はじめて恋をした記憶 | ナノ


東堂くんはとてもヤキモチ妬きだ。束縛とかはしないらしいけど、すぐにヤキモチを妬く。幸子ちゃんは、年下は男女問わず可愛がる。なので、幸子ちゃんが真波くんという一年生に『オレ今日寝坊しなかったんですよー』と言われ、『わあ、頑張ったね!』と頭を撫でながら褒めていたら、そりゃあもう心底面白くなさそうな顔をしていた。

隼人くんはヤキモチ妬くのだろうか。
ふと降りてきた疑問。うーんと首を捻る。東堂くんのように、ヤキモチ妬いてる隼人くん。正直言って、あまり想像できない。想像を頑張って続行していると、ぐつぐつと煮込まれたビーフシチューが鼻孔をくすぐった。おお、もういいだろう。わたしは火を止めて、お玉でビーフシチューを掬い上げた。







小さな世界征服


あ、と口から声が勝手に漏れていた。だって、ここにいるはずのない見知った顔がいたんだから、しょうがないと思う。目を丸くして目の前の少年を見上げる。ガヤガヤとうるさい食堂の中に、わたしの声は埋もれてしまいそうだった。

「違う学校の子じゃなかったの?」

うげっと顔を歪ませている彼にそう言うと、うなじに手を回しながら、気まずそうにわたしから目を逸らした。わたしの目の前にいる少年は、わたしが全くモテなかった合コンでご一緒した少年。××高校三年と自己紹介していたのに、なんで箱学にいるんだろう、と興味津々の目で見つめていると、彼は面倒くさそうに説明してくれた。

「あー…年下だと、なんっつーか…下に見られるかなーって思って。堀田先輩もオレもお互いのこと同じ学校なのに知らなかったし、箱学でけーし、先輩アホっぽ…、ボケッとしてるし、誤魔化せっかなーって思って」

彼は、片山くんはハハッと何かを誤魔化すようにして笑った。わたしは目を見開いた。今、片山くん、わたしのこと。わたしは、片山くんに詰め寄って、シャツをぎゅうっと握った。片山くんは驚愕で目を見開いた。動揺で揺れている瞳を覗き込むようにして、下から見上げた。

「え、どうし、」

「今、わたしのこと堀田先輩って呼んだ?」

「あ、はァ、まァ…」

狼狽えている片山くんは意味を為さない言葉を羅列していた。わたしの瞳に輝きが宿る。わたしは、中高ともに部活に所属したことがない。なので、先輩と呼ばれたことがない。なので、今、わたしは先輩と呼ばれて、とても嬉しい。へらっと頬が緩んだ。

「ありがとう〜!わたし、先輩って呼ばれてみたかったの!」

「はあ…」

「そっかあ〜、先輩かあ〜、や〜困っちゃうなあ〜。そっか、きみはわたしの後輩なのか〜」

「まァ…そーゆーことになるッスね…先輩は同じ学校の年上ですし…」

「先輩…!ふふふ〜、では堀田先輩がこれからきみを存分に可愛がってあげよう〜!」

「はァ…」

「美紀ちゃん、席確保できた…って、あれ、誰?その人?」

「おお依里ちゃんー!わたしの後輩だよー!」

高校三年生にして、初めての後輩。後輩、後輩。先輩って後輩にどうすればいいんだろう。たしか、隼人くんは後輩くんを可愛がっていた。新開さん!と子犬のように隼人くんに駆け寄ってくる後輩くん。優しく『ん?』とほほ笑む隼人くん。その25メートルぐらい後ろで『いいなあー』と指をくわえながら見ているわたし。ちょっと怖いよ美紀ちゃん、と依里ちゃんに恐れられた。

