はじめて恋をした記憶 | ナノ


一生に一度のお願いです!という言葉の後に続いたのは。

「一緒に、サーティワンを食べに行ってくれませんか!」

一生に一度の頼みにしては、なんとも簡単なものだった。もっとすごいことを言われるものだと少しだけ身構えたので、予想外の言葉に驚くことしかできず、ただ、瞬きをするだけだった。

「わたし、彼氏ができたら、制服姿でサーティワンを食べるのが、夢だったの!」

きらきらしている輝きを宿した瞳を近づけてくる堀田さん。今、オレは座っていて、堀田さんは立っているので、堀田さんがオレを見下ろしている珍しい状況だ。堀田さんは前のめりになって、机に両手をつけた状態で、懇願するように眉を寄せて、唇を浅く噛んで、じいーっとオレを見据えていた。

すっげえ、必死な顔。

ぷっと笑ってから、堀田さんの髪の毛を一束つまんだ。もう少し、きちんと顔を見たくて、髪の毛を耳にかけると、堀田さんはきょとんとした。でも、「いいよ」と言った途端に。

「ほんと…!?」

ぱあっと、満面の笑顔になった。ほんとほんと、と返すと、「やったー!わーい!」と両手をあげてバンザイのポーズをとった。

「いついく?今日行ける?」

「ああ、いいよ。今日いこっか」

「やったー!」

「クラスまで迎えに行くな」

「ほんと?ありがとー!」

堀田さんは、ふふっと笑いを零してから、嬉しそうに緩む頬を両手で包み込むようにして挟んだ。

「そんなに嬉しい?」

頬杖をつきながら問いかけると、「もちろん!」と二つ返事で返ってきた。

「嬉しい!新開くんと、新開くんと…ふふっ、ふへ、うえへへへへ、うへへへへ」

だらしない笑い声をあげる堀田さん。告白されたての頃だったら、何とも思わないどころか『うわ、変な笑い方』と若干引いただろう。

…恋は盲目ってやつだな。

昔の人間はうまいことを言うものだ。可愛くて仕方ない、なんて、今じゃ思っているのだから。







「んん〜、美味しい〜」

ハァッと恍惚めいた溜息を吐いたあと、スプーンをもう一口運んでから、身悶える堀田さん。こんなに美味そうに食われるなら、アイスも本望だろうな…と思いながらオレも食べる。おお、美味い。店の中は暖房がかかっているので、冷たいアイスを食べても何も不都合なことはなかった。

「し、新開くん、そのう…」

もじもじと、言い辛そうに言葉を濁らせる堀田さんの視線は、オレのアイスに向けられていた。食べ始めた時から、ちらちらとこちらに向けられる視線。ああ、欲しいんだな、ということがすぐにわかった。でも、欲しいと言われたくて、わざと気付かない振りをした。気付かない振りして正解だった。もじもじしてる堀田さん可愛い。

「何が欲しいの?」

ん、とカップを向けると、堀田さんは目を見開いた。

「…!! エ、エスパー!?よ、よくわかったね…!」

「エスパーじゃないよ。読心術」

「へえー、すごい!」

堀田さんぐらいわかりやすい表情から読み取ることを、読心術と言ってもいいのかわかんねえけど、と心の中で言い添えた。

堀田さんはオレのアイスをスプーンで掬ってから声にならない悲鳴をあげて、身悶えた。幸せそうに、食うなあ…。微笑ましく思いながら、堀田さんが食べたアイスを食べる。甘ったるい味が口内に広がる。なんだか、さっき食った時よりも美味く感じた。

「新開くんって、わたしが初めての彼女なの?」

「うん、そう」

「…ほんとに?」

じとっと疑り深い眼差しを向けてくる堀田さんを「こんなとこで嘘ついて何になるんだよ」と、ははっと笑い飛ばした。

「…いやなんか、チューがものすごく手馴れてた気が…」

「あー、あれか。なんとかなるもんだな。堀田さんが気持ちよさそうで、」

そこまで言って気が付いた。堀田さんがスプーンを咥えたまま、視線を下に向けて、ぷるぷると震えていた。

堀田さんのこんな恥ずかしそうな顔、初めて見た。

一瞬、呆気にとられたあと、言いようのない嬉しさがじわじわと沸いてきて、胸の中に広がった。そうか、この子、こういう顔するんだ。恥ずかしがるんだ。そっか。

…そっか。

「恥ずかしがらせちまったな。ゴメンゴメン」

くすりと小さく笑ってから、軽い調子で謝る。堀田さんはこくり、と無言で首を縦に動かした。動物みたいだ。知らねェけど、こういう動物、どっかにはいそう。笑いを噛み殺しながらアイスを口の中にまたひとつ運んで、ふと思った。初めてだったのだろうか、と。

