とおまわりの記録番外編 | ナノ



…みんなに悪いことしちゃったなあ。

柔らかな風に背中を押されながら罪悪感が沸いてくる。一名を除いて。せっかく楽しんでいたのに、わたしが怒ったから空気がひんやりと固まったものになってしまった。バイト行きづらくなっちゃうかも。…まあ、しょうがない。シフト出した分は働いて、頃合いを見計らってから店長に辞めますって言おう。ああせっかくメニュー覚えてきたのに…、はあと溜息を吐く。

わたしのことを優しいと言ってくれる尽八は、さっきのわたしを見たらどう思うだろう。引いちゃうかな。怖い女って。ビールと焼酎片手に男の子を追い詰めるんだもんなあ…うん…我ながら…なんか…怖いな…。

あそこまで怒ったのは尽八を馬鹿にされたから。これが最大の理由だ。これがなかったらあそこまで怒らなかった。でも、もうひとつ理由がある。

嘲笑されながら言われた、『チャリに負けるって』

一歩踏み出すのをやめる。コンクリートを打つ足音がとまった。じいっと足元を見る。白いレースの靴下とちょこんと小さなリボンがあしらわれたパンプスが視界に映った。

ロードバイクを誇りに思いそれにすべてを懸ける尽八がすきで、誇りに思う。それは真実だ。

けど、いつか。
尽八が、ロードバイクに懸けるから、ロード関係以外をすべてばっさり切ろうって思ったら。

その時、わたしは。

…やめよ。

小さく息を吐いてから、わたしはまた歩くことにした。チカチカと切れかかった電灯と頼りない月明かりと星影に照らされた道を歩く。髪の毛鬱陶しいなあ、切ろうかな。尽八は髪の毛短い子がすきって言ってたし。こういうのが主体性ないっていうんだろうなあ…。クリーム色のシフォンワンピースにレースのカーディガンを羽織った姿を苦笑しながら見下ろす。パステルカラーが似合うと言われた尽八の言葉を思い出しながら買った。

すると、葉の擦れ合う音に混じって足音が聞こえた。いつもなら気にしない。けど今はかってが違った。何故なら、わたしが通り過ぎた掲示板に『痴漢注意!』とポスターが貼られていたから。

…。

…ま、まさか…ね。

考えすぎだと口角を無理矢理上げてみせる。気のせい、気のせい。はやく帰ろう。そう思って歩調を速くして歩く。すると、後ろの足音も速くなった。へ、と血の気がひく。

え、ま、まさか。これも、うん、気のせい。そうだ、気のせい。

気のせいと必死に言い聞かせていると、いつか見たワイドショーが頭の中で再生された。

『最近強姦魔が多いそうで…』

『全く許せませんな』

『若いお嬢さんは決して自分だけは大丈夫と思わないように。夜道は一人で歩かないこと』

再生が終わる。血の気がさらに引いた。口内がからからに渇いている。

祈るような気持ちで、歩調をさらに速める。お願い同じ速さにならないで、という祈りは虚しくも破られた。後ろの歩く音がさらに速くなる。

これもう勘違いじゃない。誰かがわたしの歩調に合わせている。後ろを見るべきなのだろうか。でも怖くて振り向けない。

強姦って、どうしよう、え、やだ、無理。触られたくない。無理、ほんとに無理。助けて、と真っ先に頭に浮かんだのはただひとり。でも、今、当然だけどその人はここにいなくて。

…自分の身は、自分で守らなきゃ。

尽八からもらったネックレスをぎゅうっと握りしめる。だいじょうぶ、いける、と心の中で呟く。わたしは足をとめた。何かされたら、しよう。わたしは足が遅い。走って逃げ切れるわけがない。迎え撃つしかない。いける、だいじょうぶ、いける。心の中で念仏を唱えるように鼓舞をいれていると肩に手を置かれた。さあっと血の気が引いてから、わたしは、振り返らずに振り上げた。

