の知らない女の子と話しているのを見てモヤモヤしている麗日さんに共感し、勝手に親近感を覚えて、余計なお節介を働いてしまった。
あんな事≠ェ何を指しているのか察した麗日さんは沸騰したようにボンッと顔を赤らめさせた。
「チャウチャウ! チャウンヤ!」
「片言!」
しゅうしゅうと湯気を上げながら片言で否定を繰り返す麗日さんに爆笑していると、麗日さんはむうっとまるい頬を膨らませた。私をじとりと睨みながら「そんなん言うけど」と恨めし気に言う。
「常野さんこそ、そうやん」
「え」
「轟くんのこと、好きでしょ」
そう言われた瞬間に息が詰まって、時間が止まったような気がした。
頬を持ち上げたまま硬直している私を、麗日さんは驚いたように凝視している。あ、やば、なんか反応しなきゃと思うのに、掠れた息を吐く事しかできなかった。
今まで誰にもショートへの想いを教えた事はない。独り言として呟く事すらなかった。だから第三者に初めて事実として突き付けられ、衝撃が脳髄を震わせて、私はショートの事が好きなんだと思い知らされる。
オールマイトを見ている時の憧れに満ちたきらきらの眼差し。お蕎麦を食べている時は、無表情の中に喜びが滲んでいる。バレンタインの時は机の上に置かれていたチョコを落とし物と勘違いして、先生に届けていた。ただ傍にいることしかできない私の長所をたくさん言ってくれた。
優しくて、少し天然で、やっぱり優しい、私の大好きな男の子。
涙がぽろり、と零れ落ちて慌てて拭う。喉奥から込み上がる熱い塊を必死に押し止めた。息を吸い込んでから笑顔を浮かべて、呆然としてる麗日さんに「ごめんね」と謝った。
「何急に泣いてんのコイツって感じだよね。私の涙腺、最近バグちゃっててさ。そうだね、私、ショートの事が好き」
さりげなく言ったつもりだったのに思いを言葉にすると胸の奥はぎゅうっと強く締め付けられたように痛んだ。
ショートの事が好きだと心はずっと叫んでいる。だから、どうしようもない。思いが消えるまでやり過ごす事しか私にはできない。
「だけど、もう、やめんの。迷惑掛けちゃうだけだから」
麗日さんは大きく目を見張らせた。口を半分開けて、固まったように私を凝視している。
「やー、そんな見つめられちゃうと照れるな〜」
頬を包み込んで大袈裟に恥じらいのポーズを作る。遮られた視界の向こう側から、躊躇いがちな息遣いが聞こえた。
強い気配を感じ、掌を除ける。意を決したような凛とした面持ちの麗日さんが、真っ直ぐに私を見ていた。
「好かれて迷惑とか、轟くんは思わんよ」
真摯な光を宿した視線が眩しくて、私は薄ら笑いを貼り付けたまま視線をそらし「ショート、優しいもんね」と苦笑を返した。
「でも、重荷にはなっちゃうよ。明俺のこと好きだったのかって吃驚するだろうしどうやって私と話せばいいかわからなくなるだろうし、私を振るの、エネルギー使うだろうし。ヒーローになろうとしている時にそんなことに時間を割かせたくないよ」
「常野さんは、轟くんが『迷惑になるから気持ちを伝えないでおこう』って思ってたら、どうするの」
考えもしなかった質問を投げかけられ、息が詰まる。ショートが私を好きな可能性など一回も考えたことなかった。だって、明白だからだ。私が隣にいてもショートの苦しみは消えなかったし、他の女の子とは違う特別な対応も取られた事ない。ショートは、誰にでも優しい。
ありもしない夢のようなもしも話を持ち掛けられ、胸が苦しくなる。「そんなの、ないよ」と途切れ途切れに呟いた。
「もしも話よ。立場が逆やったらさ」
麗日さんはふっと頬を緩めて、誘うように言葉を続ける。
「逆、だったら……」
もしも私がヒーローを目指していて。ショートが自分では釣り合わないと引け目を感じ、気持ちに蓋をして、距離を取っていたら。
離れたところで私を眩しそうに見つめるショートを想像してみたら。
「……………悲しい」