元カレがいる、と言っていた。思い出すのも嫌になるくらいの最低野郎だけど。そいつは、キス、したのだろうか。

じわり、と胸の中に黒い感情が首をもたげる。

「新開くん?アイス、溶けちゃうよ?」

呑みこまれそうになっていると、堀田さんが不思議そうにオレを呼んだ。はっと我に返って堀田さんを見ると、スプーンを口の中に突っ込みながら「ほうひたのー?」と訊いてきた。なんでもない、と笑って答える。

「…ふーん」

しかし、疑わしげな眼差しでオレを睨んでくる堀田さん。苦笑してから「堀田さんのアイス、オレにも一口くれよ」と話題を変えるためにも言ってみた。

「いいよー。…あのー、ホ、ホッピングシャワーはやめていただけないでしょうか…」

「それにしよ」

「なんでぇ!?」

「じょーだんじょーだん」

ははっと笑いながら、隣のチョコレートを掬う。少し大目に掬うと、わかりやすくショックを受けていて、可愛かった。


適当なことを喋っていると(オレは専ら聞き役)、あっという間に空が真っ暗になっていた。日が暮れるのがすっかりはやい。初めて会った日のように、堀田さんをバス停まで送っていく。オレの隣で堀田さんは「う〜」と身を縮こまらせていた。

「さぶい〜さぶいよ〜」

「堀田さんも寒がり?」

堀田さんはこくこくと首を縦に動かしたあと、「え、新開くんも?」と目を丸くした。

「うん、オレも。さみーの辛い」

「…そっかー」

堀田さんは嬉しそうに口元を綻ばせて、ふふふと笑いながら、うんうんと小さく頷いていた。何がそんなに嬉しいんだろう、と不思議に思っていると、堀田さんが小さく嬉しそうな声で呟いた。「おそろいだあ」と。

…なんというか。はっきり言って、どうでもいい共通点でこんなに喜ばれるっていうの、結構良いな…。

堀田さんは嬉しそう笑いながら「わたしはね、寒い時に幸子ちゃんで暖をとってんの!」と話しかけてきた。へえ、といつものように相槌を打つと、今度は慌てふためきながら「あ、で、でも新開くんは幸子ちゃんで暖をとっちゃ駄目だからね!」と釘を刺してきた。突拍子もないことを言ってくんなあ、相変わらず。と、噴出してしまう。

「とらねえよ。そんなことしたら尽八に殺される」

「だ、だよね」

ふうーっと安堵の息をつく堀田さん。無防備なその手に手を重ねた。へ、と目を見開いている隙に、指の間に指をいれて、絡ませる。

「堀田さんで暖を取るからだいじょうぶ」

目を点にしてオレを見上げている堀田さんに、にこっと笑いかけると、堀田さんは五秒経ったのちボンッと顔を赤くした。そして、顔を俯けて、なにやらごにょごにょと呟きはじめる。

掌の感触を確かめる。予想よりも小さく感じた。女子の手、という感じがする。実際女子の手なんだけど。女子の手。堀田さんの手。…なんとなく繋いでみたけど、なんか、ドキドキしてきた。

…手、汗ばんだらダッセェな。

と、心配してる間に手が汗ばんできた。うわー。

「新開くん」

「ん?」

いつも通り、を心がけて笑いかける。早まる心臓を必死に抑えて。

堀田さんが、足をとめた。つられてオレもとまる。ひょっこりと、顔を覗き込んできた。シャンプーの匂いが体の動きに合わせるかのように漂う。堀田さんは一瞬唇を結んで、視線を下に向けたあと、再びオレに視線を合わせて、決意するように、言ってきた。

「隼人くんって、呼びたいです」

そう言ったあと、赤らんだ頬を下に向けた。繋がれてない方の手で、頬をぽりぽりと掻きながらごにょごにょと呟く。

「彼氏ができたら、ていうか、新開くんの、下の名前、呼びたいなあって」

「東堂くんが隼人、って呼んでて、なんか…東堂くんいいなあーって」

「呼びたい、なあーって」

ごにょごにょ、ごにょごにょ。基本的に、したいこと、したくないことをはっきりと言う堀田さんが、歯切れの悪い物言いをするなんて。よっぽど恥ずかしいのだろう。

俯いているので、よくつむじが見える。秋の夜風にのって、堀田さんの匂いが鼻孔を掠める。

…こういう不意打ち、ずりいよなあ。

しみじみと思う。頬を掻いていた手は、肩にかけている鞄の取っ手に移動していて、確かめるようにぎゅうぎゅう握りしめていた。

「堀田さん」

「…はい」

堀田さんは俯いたまま敬語で答える。だから、なんで敬語と笑いたくなる気持ちを抑えて、「オレの頼みもきいてくれるなら」と言った。なんて偉そうなんだ、と我ながら思う。本当は嬉しくて仕方ないくせに、何かっこつけてんだ、と心の中で苦笑する。堀田さんは顔を上げて、こくこくと無言でうなずく。やっぱり顔は赤かった。