「わーーー!!」

A4ファイルと筆箱とルーズリーフと水筒とお弁当箱が入ったトートバッグを。

バシンッ!!と大きな音が響く。さっさと逃げるべきが最良の選択なのに頭の回転が鈍いわたしは相手がきちんと倒れたか確認するために振りかえってしまった。

でも、今回のケースにおいては、間違った判断じゃなかった。

顔を手で覆いながら「…っ」と小さく呻いている、電灯に照らされたその人は。

「…へ…じん…ぱ…ち…?」

恐る恐る問いかけると、その人は顔から手をのけた。

「…な…、なかなかパンチの効いた挨拶をするようになったな…」

引き攣りながら口角を上げ片手を挙げる尽八の鼻から、赤い液体が垂れた。

「は、鼻血」

「…え?…うおっ!?」

わたしが震える指で指摘すると、尽八は確かめるように鼻の下に手を伸ばし、指に付着した赤い液体を見て、驚愕で目を見開いた。

「ご、ごごごごめ…!!う、うちに…!うちに…!!」

わたしはあたふたしながら尽八の手首を掴み、ここから歩いて三分のところにある、わたしが一人暮らしをしている学生マンションへ尽八を大急ぎで連れ込んだ。





「痴漢と間違えた、と」

「…ごめん…」

鼻の穴にティッシュを詰めている尽八に正座をしながら深々と頭を下げた。ちら、と尽八を伺う。笑顔が引きつっていた。

「…まあ、確かにな。痴漢に後ろから跡をつけられているような気がしなくもない…な…。ハ、ハハ…突然オレに再会して感涙させよう計画とか考えていたわけだが…ハハ…ハハハハ…」

尽八には一人暮らししているマンションの住所を教えていた。遊びに来てくれたらおもてなしするね、と言うと、嬉しそうに、おう、言ってくれたのが四か月前だ。明らかにショックを受けている尽八に「ご、ごめん…」ともう一度謝る。すると、ぷっと噴出す声に続き「ワッハッハッ」と快活な笑い声が響いた。尽八は「もうそろそろいいか」と鼻の穴からティッシュを引き抜き、ゴミ箱に入れてから、わたしに微笑みかける。

「本当に気にするな。高校の頃のお前だったら痴漢の可能性なんて全く考えもしなかっただろう。…しっかりするようになったんだな」

尽八は、少しだけ寂しそうに笑った。

尽八は高校生の頃、友達をやっていた頃、わたしがふらふらしていて危なっかしくて見てられないと言った。

…しっかり者になって、構え甲斐がなくなったとか思われちゃってるかな…。

ぎゅうっと心がしぼんで、視線を下に落とす。すると、不意に肩に手の重みを感じた。視線を戻すと尽八がすぐ近くにいて驚く。目を丸くしているわたしを余所に、わたしの首元のネックレスを人差し指と親指でいじっていた。

「これ、使ってくれてるんだな」

尽八は懐かしそうに目を細めながら言う。

「うん」

「気に入ってくれてるんだな」

「うん。尽八が選んでくれたものだし、可愛いし」

「…そうか」

緩やかに細められた尽八の瞳の奥に慈愛が灯っていた。恥ずかしげもなく向けられて、くすぐったくて恥ずかしい想いから、視線を下に向けて唇を合わせる。

わたしの頬に尽八の両手が添えられる。そして、痛くない程度にわたしの頬を抓って横に引っ張ったり縦に引っ張ったりして遊ぶ。

「ワッハッハッ、相変わらず幸子の頬はよく伸びるな」

「ほうへれ〜」

「何言っているか全くわからん、ワッハッハッ」

そうだね、と言ったつもりだった。尽八は楽しそうに目を細めながらわたしの頬で遊び続ける。少し経ってからやめて、頬に手を添えるだけの形になって、軽く唇を合わせられた。

尽八は唇を離すと、目を丸くした後に頬を赤くするわたしの背中に手を回し、抱き締めた。わたしを抱きしめたまま、なだれ込んできた。完全にフローリングに押し倒される直前に後頭部に手を差し込まれて、ちょうどクッションが置いてあったところに頭をそっとのせられる。

「…化粧してるよな」

尽八はわたしの頬を人差し指の腹で撫でながら問いかける。

「え…う、ん」

そう頷くと「だよなあ」と、また寂しそうに笑った。

「…似合ってない?」

「ああ、悪い。そういうことじゃない。似合ってる。お前にはそれぐらいがちょうどいい。ただ、少し寂しくなっただけだ。子供のように、な」

どういうことか、と問いかける間もなく尽八は答えてくれた。

「オレが知らないところで変わったんだな、綺麗になったんだなって」

寂しそうに苦笑したあと、尽八はわたしの首筋に顔を埋めた。

『綺麗になった』

その言葉が、尽八の口から発されたというだけで、嬉しくて、嬉しすぎて、泣きそうになる。

前も言ってくれた。
わたしなんてたくさんの人の中に入ったらすぐ見失ってしまうような薄い人間なのに。

尽八はわたしの首筋に顔を埋めてくんくんと嗅ぎ始めた。「く、くすぐったい」と身をよじると、背中に回された手に更に力が入って、少しの身じろぎも許さないように固定された。

「…酒臭いな」

「あ、うん、お酒呑んできたの」

「…男いたよな?」

「えっと、まあ、うん」

別に疾しいことなんて何一つないけど、尽八のヤキモチ妬きっぷりは高校の時に身を以て体感しているので少ししどろもどろになって答える。尽八のわたしを抱きしめる力が更に強くなった。でも、ただ抱きしめるだけで何も言わない。

「…すぐヤキモチ妬く」

少し呆れながら笑うと、拗ねたように「うるせえ」と返された。子供みたいで可愛くて、あははと笑いながら、尽八の後頭部に手を回した。

「だいじょうぶ。わたし今日すっごく男の子に引かれたから」

わたしを抱きしめる力が少し弱くなった。尽八は眉間に皺を寄せながら「…どういうことだ?」と、怪訝そうに問いかける。あははと笑ってから、わたしは言う。

「教えない」

「や、そこまで言っといて隠すなよ。なんだ?」

「えーっと、あれだよ、あれ、えーっと。美紀ちゃんが言ってた…。ア・シークレット・メイクス・ア・ウーマン・ウーマン」

「…どっかでそんな台詞聞いたな」

眉間に皺を寄せながら「うーん」と考え込んでいる尽八を、目を細めてじいっと見つめる。

少し日に焼けた肌、出会った頃に比べて、筋肉も、精悍さも増した。後頭部から背中に手をずらして感触を確かめる。この背中にずっと焦がれてきた。送り出してきた。わたしには決していけない場所へ汗だくになりながら走っていく背中を見るのが寂しくて、でも、すきで。すきですきで仕方なくて。

尽八はハッと思いついたように声を上げた。

「思い出したぞ!コナンだな!ベルモッ…幸子?」

視界が揺らいでいるから、どんな表情をしているかよくわからないけど。

眼球を張っている熱い水面が崩壊して頬に流れていく。

自分がどれだけ会いたかったのか、この瞬間まで自分でもわかりきれてなかったようだ。頭の回転が鈍いわたしらしくて苦笑が漏れる。

「幸子、」

喉の奥に熱い塊が込み上げてくる。それを必死に押しとどめて、震える口を開いた。

「帰ってきてくれてありがとう」

そう言って笑いかけると、尽八の眼が見開いた。

本当は行かないでほしかった。傍にいてほしかった。
でも、行かないでと縋り付いて『じゃあ行かない』と言うような男の子は、わたしがすきになった男の子じゃない。自分が今まで懸けてきたものから目を逸らしてわたしの傍にいるような尽八だったらこんなにすきになっていないから、人生とは思うようにならないものだ。

「おかえりなさい」

もう一度、へらっと笑ってみせる。大きく目を見開いたままの尽八がきゅっと下唇を浅く噛んでから、やりきれなさそうに呟いた。

「…なんでお前が礼を言うんだよ」

「だって、嬉しいから」

「嬉しいから、って…」

「足枷になって切られちゃうかもって思ったから」

「…は?足枷?」

尽八が怪訝そうに眉を寄せた。わたしは苦笑しながら答える。

「尽八がもっとロードバイクにのめり込んじゃって、それに向き合うために、わたし邪魔だって切られちゃうかもなあって、ちょっと最近思ってて。…わたし、ロードバイクに関しては、ほんとに何の役にも立ててないし」

事実を口にするのは堪えて、萎みそうになる声を無理矢理明るいものにしながら言う。尽八は目をぱちぱちと瞬かせた後、わたしの頬に手を添えて、そして。

「バカかお前は!!」

眼前に尽八がずずいと寄ってくる。整った顔立ちの人の怒った顔は迫力があって圧倒される。目を点にしているわたしに尽八は怒鳴った。

「邪魔ってなんだ邪魔って!お前にオレの邪魔になる要素がどこにある!?」

「え、えっと…尽八は優しいから…練習で疲れてるけどアイツ彼女だから電話しとかなきゃなー、ほんとは休日ごろごろしたいけどそろそろ会ってやらないとなー、構わないとなー、ってめんどくさい気持ちを押し殺してわたしに電話を…」

「そんなわけねーだろ!!幸子の声聞いたら癒されるから電話してるんだ!!幸子に会いたいから会っているんだ!!」

「え、えっと…ありがと…」

「ついでに言っとくが完全休息したい日はきちんととっている!!」

「あ、うん、そっか、よかった」

「オレはなあ!!」

「は、はい」

「幸子のこと、ほんとにマジですっげえすきだからな!!」

突然、『すき』と言われて、胸がいっぱいになる。うまく声がでない。ありがとう、と言いたいのに。頬が熱い。返事に窮しているわたしを余所に、尽八は「っとにお前は…!!」と呆れと怒りを交えた声音で呟いてから、じいっとわたしを見据えた。

「…高校の頃隼人にオレは愛情表現が激しいから幸子は大変そうだなと言われてからなるべく自制するようにしていたが、」

獲物を捕らえる前の肉食動物のように鋭くした眼光を、尽八はわたしに向ける。ごくりと唾を呑みこむと髪の毛を耳にかけられて、そのまま手をかけられる。

「幸子には、激しいくらいで丁度いいみたいだな」

あ、くる。

予感というより培ってきた経験でわかった。荒っぽく塞がれた唇は次第に優しいものに変わっていく。舌先で唇の割れ目をつつかれて大人しく開けるとわたしの舌の裏に舌を差し込んできた。縋り付くようにして背中に回す手に力を強める。久しぶりの感覚に体が歓喜の声をあげる。苦しいのに嬉しくて仕方ない。求められていることが、ただひたすら嬉しい。絡み合った脚の先から力が抜けていく。塞がっていた唇がやっと解放される。唇の端から垂れていた唾液を舐めとられて「っ」と身を竦めてしまう。そのまま軽く唇にキスされてから、じとっとした眼で睨まれた。

「…もしやお前、オレが浮気しているとかそういう心配もしていたんじゃないだろうな…?」

「え、してないよ?」

「なんでそこは自信満々に否定できるのに自分は邪魔かもしれないとか思うんだ…!?」

「だって、尽八はそういうことする人じゃないって知ってるもん」

事実をありのまま口にする。尽八は「ならいい」と満足げに頷いてから、再びわたしを真っ直ぐに見つめてきた。わたしの髪の毛に指を通しながら、丁寧になぞるようにして、わたしを呼んだ。

