はじめて恋をした記憶 | ナノ


新開と堀田さんが付き合い始めたと聞いた時、「今日ってエイプリールフールだっけ?」と首を傾げた。マジだった。堀田さんに対して失礼極まりないがオレは正直こう思った。

新開、何か弱みでも握られてんのか、と。


堀田さんは今オレの隣の席だ。生物の教科書を盾にして何やら雑誌を読んでいた。気付かれないようにして視線をちらっと向けると『男子がすきな女子の仕草!これをやればイチコロ!!』と、でかでかと掲載されている見開きを真剣に読みふけっていた。ふむふむと頷いている。ウワァー…と、正直引いた。女子だって男子が『これをすれば女は絶対落ちる!女がすきな男の行動!』という特集を真剣に読んでいたら引くだろ。それと同じ原理だ。ウワァー…堀田さんウワァー…。合コンでも彼氏が欲しいです!と声高々に宣言したらしい。ウワァー…。

堀田さんのことは別に嫌いではない。あまり喋ったこともないから嫌いになりようがないが。基本的にぼけーっとアホ面を晒しているが友達といる時はテンションが高い。それと、新開といる時。隼人くん隼人くん!と犬のように駆け寄っている姿を何回も見た。堀田さんが新開のことをすきなのは明白だ。まあそりゃそうだろう、だって新開隼人はイケメンで性格もいいもの。去年、新開とオレは同じクラスだったのでヤツがどんなやつかはまァ知っている。イケメンでモテるのに気取ったところがないし時折さらっと零す毒舌がえげつなくて面白いし、優しいし、オレが女だったら新開のこと好きになっていたと思う。

インハイに出場できるイケメン(ファンクラブあり)と、ちょっと男子から引かれている地味な女子が付き合う。うん。うん。

…うん。

「なるほどお〜」

感心するように紡がれた小さな声のあとに、キュッとマーカーを引く音が続いた。…ウワァー…。

…やっぱり、弱み握られてるんじゃ…?

男の状態でも新開のことがライクとして大好きなオレは、大好きな友人が苦しんでいるのかと心配になり。

「なんか悩み事あったらオレに言えよ…!?」

次の時間、新開のクラスに突撃することにした。

「…え、なに、急にどうした」

女子のように大きなく瞳をぱちぱちと瞬かせた後、新開は笑いながら問いかけてきた。チックショーかっこいいな来世オレが女に生まれたら付き合ってくれ。オレは切羽詰まりながら新開の肩を掴んだ。

「なんか…なんかあるだろ…!?」

「なんかってなんだよ」

「こう…!弱み握られてるとか…!」

「んー。あーでも夏に弱み握られてたなあー。やーあんなに調べられてるとは。すげーわアイツ」

目を見開いてカタカタと小刻みに震えはじめたオレの前で、新開はアハハと呑気に笑いながら「あ、夏のことだから」と手を振った。夏…?夏は堀田さんとまだ付き合ってなかったよな…?どういうこっちゃ。

「堀田さんと新開って夏はまだ付き合ってなかったよな?」

「ああ。その頃は美紀知らなかった」

「いつ知り合った?」

「秋に尽八に会ってくれって言われてさ」

東堂からの紹介か…!!チッと舌を鳴らしたくなる衝動を必死に抑える。もっと良いの紹介しろよ…!!お前なら可愛くて性格の良い子何人でも知ってんだろ…!!東堂の時も、東堂があの子のこと好きなんだろうなと気付いた時も意外に思った。え、お前派手好きなんじゃねーの?と。ブスってわけじゃねーけど。東堂の彼女になる女子ってもっと東堂と同じレベルの女子だと思っていたから、吃驚した。まァ、東堂があの子にベタ惚れなのは空気から伝わってきたので付き合い始めたと知った時は「おめでとさーん」と祝ったけど。

「今日のお前百面相してておもしろいな」

けらけらと楽しそうに笑っている新開は今日もイケメンだ。滅多なことでキレねーしマジ良い奴。オレが調理実習で砂糖と塩を間違えた時も「まァ、食いもんは最終的に全部ウンコになっからさ。気にすんな」とウインクをしてくれたあの日のことを昨日のことのように覚えている。女子も「も〜やだ新開くんったら〜」とシナを作っていた。

「お前ほんっとイケメンだよなあ」

「藪から棒にどうした。なんもやらねーぞ?」

「いやもう、顔も心もイケメンだなあって。オレが女だったら惚れてたと思う」

「サンキュー」

「新開さーそんなに彼女欲しいんなら言えよー。あんなんよりもっと良い女子紹介すんのにさー。言うの遅いんだよって話だけどさー」

呆れながらそう言うと、新開の笑顔が強張った。緩やかに細められていた瞳が徐々にすうっと見開かれていく。何故か新開の周りの空気が固くなっていった。突如流れてきた暗雲のような空気に目を白黒させていると、新開が口を開いた。

「あんなんよりって、なに」

「え、」

「あんなんって、なんだよ」

固い声音でそう言う新開の眼窩にはふつふつと怒りが燻っていた。オレはコイツがキレたのを一回も見たことがない。冗談でもキレたことがない。何を言われたって涼しい顔で笑っている。その新開が今、キレている。まさかキレられると予想だにしていなかったオレは「あー、えっと」と薄笑いを浮かべた。