「目、閉じて」

「わかりました」

「首、上げたまんまで」

「ラジャーです」

淡々と交わされる言葉のやりとり。堀田さんは素直にオレの言うことに従う。やんわりと閉じられた瞼。ななめ45度に上げられる顔。あーあ。こんなに、無防備に晒しだしちまって。

髪の毛ごと包み込むようにして、輪郭に沿うようにして、頬を包み込む。堀田さんは微動だにしない。信用されてんのかな、と苦笑を漏らした後、どくんどくんと鼓動が激しいことに気付いた。静けさに包まれているだけに、際立って聞こえる。ああ、そっか。オレ、緊張してるんだ。

そりゃ、まあ、そうだよな。

なかなか行動に移さないオレを不思議に思ったのか、堀田さんが口を開いた。鈴の鳴るような声で不思議そうに紡がれる。しーんかーいくーん、と。唇の動きを追っていると、アイスを食っていた時に沸いた、黒い気持ちが再び湧き上がってきた。

オレ以外の奴が、堀田さんに、昔キスしたのかもしれねえ、と思うだけで、こんなに、胸が。

「しんか、っ、ん」

うっすらと開きかけ瞳が、驚愕で見開いた。堀田さんの瞳がオレで埋め尽くされる。言葉ごと飲み込むように、唇で蓋をして。どっちも目を開けているから、目が合うどころの問題ではなくて、ぶつかり合う。何秒かわかんねえけど、押し付けて。離したら、堀田さんは肩を上下に動かして、真っ赤な顔でオレを凝視していた。口が開く。放たれた第一声は。

「キャ、キャラメルリボンとチョコが合体した味」

あまりにも堀田さんらしい発言で、また、噴出してしまった。笑っているオレに、堀田さんは「し、新開くん」と恐る恐る問いかけてきた。ふっと笑ってから、堀田さんの頬に手を伸ばす。堀田さんが硬直した。もう片方の手も添えると、さらに硬直した。それから、オレは。

「なにふひへんの?」

頬を左右に引っ張った。ヒラメみたいな輪郭になって単純に面白くて笑うと、堀田さんは眉間に皺を寄せた。

「なふでわらっへん、」

「隼人」

堀田さんが「へ」と目を点にした。堀田さんの頬からゆっくり手を離して、子供に言い聞かせるような口調で、言った。

「隼人って呼んでほしい、美紀」

美紀の目が見る見るうちに見開かれていって、口をポカンと開けた後、顔を俯けた。ぷるぷると震えたかと思うと、以前のように、飛びついてきた。

「やったー!!」

両腕を、しっかりオレの腰に回して、歓声をあげている。わーいわーい、と嬉しくてたまらないと言った調子で。隼人くん、隼人くん、隼人くん。何度もオレの名前を呼んで、そのあとに、ふふふ〜と笑って、そして、頬を擦りつけてくる。

好きな子に、名前で呼んでと言って、ここまで喜ばれて。舞い上がらない高校生がいるだろうか。そんな奴がいたらどんな精神構造してるんだ、と訊きたい。純粋に。

舞い上がる気持ちを必死に抑えて「美紀」と平静を装って、名前を呼ぶ。まだ呼びなれない名前を口にすると、舌がむず痒くなった。

「ん?」

美紀は小首を傾げながら見上げてくる。合コンでこの仕草やったらモテただろうに。やらなくていいんだけど。やらなくてよかった。ああよかった。

「オレ、結構嫉妬深いしめんどくせえから、頑張って」

そう言うと、美紀は目をぱちぱちと瞬かせてから。

「まっかせといて!」

得意げに胸を張った後、どんと拳で叩いてから咽る美紀の背中を笑いながら摩る。ホックの段差を感じた。

…。

とりあえず背中から手を離した。

「あとマジで気を付けて」

「なにを?」

「とりあえず気を付けて」





正体不明のハートをあげる


prev / next
[ back to top ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -