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夜空に打ちあがるのは色とりどりに輝くでっかい光りの華。派手なものがだいっすきなワイがそれを見てテンション上がらんはずないのに、さらにテンションを上げさせるものが傍にあって、ワイは、もう、さいっこうにテンションが高かった。
「楠木さんほんま浴衣似合っとるわ〜!!」
紺色の生地にアサガオの刺しゅうが施されている浴衣を着ている楠木さんは、あれやあれ、そう、一輪の華のごとく、可愛くて綺麗やった。髪の毛もお団子にしていて、めっちゃ可愛い!
楠木さんは手放しで褒められて照れ臭いのか、「…言いすぎ」とぶっきらぼうに言いながらぷいっと赤い頬を背けた。そんな姿も可愛くて、へへっと笑う。今日は楠木さんと花火大会に来た。ふたりっきりで。
…と、言えたら、ワイのテンションは宇宙に行くほど上がったやろうけど。
「田所っち食いすぎッショ…」
「ハッハッハッ!花火ときたら屋台だろ!焼きそばだろ!!」
「まあ、ここの焼きそばは美味いから箸が進むのも仕方ないな。なにより花火を見ながら食べる焼きそばは風情があっていい」
「ん?…あ、田所さん、青八木が歯に青のりついてますよ、って」
「なんでわかるんだ…」
「すごいです手嶋さん〜!」
なんっでやねーん!!
ハリセンで全員に突っ込みたい。ワイと楠木さんの花火大会デートをどこからか知った誰かが、面白そうだから尾行しようぜ〜!という話になったらしく、ワイのデートが気になる暇人達が、今ここにいる。杉元も気になったそうだが、家族旅行で来られなくて残念がっていたらしい。メガネ先輩は「青春だなあ」と一言。…気にならんのかーい!!それはそれでなんか腹立つ!!なんか腹立つ!!あ、金城さんは純粋に花火が見たくて来たらしい。
小野田くんがこけたことによって尾行は開始三十秒でばれた。大丈夫?と小野田くんに絆創膏を渡す楠木さんはただの女神やった。でも、そこからがおかしかった。何故か、いつのまにか。会話のはずみで、部活のみんなと楠木さんで、花火を見ることになった。
「田所さんって、本当にムキムキですね…」
「まあな!鍛えてっからよ!触ってみるか?なん、」
「え…っ、いいんですか…!?」
目をきらきら輝かせて、声を弾ませる楠木さん。オッサンはまさか本気と受け取るとは思っていなかったようで、「お、おう」とたじろいでいた。
「じゃ、じゃあ失礼します…。わ、すごい…!」
感嘆の息を漏らしながら、オッサンの二の腕をつんつんと触る楠木さん。オッサンは照れ臭そうに鼻の下を掻いていた。…うお〜!!めっちゃ腹立つ〜!!
「楠木さん、良かったら飲み物どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
金城さんが、楠木さんに缶ジュースを渡す。大人の男の気遣い…!く…っ!!
「えーと、あー…えーと…」
巻島さんのコミュ障っぷり!!良かった!!この人は大丈夫や!!敵ちゃう!!
「楠木さん、巻島さんは花火をバックに鳴子とツーショット撮ってやろうかって言いたいんだと思うよ」
パーマ先輩の気遣いできるっぷりー!!クッソー!!この人絶対地味に女子にモテるタイプやー!!
「って、青八木が言ってた」
真打はそっちかーい!!
楠木さんが「あ、えーっと…教えてくださって、ありがとうございます」とおずおずとお礼を述べると、無口先輩はなにやらごにょごにょと呟いてから、ジュースを飲んだ。シャイボーイか!!そんで頬染めんといてください!!
オッサンと金城さんとまさかの巻島さんとパーマ先輩と無口先輩…ここらへんめっちゃ要注意や…!!巻島さんの好きなグラドル、ちょっと楠木さんに似とったし…!!って、あれ、え。
「巻島先輩、その、撮ってくださるんですか?」
「えーっと、まあ、そうだな。お前らが撮ってほしいんなら…その…邪魔した罪滅ぼしに…」
頬を掻きながら、ごにょごにょと小さな声で話す巻島さん。この部活コミュ障おおすぎやろ。って、えっと、マジで。
巻島さん…!!
感激で胸が震える。ワイは身を乗り出して「撮ってください!!おねがいします!!撮ってください!!」と懇願した。隣でスカシが「うるっせえ…」と顔をしかめた。お前は一生ウサギTシャツ着てウサギ跳びしとけ。
「楠木さん楠木さん!!撮ろう撮ろう!!撮ってもらお!!」
楠木さんの隣に行って座り込む。楠木さんは「…うん」と小さく微笑んだ。花火の光に照らされた頬が赤い。心臓が鷲掴みにされたような息苦しさを覚えて、たまらなくなる。あかん、心臓が…心臓が暴れとる…!落ち着け…!!
「鳴子の顔赤ェ〜」
「…ぷっ」
「わ〜、お似合いだよ鳴子くん楠木さん〜」
「田所っち、今泉、…小野田も。小野田は冷やかしてるつもりないだろうけど、やめてやれ。鳴子はともかく楠木さんが可哀想ッショ」
「鳴子はともかくってなんなんすか巻島さん!!ほんでオッサンとスカシあとで覚えとけよ!!」
「あーもう、うるさいッショ!!はい、いくぞ!!」
巻島さんにカメラのレンズを向けられ、慌ててピースを作る。ちらっと横目で楠木さんを見ると、ぎこちなくピースを作っていた。もう少しで肩と肩が触れあいそうで、鼓動がさらに早まる。
かしゃり、というシャッター音が鳴った時、ちゃんと自分的にかっこよく笑えていたかどうか。それが気がかりやった。
「こんなん撮れたッショ」
巻島さんがケータイの画面を見せてくる。
「あざっす!おー、どれどれ」
「ありがとうございます、巻島先輩」
二人でお礼を言ってから、ケータイの画面を覗き込む。すると、その時、肩と肩がぶつかりあった。目と目が合った。瞬間、カァッと、一気に熱が肩に集まり、顔にまで広がった。
「ご、ごめんな!」
「え、う、ううん…」
弾かれたように離れる。触れた肩が熱い。こそばゆい。むずむずする。
「…鳴子、これ、お前に送っとくッショ」
「え、あ、はい、スンマセン!!おおきに!!」
「…巻島が遠くを見てる…」
「そりゃ彼女いない状況であれをやられたら気が遠くなりますよ」
オッサンと手嶋さんがなにやら話しているが、耳から耳を通り抜けていく。楠木さんをちらっと見ると、赤くなった頬を俯けて、草遊びをしていた。
「…は、花火、すごいなあ!あれ、ハート型やな!女子ってああいうのすきなんやろ!!」
何か言わないと、胸を巣食う感情にどうにかなってしまいそうでだったから、適当なことを口に出した。
うん、と小さく呟いた声が、花火の打ち上げ音を潜り抜けて、そっと耳に届いて、また苦しくなった。
きみの隣で息ができない
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