大好きな彼氏を見習って、後輩を可愛がろう。わたしは現文の授業中にそう固く決意したのだった。

「かったやまくーん!次体育なの?」

「かったやまくーん!これ新しいシュシュなの!かわいいでしょ!」

「かったやまくーん!わたしの友達がお菓子作ってきてくれたんだけど、ひとついる?」

そう。大好きな彼氏を見習って、わたしは後輩である片山くんを猫っ可愛がりした。片山くんはわたしに狼狽えながらも『はァ…、次体育ッス、堀田先輩』と対応してくれる。しかも先輩呼びしてくれる。とても嬉しい。先輩かあ、嬉しいなあ、とふふふと笑うと、そんな嬉しいもんスかねえ、と呆れたように笑ったあと、カレーの玉ねぎを掬い上げて、口の中に放り投げた。ガヤガヤとうるさい食堂の中へ紛れないように、元気よく言葉を返す。

「嬉しいよ!わたし、堀田先輩って呼ばれるの初めてだもん!」

「なんも部活入らなかったんですか?」

「うん。家庭科部とかあったら入って、味見係になりたかったんだけどねえ〜」

「ぶっ、味見係。堀田先輩らし…ってマジで先輩呼びされたら嬉しそうに笑いますね」

「うん!」

にっこりと笑いかけると、片山くんは「変な人」と目を細めた。おお、これは少女漫画だとあれですな…。恋の始まりですな…。だ・け・ど。わたしはもう二度と同じ失敗を踏まない。隼人くんに面白いって言われて告白したら見事にフラれたあの日の苦い記憶がよみがえる。あの頃、厳密に言えばわたしは隼人くんに恋愛感情は持ち合わせてなかったのだろうけど、それでも隼人くんにフラれたという記憶は薬のように苦くて仕方ない。良薬は口に苦し、なんて言うけど。

「…先輩?」

少し顔に影が差していたらしい。片山くんが心配そうにわたしを見ていた。はっと我に返る。駄目だ駄目だ。後輩に気を遣わせるなんて、先輩失格だ。わたしは「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしてた〜」と、なんてことのないように笑ってみせる。なんとなく、片山くんのお皿に視線をずらす。目を見開かずにはいられなかった。

「片山くん」

年上のお姉さんらしい、きりりとした厳かな声を真っ直ぐに伸ばす。片山くんは突然雰囲気の変わったわたしを不審に思いつつも「…はい?」と返事を返してくれた。いい子だ。

「片山くん、きみはニンジンが嫌いなんだね」

お皿の隅っこに集められたニンジンが、それを証明していた。眼光を鋭くして睨みつける。片山くんは「あー…ハハハ」と誤魔化すような薄笑いを浮かべた。

「だめでしょ、ちゃんと食べなきゃ」

可愛いけど、とても可愛いけど。甘やかしているだけでは駄目だ。わたしは飴と鞭を両方兼ね備えている女なのだ。どちらかだけでは教育は成立しない。

「いやマジでこれは許して下さい」

「進研ゼミのように苦手を克服する時だ」

「いやいや」

「もお、駄々っ子め。ちょっと貸して」

え、と間抜けた声を漏らす片山くんから乱暴にスプーンを奪い取って、ニンジンをかき集めて、片山くんの口元に持っていく。

「ほら、がんばれ」

昔太一にピーマンを食べさせた時のことを思い出すなあ…。びえええんと泣きわめく太一…口の中に無理矢理突っ込むわたし…。懐かしいなあ…。しみじみと思い出に浸っていると、片山くんが何故か動揺していた。わたしは嫌いな食べ物がないからわからないけど、嫌いな食べ物があったら人は動揺するらしい。わたしは膝に手を置いている片山くんの掌の上に掌を重ねた。ぴくっと震える。年下だけど、手は大きい。

「片山くん、良い子でしょ。がんばれ」

目を真っ直ぐに見据えて、はっきりと言うと。片山くんの頬にほんのりと朱が差した。こくり、と頷いた後ぱくっと頬張る。よっぽど嫌いなのだろう。涙目になった片山くんに水を勧め「よしよし、よく頑張った」と頭を撫でてあげる。片山くんは手の甲で口元を拭い、目玉を泳がせていた。うーん、可愛い。先輩がプリンでも奢ってやろう、と言おうとした時だった。

