はじめて恋をした記憶 | ナノ



(おとなのはじまりの後日談)




「重い?」

「重い。腕もげそう」

「ええ!!そ、そこまで…!!おり、」

「嘘」

すっかり陽が沈みきった。怪しげなネオン街を通り抜けて出たところは一般的な店が並ぶ通りだった。当然、周りの人間もたくさんいて奇怪なものを観る眼差しをオレ達に向けていた。何故かと言うと、オレが美紀を背負っているからだ。行為後、美紀は普段の半歩しか股を開けなくなってしまい、そんな小さな歩幅では帰宅するのに何時間もかかってしまうのでオレが背負うことにした。背負おうか?と訊いたら、目を白黒させてから頭を抱え始めた美紀は『正直おんぶされたいけど…う…っ、どうしよう…!』とぶつぶつ呟きながら懊悩していた。

『彼氏におんぶされんの憧れてたんじゃねえの?』とからかいながら訊くと、美紀は目を見張らせて『よくわかったね…!』と驚いていた。


オレに嘘を吐かれた美紀は「もう!」と小さな憤怒の声をあげた。

「美紀だってオレに嘘吐いたんだからお相子だろ」

「うっ」

美紀は苦しそうに呻いた。オレの肩を掴んでいる美紀の手に力が入る。何やら口の中でごにょごにょと呟いてから恐々と訊いてきた。

「…ほんとに重くない?」

「重くない重くない。去年後輩が熱中症で倒れた時背負ったんだけどさ、あれに比べたら軽い軽い。えーっと、アイツ確か60キロつってたからじゃあ美紀の体重は…、」

「わー!!駄目!!計算!!駄目!!」

背負っているからわからないが美紀は顔を羞恥で赤く染めているのだろう。想像に容易い。ごめんごめん、と笑いながら謝ると美紀が恨めし気にくぐもった声で呟いた。

「なんか隼人くん、今日、意地悪」

頬を膨らませて、唇を尖らせているのだろう。見えないけどわかる。こう言ったらこういう表情をするんだろう、ということが少しずつわかってきた。そのことがたまらなく嬉しくて口元が緩む。

「まだ気にしてんの?」

返ってきたのは無言という肯定。今まで散々我慢に我慢を重ねてきたオレは、美紀が笑顔で無邪気に言い放った『わたしにしたいこととかしてほしいことがあったら何でも言ってね!』を言質に、ちょっとやりたい放題した。

「やんやん喘いでたくせに」

「は、隼人くんのアンポンタン!!オタンコナス!!」

美紀後ろからオレの頬をぎゅーっと引っ張ってきた。結構痛い。痛いけど面白くて、嬉しくて笑ってしまう。隼人くんのエッチ!と隼人くんのスケベ!!はオレが喜ぶから言わなくなった。非常に残念極まりない。

美紀はオレの頬から手を離し、「隼人くん」と、ぽろりと落とすようにしてオレを呼んだ。

「わたし達、見た目、なんも変わってないね」

…エッチしても。

恥ずかしげに呟かれた一言は、夜空に溶けていった。

「そうだな」

「処女膜破れても、なんも変わんないんだね。外もいつも通り。地球はいつも通り。わたしにとっては地球がひっくり返っちゃうくらいすごいことが起こったのに」

繁華街を抜けきると、一気に人が消えた。暗い夜道に電燈と皓々とした月の光が差している。

「わたし、中学生の頃処女じゃなくなったら一気に大人になるんだろうなって思ってて。まあ、高校入ったら少しずつ脱処女する子が増えてきて、その子達が何も見た目変わってないのを見て、あー別にそんなんでもないかな?と思ってたら、幸子ちゃんがいつのまにか脱処女してて…」

「あー」

「隼人くんも知ってたんだ」

「尽八いじるのすっげえ面白かった」

「わあ!面白そう!いいなあ! …あ、それでね、わたしほんと吃驚しちゃって。股裂けちゃうんじゃないかってぐらい痛かったって聞いて、なんかもうすごいなーって、自分がそういうことするのとかほんと想像できなくて、」

美紀は楽しげな口調から一転して、突然火が消えたように押し黙った。

「…わたし、彼氏ができたらしたいこととか、えっ、ち、だって、隼人くんがしたいならとか、そんなこと言ったけど、全部、隼人くんとだからしたいって思ったんだよ」

風に吹かれたら消え入りそうな小さな声が、体に染みわたっていく。肩に置かれた美紀の掌から伝わる温度が熱い。少しの間、なんともいえない沈黙が流れた後、美紀は照れ臭そうに締まりない笑い声をあげながら体を摺り寄せてきた。

美紀を背負っていて、良かったと思う。
頬が尋常じゃないほどの熱を持っている。胸が圧迫されているみたいに苦しい。口元がむずむずと震える。

背負っていて、本当に良かった。

「…大人になっちゃったなあ〜。家族と眼ぇ合わせづらいなあ」

「確かにな。…オレもなんかちょっと眼合わせづれェ」

「ねー。わたし隠し事があると笑っちゃうんだよね、ふふふって」

「あ、オレも。隠してるとなんかだんだん面白くなってきてさ」

「隼人くんも?やったあ、おそろい!」

そうやって、とりとめのない会話をいつも通りする。会話も、美紀の弾んだ明るい声も、空気が抜けるような笑い方も、オレも、いつも通り。

まァ、そんなもんだろう。人間がセックスしたぐらいで地球が変わっちまうのなら、今頃地球は滅びている。

「は、隼人くん」

「なに?」

美紀はコホンと咳払いをしてから、上ずった声で言った。

「つ、月が、き、き、綺麗だね…!」

「え、あー、うん。そうだな」

見上げた月はさっきと同じく白く輝いていて、冴えた月影はほとんど満月に近くて、美紀の言う通り確かに綺麗だった。

「…い、意味、わかってない…だと…!?」





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