はじめて恋をした記憶 | ナノ


「お姉ちゃん、彼氏ができました!」

いえーい、と明るい声をあげながら拳を天井に突き出す。そんなわたしを見て、血を分けた弟の太一(中一、13歳、152センチ、サッカー部、サッカー部入った理由はモテたかったから)は悲しそうに目を細めて、ふるふると首を振ってから言いました。

「もう、そういうの、やめようよ」

太一は憐憫の情を瞳に浮かばせていた。

そのあと、わたしが隼人くんに電話をかけたのは言うまでもない。



「彼氏の新開隼人くん、です!」

「はじめまして」

どうだ!と言わんばかりに隼人くんを得意げに紹介するわたしの隣で、隼人くんはぺこっと頭を下げてから、にっこりと爽やかに笑った。

百聞は一見にしかず。論より証拠。と、いうわけで。隼人くんに事情を話して家にきてもらった。事情を話している最中、隼人くんはずーっと笑っていた。腹いてぇ、と掠れた声で言っていた。

ベッドに仰向けになって寝転がりながら3DSをしていた太一は、隼人くんを見るなり、目を大きく見開かせた。ちなみにわたしと隼人くんは今太一の部屋の入口にいる。ちゃんとノックしてから開けた。家族という間柄でもプライバシーは大切。

まだ目を見開いている。口もポカンと開けている。ふふ。良い間抜け面だ。と、ほくそ笑んでいると、太一はのそりと上半身を起こして、寂しげに視線を下に落とした。

おや、これは…もしかして、わたしに彼氏できて寂しがってる…?

最近生意気盛りになって、口を開けば憎たらしいことしか言わないけど、まだまだ可愛いところがあるなあ。

優しい気持ちが胸のうちに広がっていく。太一は3DSをパタンと閉じた。ベッドから降りて、わたし達のところへのろのろと重い足取りでやってきて、隼人くんの前に立った。俯けていた顔を上げる。その表情はとても暗く沈んでいた。え、そ、そんなに寂しがる…、か、可愛い奴め…!と感動していると。

「もう、いいんですよ…」

悲しげに揺れる声が、隼人くんに向けられていた。

…へ。

「…え?」

隼人くんも吃驚していた。くっきり二重の大きな瞳を瞬かせるぐらいには。

「えーっと、新開さんですよね。姉ちゃんの友達ですよね。彼氏の役やってほしいって頼まれてるんですよね、っていうかそれ以外ありえませんよね。いいんです。もうわかってますから、オレ…」

「ちょ、太一、なに言ってるの?」

太一の言っている意味がまったくわからない。眉間に皺を寄せて不満げに問いかける。すると、太一がハァーッと重いため息を吐いてから、わたしに顔を向けた。忌々しげに。実の弟に忌々しげに睨まれている。何故だ。

「姉ちゃんいい加減にしろよ!嵐の大野くんはわたしの彼氏って言ってた小5の頃からなんも変わんねえな!純粋だったオレは本気で大野くんは姉ちゃんの彼氏だと信じてたんだからな!!」

「あの頃は可愛かったねえ。テレビに大野くんが出る度、姉ちゃんの彼氏だ!小学生に手を出すなんてすげえロコン!って嬉しそうに言ってたもんねえ。ロコンじゃなくてロリコンだよ。ロコンはポケモンだよ」

「またそうやって話脱線させる!!もういいんだよ!!このオオカミ少女!あ、そうだ。姉ちゃんオオカミ少女の続き貸して」

「いいよー」

「わーい!サンキュー!」

空気が抜けるように、ぷっと噴出す音が聞こえた。隼人くんが俯いて手の甲を口元に当てながら、震えていた。どっちも話脱線させるプロだな、と震える声で呟いていた。なんだかよくわからないけど、楽しそう。いいことだ。

わたしはパンと手を合わせて、提案した。

「せっかくだし三人で交流を深めるためにトランプでもしよう」

「また唐突だな。美紀らしいけど」

「わーすげーマジで姉ちゃんと付き合ってるみたいっすよ!」

「だから!付き合ってるの!」

「なかなか信じてくれねえなあ」

わたしはむくれながら、隼人くんはおかしそうに笑いながら、太一の部屋に上がり込んだ。太一くんの好きなやつにしようぜ、という隼人くんの優しい言葉によって、大富豪をすることになった。太一はなんて優しい人なんだ、と震えていた。

一番に上がったのは隼人くんだった。久しぶりにやったけどなんとかなるもんだな、と穏やかに笑っている。革命からの革命からの革命をくりだされて、わたしは今革命されてるのかされてないのかわからなくなり、頭から煙が出た。太一も煙が出ていた。

姉と弟の戦いになる。奴の手札は五枚。わたしは七枚。えっと革命三回されたから弱いカードが強くなってでも革命がまた起こったからまた弱くなってえっとえっとえーっと。

訳がわからなくなったわたしは、お尻を動かして、隼人くんにすり寄って、カードを見せてから「これ、どうしたらいいと思う?」と声を潜めた。

「あー、これか」

隼人くんはカードを覗き込んできた。ふわっと隼人くんの香りが濃くなって、少し心臓が早まる。おお、静まれ静まれ。と、心臓にゆっくり言い聞かせていると。

「キングはもう雑魚だからさ、」

吐息が耳に触れて、肩が跳ね上がった。反射的にほんの少し距離をとってしまったあと、片手で耳を抑えた。きょとんとしている隼人くん。でも、少し時間がたったあと「あ」と気付いたように声を漏らした。

「や、太一くんに聞こえないようにって思ったんだけど、わり」

ほんの少し頬を赤らめて、気まずさを隠すようにハハッと笑った。でも、笑い声は途切れて。そして。一瞬だけ、笑顔と羞恥の間のような、曖昧な表情になった。

「しゃ、写真!」

「え」

「へ」

驚いている隼人くんと太一を置いて、わたしは立ち上がり、慌ただしく部屋から出ていった。わたしの部屋には、カメラ女子になる!と意気込んでクリスマスプレゼントに買ってもらったデジカメが眠っている。あれをとってこなきゃ。ケータイの中途半端な画質じゃ、嫌だ。

はじめて見た、あんな顔。すっごく、可愛かった。

わたしが必死にデジカメを探している間、壁を隔てた向こう側で、こんな会話がされてたそうな。

「…え、も、もしかしてマジで付き合って…?」

「うん、マジ」

「…ええええええええ!!」

「そこまで驚く?」

そう言った時、ちょっと照れくさそうに笑っていたらしくて。見たかったなあ、とぼやいたら、付き合ってるならこれからいつでも見れるチャンスあんじゃん、と太一にあっさりと言われた。…ほんとだ!!




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