「美紀」

大好きな声で名前を呼ばれたのは。
ぴーんと背筋を張らずにはいられなかった。声を聞くだけで全身の細胞が活性化する。振り向くと、思い浮かんでいた人物がちょっと後ろにいた。

「隼人くん!」

席をガタッと立ち上がって駆け寄って、隼人くんのベージュのセーターを親指と人差し指でつまむと、よしよしと頭を撫でられた。傍から見たら犬と飼い主にしか見えないだろう。わたしの頭を撫でながら、隼人くんは「あれ誰?」とゆっくり落ち着いた声色で問いかけてくる。

「わたしの後輩って言って、片山くんって言うの。わたしのこと先輩って呼んでくれるすっごい良い子なんだよ!」

「へえ」

「出会いは合コンなんだけどね、ほら、わたしがものすっごくモテなかったあの合コン!片山くん同い年ってサバよんでて、わたしはそれにフッツーに騙されて、一週間くらい前に同じ学校の一年生ってことが判明してね」

「そっか」

隼人くんはわたしの髪の毛を梳くようにして撫でた後、耳にかけた。親指で耳にかけきれなかった残った髪の毛をかけられた時、耳朶に隼人くんの親指が当たって、ぞわっと何かが体を走った。ピクリ、と震えた体を抑えつけるように、右肩に手を置かれて、耳に口元を寄せられた。

「美紀」

ぞくぞくぞく、と。また体を下から上へ何かが這いずり回った。思わず飛びのいてしまいそうになるんだけど、右肩がかっちりと抑えつけられているから思うように動けなくて、ぴくりと小さく震えただけだった。

「いちご味のポッキー、すきだよな?」

「へ、あ、う、ん」

「じゃあ、おいで。やるよ」

先ほど体を駆けずり回った何かに呆然としているわたしは「あ、りがとう」といつもの調子がうまいこと出ないで、しどろもどろになってお礼を述べた。隼人くんを見上げる。いつも通りだ。なんだったんだ、今のは。首を捻って考えを巡らせるけど、答えは出ない。まあ、いっか。わたしはポッカーンとしている片山くんに「ばいばい、またね」と手を振る。すると、その手を握りしめられた。え、と驚いている間に、指の間にすっと指が入り組んできた。

「いこっか」

隼人くんが浮かべている笑顔は、いつも通り穏やか。だけど、今日の行動はいつもとは少し違う。手を繋がれて嬉しい気持ちと、隼人くんどーしちまったんだ、という戸惑いが胸の内を占めていた。



「隼人くん、こっち教室じゃないよ」

何故か隼人くんは三年生の教室とは反対の方面に歩いていた。昼休みのこの時間は生徒が少ない。なんでこんなところにわたしを連れてきたんだろう。不思議に思って尋ねると、「そうだな」と隼人くんはいつも通りの声色で返した。

「教室にポッキーあるんじゃないの?」

「ごめん、嘘」

ピシッと空気に亀裂が入った。思わず足が止まる。隼人くんが振り向いた。わたしは隼人くんを睨みつけて、「ひっどーい!!」と憤慨した。

「もう口がポッキーなんだけど、ひどいひどいひどい!なんで嘘つくの!」

「だって美紀が悪いから仕方ないだろ」

え。
隼人くんは穏やかな笑顔を浮かべたまま。でも、はっきりと、わたしが悪いと言った。わたしが、悪いと。隼人くんは簡単に人のせいにするような人じゃない。それどころか、自分のせいだ、と抱え込んでしまうような人だ。そんな人が、わたしが悪いとはっきりと言った。わたしは何をやらかしたんだろう。目の前が真っ白になって、動揺で震える唇で問い掛けた。