胸の奥が粉々に砕け散ったように痛んだ。
「……私ね、デクくんへの気持ち。今しまってるの。私不器用やから、ヒーローと…恋愛とか、そういうの、両立できひんと思うし、そんなのかっこ悪い。デクくんとは全然違う」
麗日さんは言葉を濁しながら、途切れ途切れに、思いを形にしていく。笑顔を浮かべているけど、不安な事が伝わってきた。
私は本当に馬鹿だ。ヒーロー科というだけで超人のように思っていた。隣でショートが私と同じように、悩んだり苦しんだり笑ったり姿を見てきたのに。
誰だってみんな、将来や好きな子の事で悩んで、模索して、生きていくんだ。
「だけど、なくそうは思わん。今はしまってるけど…心のどこかで、嬉しいって思ってるから。素敵な男の子を素敵に想える自分の事は…結構、好き」
麗日さんは「な、なんちゃって」とおどけて笑う。だけど私は麗日さんの言葉に目から鱗が落ちたような思いで、うまく反応が取れなかった。
ショートへの気持ちを、私はいつもひた隠しにしていた。友達にも相談した事ない。ショートに知られたら迷惑になるからと、自分の気持ちが漏れないように、必死に隠していた。
私にとって恋とは叶わないもの、隠すもの。ショートを好きになった自分の事を分不相応な身の程知らずだと蔑んでいたくらいだ。
だけど、仕方ない事なんじゃないだろうか。
少し天然で、責任感が強くて、口下手で、可愛くて格好いい男の子。
そんな人を好きになってしまう事は、しょうがないことで、誇りに思う事なんじゃないだろうか。
胸の中にショートへの想いが更に募っていく。好きで好きで大好きだ。恋心は膨れ上がるばかりで歯止めを知らない。ショートの事知りたい。爆豪くんにショートの不調を告げられた時よりも、強く思う。
「麗日さん、あの、最近のショートの事、教えてくれない? 仮免落ちたって、聞いて」
真剣に問いかけると麗日さんはきょとりと瞬いてから「うん!」と大きく笑った。
麗日さんは丁寧に教えてくれた。
簡潔にまとめると、試験会場に、ショートのお父さんに嫌悪感を持っている男子に『エンデヴァーの息子』という理由で絡まれて、ショートはお父さんと同一視され頭に血が昇り視野が狭まって、救助の試験をうまくこなせなかったそうだ。
ショートとショートのお父さんを同一視する男子に苛立つショートは見てないけど鮮明に思い描ける。ショートは結構喧嘩っ早い。聞きながら「あちゃあ」と額に手を当ててしまった。
「そうだったんだね…話してくれてありがとう。……ん? でもそれって私関係なくない…? 私、爆豪くんに私がショートの管理をちゃんとしてないからショートは仮免に落ちた的な事言われたんだけど」
麗日さんは「何やってるんやあの人!」と目をひん剥かせた。ため息をひとつ吐き、「んーとね…」と言いづらそうに口をもごつかせる。
「麗日さん、言って。私、何言われても大丈夫だから。ショートの事、知りたい」
私なりの誠意を籠めて頼むと、麗日さんは一泊の間を置いてから「うん」と力よく頷き、話してくれた。
◆
仮免の不合格者にも救済措置があると聞き、私たちはわあっと盛り上がった。「やめとけよ? な? 取らんでいいよ気楽にいこ?」と轟くんに力なく後ろ向きなアドバイスを送った峰田くんは「なんだよなんだよ…」と不貞腐れている。
「峰田〜、ノリ悪いぞー!」
「だって轟ずりィじゃん! 落ちても彼女に慰められんだから平気だろうが!」
「彼女?」
轟くんがきょとんと首を傾げると峰田くんは「しらばっくれんじゃねー!」と怒号を飛ばした。
「寮に入るまで彼女と一緒に通学してたのを俺は見てたんだからな! 普通科の髪がこんくらいの長さで明るい感じの可愛い子! ふざけんな! なんだよぉ、なんでそんな全部持ってんだよォ、ふざけんなよォォォォ…」
「峰田怖いぞ」
嫉妬の化身となった峰田くんに私たちは若干引きながらも、「彼女じゃねえよ」と返す轟くんはいつも通りだった。だけど、あれ?