「…幸子」

「…なあに?」

真剣な瞳を真っ直ぐに向けられることが少し恥ずかしくて、わざと間延びした返事をする。

「…待っててくれて、ありがとう」

尽八は感情をこめながら言うと、「はーっ」と、安心したように息を吐いてから、わたしの肩口に顔を埋めた。

「奪い返すと言ったが、…幸子が他に男作ってなくて…良かった…。作ってたら…ああ…あああ…ああああああああああ…」

悲痛な声が尽八の口から流れ出る。首筋に当たる吐息がくすぐったくて、嬉しくて、わたしは笑った。

「…他に男作られても文句言えないって言ったことあれからすっげえ後悔してな…。幸子が…他の男と…ああ…ああああ…ああああああああああ…」

「信じてよ」

「え」

「尽八が選んだ女の子だよ。そんな簡単に他の男の子に絆されるわけないじゃん」

尽八の声がやんだ。言ってから気恥ずかしくなって「な、なんちゃって」と笑いながら付け加える。すると、尽八がわたしの首筋から顔をあげて、もう一度キスをしてきた。目を閉じて受け入れる。唇を離され、視界が尽八の笑顔で埋まった。ファンクラブの女の子に向ける笑顔とは違う、整えられていない、くしゃっとした笑顔だった。胸の奥がぎゅうっと苦しいくらいに甘く疼いた。

ああ、もう、すきだ、本当に。

「そうだな!ワッハッハッ!だいたいこのオレより良い男なんてこの世にいない!!ワッハッハッ!!」

「じ、尽八、夜だから…静かに…」

「お、悪い。…ここって壁薄いのか?」

「ううん。普通。そんな物音が聞こえるわけじゃないよ」

ふるふると首を振って否定すると、尽八がわたしの上から退いた。何かを思う暇もなく、背中と太腿の裏に手を差し込まれた。ひょいと抱えあげられて、ベッドにおろされた。ぱちぱちと瞬いていると、ギシッとベッドが軋む音が鳴った。

「じゃあ、大丈夫だな」

わたしの上に覆いかぶさっている尽八が不敵に笑った。顔を寄せられて、頬にキスをされながら背中に手を回されて、ファスナーをおろされていく。…昔に比べたら慣れたなあ…。しみじみと思うと同時に、悪戯心が顔を出した。

「尽八」

「ん?」

「わたし、今日生理なの」

「…え」

尽八が悲痛な顔と声音を漏らした。

「そ…、そうか。すまん。幸子の体の状態に気も回さないで勝手に、」

少し恥じらいながら申し訳なさそうに謝ってくる尽八が、あまりにも可愛くてぷっと噴出してしてからネタ晴らしをした。

「冗談だよ」

「…え?」

「あはは、ごめんね?すっごいショックそうだったね、ふふ、ふはっ、はは、あはは」

笑いながら謝る。尽八の頬が赤くなっていくと同時に綺麗に整えられた眉がつり上がっていく。

「あはは、ははっ、ははっ、ふっ、んんっ」

まだ笑っていると、熱っぽい舌が口内に侵入してきて乱暴に掻き乱してきた。頬に添えられた手が力強くて、満足に動くこともできない。呼吸困難になるかと思う一歩手前まで追い詰められる。

「幸子、お前、今日、本当に覚悟しろよ」

やっと酸素を吸い込めた時は、ぎらついた尽八の瞳がすぐ近くにあった。尽八の吐息が唇に触れる。尽八の匂いを嗅いでいる。手を伸ばしたら、触れるところに尽八がいる。

嬉しくて嬉しくて、仕方ない。

「…うん」

微笑みながら頷く。やがてへらっとだらしないものに変わった。

「たくさん触ってね」

そう言って、大好きな背中に手を回して、そっと目を伏せながら思う。

きっとこれからも、わたしは何度も寂しい思いをするだろう。

駆けだすだいすきな背中を見送ることしかできないもどかしさとは一生付き合っていかなければいけないだろう。

あなたが大切にしているものに、わたしは深く踏み込めないから。

だから、待ってるよ。

あなたがいない間に起きた些細な日常の出来事の話を面白く話せる準備でもしながら、待ってる。

だからあなたも聞かせてね。何が起こったかを。楽しかったことも、悲しかったことも。楽しみにして、待ってるから。

どれだけ時間がかかってもあなたが為すべきことを果たして帰ってくるまで、わたしはここで待ってるね。

「…やっぱり敵わん…」

やりきれなさそうに、悔しそうに言う尽八の声が聞こえる。なにが?と訊こうとした言葉は、言葉にならないまま空中に放り投げられた。





覚めない言葉、
  君と僕の道に咲く


Fin.


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