「え、ええ、わ、わたし、何を…!?」

「知らない男にあーんってして、オレを妬かせた」

「ほうほうなるほど!…ん?」

ぽんと掌を拳で打ったあと、ハテナマークを頭上に浮かべた。隼人くんは「やっぱりわかってねえ」と、ははっと笑っている。隼人くんがわたしの肩にぽんと手を乗せた。

「ヤキモチ妬いたから、仕返しした」

にっこりと、笑いかけてくる。隼人くんがヤキモチ。ヤキモチ。おーもち、もーちもち雪見だいふく。

「ええー!?」

びっくりして、素っ頓狂な声をあげてしまう。その声は廊下によく響いた。

「は、隼人くんがヤキモチ」

「そんなに驚くこと?」

首を何度も縦に動かす。マジか、と隼人くんは意外そうに目を丸めた。

「だって隼人くんって、すごいじゃん。なんっていうか、いつも余裕綽々ってゆーか、え、しかも仕返し…!?子供…!?」

顔を両手で挟みこんでパニックになっていると、そっと、肩に手を置かれた。どきん、と鼓動が大きく跳ね上がる。

「言っただろ。オレ、結構嫉妬深いしめんどくさいから頑張って、って」

綺麗な瞳に見つめられて、生唾が口内にせり上がってくる。ドキドキと昼休みの食堂以上にうるさい心臓。

こんなにドキドキするのは、イケメンだから?
ううん、違う。
わたしは東堂くんに見つめられても、真波くんという一年生に見つめられても。
絶対に、こんなにドキドキしない。断言できる。
こんなにドキドキするのは、隼人くんだから。

ああ、それくらい隼人くんのこと、好きなんだなあ。わたし。
誇らしい気持ちが胸の中で芽生える。頬がへらーっと緩んだ。隼人くん、と文字をなぞるようにして名前を呼ぶ。大好きな名前を呼んだあと、隼人くんの頬を両手で包み込んで、厚ぼったい唇に自分の唇を一瞬重ねた。

離すと、隼人くんがびっくりしていた。びっくりしている顔が可愛くて仕方ない。うへへ、と笑ったあと「ねえ、隼人くん」ともう一度呼んだ。

「わたし、好きな人、たくさんいるよ。片山くん、後輩くんのことも好き」

おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんもお母さんも幸子ちゃんも依里ちゃんもライバルだけど福富くんも荒北くんも東堂くんもすき。多分、話すことができたら、隼人くんの後輩くんのこともすきになるだろう。ライバルに変わりはないけど。

「でも、それで隼人くんがもやもや〜ってヤキモチ妬いちゃうなら、」

首の後ろに腕を回して、ぎゅうっと抱きしめた。言葉じゃ表せない『だいすき』という気持ちを、余すことなく伝えられるように。

「ヤキモチ妬かなくてもだいじょうぶなように、すきすきーって言うね!態度に出すね!」

教科書をメガホンのように丸めて、世界中に自慢したい。
こんなにかっこいい人がわたしの彼氏で、こんな可愛いヤキモチ妬くんですよ、って。

「隼人くんもあーんってされたいの?でもね、わたし隼人くんにだとちょっと照れちゃうんだよな〜ど〜しよ〜。太一で練習しよーっと!」

「…美紀って」

「あれ、もしかしたら弟にもヤキモチ妬く?もう男ってだけで駄目?ううん、じゃあ、幸子ちゃん…東堂くんがめんどくさそうだなあ〜、じゃあ依里ちゃんにしよう〜」

「…」

「なんか嫌なことがあったらすぐに言ってね!全部受け止めます!」

抱き締めながら力強くそう言うと。隼人くんがハハッと笑ったあと、わたしの肩に顔を埋めて小さな声で「かなわねえな」と嬉しそうに呟いた。あれ、髪の毛から覗く耳が赤い。


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