私は轟くんの整った顔を凝視する。少し、悲しそうに見えたからだ。
「それでも女子と一緒に登校してんだろうがよォォォォ、ふざけんなよォォォォラブコメの主人公かよォォォォ、絶対一回はお風呂でドッキ「いい加減にしろ」
響香ちゃんが峰田くんにコードを突きさし、強制的に黙らせた。
「轟ー、峰田のことは気にすんな。コイツ、嫉妬の化身だから」
「そうそう。お前ならすぐなんとかなるって」
「ああ。すぐに追いつく。……でも、そうだな、」
轟くんはぽつりと呟いた。小さな声なのに、それは私たちにとてつもない衝撃を与えた。
「明に会いてェな」
A組全員一気に硬直した。「そ、それって、」と先ほどまで轟くんを慰めていた切島くんと上鳴くんが面食らっているのを押しのけて、強い好奇心を瞳に宿した三奈ちゃんと透ちゃんが「それってどういうことー!!!」と食って掛かる。透ちゃんの顔は相変わらず見えない。だけど絶対、めちゃめちゃ興奮している。
「明って普通科の髪がこんくらいの子でしょ!」
「なになに! やっぱ落ちた後は慰められたいの!」
「ド直球や…」
ズバズバと言いたいことを言い聞きたいことを聞く二人に私は思わずツッコミを入れる。だけど轟くんは臆することなく「そうだな」と頷いた。キャーッと女子の間で黄色い悲鳴が上がる。男子は「え?」「は?」と戸惑っていた。男女の違いやね、と思いながら眺める。
「いいじゃん、慰められちゃいなよ〜!」
「駄目だ」
轟くんは透ちゃんの提案をきっぱりと断り、臆面もなく言う。
「俺は未熟だ。明を守れねえのに会いたいなんて言えねえ」
恥じることなく堂々と言う轟くんに、梅雨ちゃんが「あらあら」と微笑ましげに目を細め、百ちゃんが「まあ!」と感激しながら頬を赤らめた。爆豪くんは信じられないものを見るような目つきで凝視していた。
「麗日さん、なんだか今俺は妙にむずがゆいんだが…」
「多分それ今全員思っとる……」
こそこそと飯田くんと内緒話をしていると、デクくんが一歩前に進み、轟くんの前に立った。
「常野さんは未熟とか、そんな風に思わないよ。彼女は君の事、いつも、ただ、すごく心配してる」
「……知ってる、そんなことは」
轟くんにしては珍しい、険のある声だった。本人も声の尖りに気づいたのか「あ」としまったと言いたげな表情を浮かべた後に「悪ィ」とばつが悪そうに謝る。
「またやっちまった。ほら駄目だ。すぐ八つ当たりが出る。…だから明は緑谷には言えること、俺には言えない。さっきだって周りが見えなくなっていた。こんな頼りねェままで、明の前に立ちたくない。
これは、俺のケジメなんだ。
…心配してくれたのにわりィ、緑谷」
「い、いやいや僕こそ差し出がましい発言を…!」
轟くんはもう一度デクくんに謝り、デクくんが轟くんに謝るというループが始まった。二人を他所に、轟くんの幼なじみ談義で私たちは盛り上がる。
「彼女じゃないけど、そういうことだよね? 完璧そうだよね?」
「つーかよくわかんねぇけど今喧嘩してんじゃね? だから仮免も落ちたんじゃね?」
「ああ!? 半分野郎また舐めプしたってことかコラァ!!!」
人の恋路が面白くて仕方ないお年頃の私たちが話に花を咲かせている間にデクくんと轟くんの謝罪ループはピリオドを打たれたようだった。
轟くんの感情の籠った呟きが、風に乗って耳の中に舞い込む。
「明と話してぇな」
寂しげで切なげで、轟くんのそんな声を聞いたのは初めてだった。
◆
「ってまあ、こんな感じかな。轟くん、常野さんに本当に会いたが……、常野さん?」
喉の奥が焼けるように熱い。体は戦慄くように震えて、足元から力が抜けた。堪らず、その場で蹲ると麗日さんの慌てふためいた声が降ってきた。
「大丈夫!? どっか悪いん!?」
ふるふると首を振って否定する。体調は万全だけど気分は最悪だった。自己嫌悪で死ねるのなら私は今死んでいる。自分が憎くて情けなかった。
ショートは私の事を友達として大切に想ってくれている事をちゃんと理解していたのに、頼りないと誤解している事を知っていたのに、
私は自分の醜さをショートに知られたくない一心でちゃんと説明しないまま日々をやり過ごした。誤解が解けないままでも華々しい未来へ進んでいくショートは私の事など忘れてしまうだろうと高を括っていた。
なんて浅ましいんだろう。なんて身勝手なんだろう。なんて、馬鹿なんだろう。
私と喋れなくて、ずっと寂しがってくれたんだ。
そう思うと愛しさが体中を駆け巡り、苦しくて、息をすることもままならなかった。
頼りなくなんかない。未熟なんかじゃない。
会いたいよ、私も、会いたい。
会いたくて話したくて傍にいたくて元気づけたくてだけど駄目。
今会ったら、泣いてしまう。
「う、ららか、さん」
「うん、私ここおる! 大丈夫!? 先生呼んで、」
「呼ばなくて、いい」
喋る度に熱く湿った息が喉元を震わせた。下唇を噛んで、顔を上げる。心配そうに私を見つめる麗日さんに、笑いかけた。
「話してくれて、ありがとう。踏ん切り、ついたよ」
今までなあなあにやり過ごしてきた。
叶わない事を知りながらも完璧に退路を断ち切ることは怖くて、ショートを困らせたくないという名目で、気持ちを告げずにいた。
だけど本当は、怖かったんだ。
困らせたくないのも本当だけど、思いを形にして、傍にいられなくなることが何よりも怖かったんだ。
ショートが私の隣からいなくなるその日までは傍にいたいと、その日≠先送りにし続けていた。
本当に終わりにしよう。
長い長い私の恋に、終わりを告げる覚悟を胸に、私はシャーペンを走らせる。
さよならまでの道筋を、私は今度こそ本当に、辿っていく。