「じょ…冗談だって冗談!そんなマジになんなって!!」

頭皮から噴出した冷や汗が背中を伝っていく。ヤバイ。すっげー怖い。普段キレないヤツがキレると、怖ェ。口の中がからからに渇いていく。激しい動揺の波にさわられていく中、なんとか笑顔を作って少しでも空気を穏やかなものにしようとする。が、新開はそんなオレの甘さを許さなかった。

「…マジになるに決まってんだろ。好きな子のこと馬鹿にされたんだぜ」

新開の瞳は針のように鋭かった。

ごくりと唾を呑みこんだ時、「隼人くーん!」とこの場に似つかわしくない能天気な声が響き、堀田さんが新開の腰回りにタックルしていた。

「美紀」

張りつめられていた空気がほんのりと緩やかなものになった。堀田さんのことを呼ぶ新開の声音は、先ほどの殺伐とした怒りを孕んだ声は何処へ、暖かく穏やかなものに変わっていた。堀田さんは新開の腰に抱き着きながらひょっこりと顔を出して「あのねー、今日…」と途中で言葉を区切った。怪訝そうに首を傾げながら問いかける。

「隼人くん、なんか怒ってる?」

え、気付いた。

アホっぽさそうな堀田さんが新開の怒りに気付くとは思わず、驚きで目を僅かに見張らせる。新開も同様に一瞬目を見張らせたが、すぐにまた瞳を緩めて堀田さんの頭を無言で撫でた。

オレはこの瞬間まで、新開はなんとなく堀田さんと付き合っているのだと思っていた。堀田さんは新開という超大物をゲットして舞い上がっているだけのミーハーで、新開は恋愛に執着するようなヤツじゃないから暇つぶしに堀田さんと付き合っている。そんな関係だと思っていた。

でも実際は。

「美紀」

「なーにー?」

「人気のないとこでいちゃつこーぜ」

「…ん!?」

「ストレス貯まっててさ」

「は、隼人くん、や、藪から棒な…わー!人さらい!スケ…ドテカボチャ!!」

「すげー言われよう」

オレに一瞥もくれず、真っ赤な顔で恥ずかしがっている堀田さんをずるずると引っ張って行く新開の背中を見ながら、新開ってキレるんだ、とぼんやりと思ったあと。

…これって…。

もしかして…。

新開に…。

…嫌われた…!?

深い絶望が津波のように襲い掛かってきた。オレは絶望という名の津波に攫われ、放課後まで苦しむのだった。

放課後、教室で雑誌を読みながら唸っている堀田さんを見つけるまで。

「堀田、さん?」

新開にキレられるわ忘れ物するわ今日は厄日だ…と絶望に覆われながらふらふらと教室に戻ってくると、堀田さんが自分の席で雑誌を開けていた。オレが呼ぶと、堀田さんは顔を上げた。「おお〜」と、ひらひらとオレに向けて手を振る。

「…その雑誌、授業中も読んでたよな」

「ばれてたか…」

「隣の席だからバレるもなにもなくね?」

「ふふふふ、そうだね。今日幸子ちゃんと依里ちゃんとケーキ食べに行くんだけど、二人とも掃除だから待ってるの。勉強しながら」

「…勉強?」

堀田さんの机の上にあるのは、どう見てもただのファッション雑誌だった。首を傾げると、「あのねえ」と、堀田さんは口を開いた。

「わたし、隼人くんと付き合うようになったの秋だから、隼人くんの大会見に行ったことないんだー。それで、東堂くんに土下座して隼人くんの大会のDVD見せてもらったの。土下座した時東堂くん慌てながら『そんなことしなくても見せるから!』って慌てて面白かったなあ。そう、それでね。隼人くんすっごくかっこよくてね。で、何回も見たんだけど、隼人くんのこと応援してる女の子達、みーんな可愛くて、」

みんな、可愛くて。
繰り返し、堀田さんは呟いた。少し、寂しそうに。

「…、お母さんがね!釣った魚に餌はやり続けないといけないのよ、って言っててね。うんうんって思って、隼人くんはほんとに良い彼氏だから、わたしも良い彼女になれるように頑張ろうって思って!とりあえず男子は浅倉南ちゃんに弱いってここに書かれてたから隼人くんに甲子園に連れてって頼もうと思ってて、」

堀田さんは寂しさを押し隠した後、べらべらと『良い彼女計画〜目指せ南ちゃん〜』をまくし立てた。

馬鹿だな、と思った。

浅倉南ちゃんになれる女子なんてそうそういないし、ていうか南ちゃんがやるから可愛いのであって南ちゃん以外の女子がしたって腹立つだけで、っつーか甲子園と新開なんの関連があんだよ。馬鹿だな、堀田さん、マジで馬鹿だなあ。

…新開のこと、好きなんだな。

あー、ほんと、馬鹿だ。

そんなことしなくても、アイツ、堀田さんにベタ惚れだよ。

「…堀田さん」

「なあに?」

「男が女子にされたら喜ぶ行動、教えてやろっか?」

そう言うと、堀田さんはガタッと席から立ち上がった。

「お、お、お願いします…!!」

必死に頼み込んでくる堀田さんが面白くて、少し笑ってから、オレは言った。





ひとさじの恋がここにあり

「新開くんほんとーにすみませんでした…!」
「…オレに謝られても」
「ちゃんと堀田さんにも謝りました…!だからこれからもオレと友達続けてください…!」
「…ぷっ、オレお前のそういうところ好きだぜ」
「し、新開…!」
「あ、そうだ。美紀になんか吹き込んだだろ」
「あ、うん。せめてもの罪滅ぼしにと…」
「オレほんとお前のこと好き」



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