とおまわりの記録番外編 | ナノ



オレの東堂尽八の第一印象は『変なイケメン』だった。

『オレは東堂尽八という。まあオレが美形だからと言ってかしこまる必要はない。仲良くしていこうじゃないか』と、初対面で言われたら誰だって『コイツ、変だ』と、思うだろう。ハァ…と、気おくれしながら返したのを今でも覚えている。自画自賛するだけあって整った顔立ちをしていて、東堂がそこに立つだけで華やいで、常に周りの注目を浴びていた。東堂の隠さない自慢は傲慢さを感じさせずそれどころか清々しく思えるものだったので、男子からも面白い奴と好かれ、女子からは東堂様〜とキャーキャー騒がれたり、東堂のナルシスト全開発言にうざ〜いと言いながらもピンク色の眼で東堂を見られたり、言葉の通り少し軽んじられたり。常に輪の中心にいるような人間がオレの友人だ。

吉井さんは。…吉井さんの第一印象は、とにかく薄かった。いつも一人で本読んでいる地味な子。あーあの子学校休んでいたから友人作るタイミング見失ったのか、可哀想に…と思いながらもオレから話しかけることはなかった。相手は女子だし、気軽に絡みに行ける雰囲気も放っていないし。しかしある日東堂が話しかけた。明らかに東堂は軽いノリで話しかけたのに、吉井さんは常に人の中心にいる東堂に話しかけられてあたふたしていた。多分それがふたりの始まり。多分な、多分。オレも四六時中二人を見ている訳じゃないからさ。

それから、東堂がちょくちょく絡みに行って、吉井さんがおずおずと返していて、吉井さんがだんだん自然に笑うようになっていって、友人になっていっていた。

吉井さんは、本当に普通の女子だ。だけど、ちょっと違った。東堂に対する態度が、他の女子とは、少しだけ。

盲目的な憧れを向けるわけでもなく、軽んじるわけでもなく。

傍で、楽しそうに東堂の話を聞いていた。








ドゴッと鈍い音が鳴った。ん?と、音の先へ視線を向けると、向かい側のコートで吉井さんが尻餅をついて鼻を抑えていた。そのすぐ近くにバスケットボールが転がっているところから察すると、吉井さんの鼻にボールが激突して、そのまま尻餅をついてしまったのだろう。あーらら。周りの女子達が「だいじょうぶー!?」と心配そうな表情でしゃがみこんでいる。吉井さんは「気にしないで〜」と、笑顔で言いながら顔の前で左手をひらひら泳がせていた。右手はまだ鼻を抑えている。吉井さん、吉井さんが気にしないでつってもな。アイツはな。

「幸子!!」

うん。ほら飛び出して行った。恥ずかしげもなく。大声で名前呼んで。

「げっ、なんか来た」

派手な女子が東堂をうざがるが、東堂はそれを意に介さず、吉井さんの目線に合わせるかのようにしゃがみこんで「大丈夫か?」と眉間に僅かに皺を寄せて訊いた。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ちょっとボール取り損ねて鼻に当たっちゃってボールに足を取られて滑って尻餅ついただけだから」

どんだけドジやらかしてんだ吉井さん。

先ほどと同じようにひらひらと手を振りながら笑う吉井さんを真剣な面持ちでじいっと見つめた後、東堂は吉井さんの右の足首を片手で掴んだ。優しく掴んだのだろう、吉井さんは痛がるような表情は見せず、代わりに「へ」と目を瞬かせた。

「さっき、足首捻っただろう」

東堂は表情と同様の真剣な声色で吉井さんに訊く。吉井さんは東堂から少し目を泳がせて「…あははー」と気まずそうに笑った。

東堂が吉井さんの背中と太腿の裏に手を回して持ち上げようとしたところで「わー!」と、吉井さんが声を上げた。顔が真っ赤だった。東堂は「どうした」とこともなげに訊いた。

「あ、あの、そ、そういう抱っこは、みんなの前では、ちょっと。せ、先生に肩をかしてもらうから」

「オレは教師と言えどお前の肌を他の男に触れさせたくない。…先生」

東堂はきりっと表情筋を引き締め、真剣に懇願するような声音で言う

「あ、うん。わかった。お前が連れてけお前が」

「へ、せんせ…っ、わー!!」

体育教師に頭が痛そうにこめかみを抑えながらゴーサインを出された東堂は、悲痛な声を上げる吉井さんをそのまま持ち上げた。わ〜お!と吉井さんの友人の堀田さんが歓声を上げていた。

「いいなあ〜、わたしもされたい」

「行ってらっしゃい、幸子ちゃん。あーやだ熱い熱い」

「み、美紀ちゃん…依里ちゃん…! あの、ほんと、恥ずかしいから、その…!」

吉井さんは羞恥で顔がタコのように赤くなっていた。鼻から手を離し、両手を顔の前で振っている。あ、鼻血垂れてる。東堂はワッハッハッと快活に笑った。

「鼻血出てるぞ。なかなか間抜け面だ」

「…へ、ひゃっ、わあっ!」

東堂はわざと吉井さんを抱える腕を大きく揺れさせた。驚いた吉井さんが落とされないために、反射的に東堂の首に手を回す。東堂が満足げに狡猾に口の端を上げた。

「ワッハッハッ、振り落されないように捕まっとくんだぞ」

「わ、わざと…!?」

吉井さんの羞恥と驚きと僅かな怒りを、東堂はワッハッハッと笑い飛ばした。快活な笑い声を体育館に残して、二人は去って行った。

オレは、いやオレだけではない。オレ達男子はこう思った。

はっずかしいヤツ…!!






「可愛い彼女が捻挫して苦しんでるんだぞ。飛んでいくのが当然の心理だろう」

東堂はあっさりと言った。オレはいちごミルクをストローで飲みながら呆れた目を東堂に向ける。今は昼休みで、昼食を丁度食べ終わり、教室でだらだらと過ごしている。今日も母ちゃんの作った唐揚げは美味かった。

「どっちかっつーと恥ずかしすぎて苦しんでたぞ吉井さん。あのあと女子にすっげー冷やかされてて…顔色がタコみたいになってた」

「ワッハッハッ、可愛い奴め」

大きく笑ったあと、東堂は悪戯が成功したガキのように目を細めた。

「…お前って吉井さんには、なんかこう、」

「なー!!数学の教科書貸してー!!」

突然、後ろから腕を頭に乗せられて「ぐえっ」と呻いてしまった。恨みがましく振り向くと隣のクラスの友人がいて、オレに「頼む!」と、手を合わせていた。

「お前マジで忘れ物多いよな。次からレンタル料とるからな」

「ケチ。んなんだから彼女できねーんだよ」

「いらねーよ」

すげなく返してやる。強がりでもなんでもなく、本当のことだ。女子は面倒くさい。男友達と馬鹿やっている方がオレには性に合っている。

「よ、東堂ー。お前と話すの久しぶりだな」

「そうだな。この箱学一の美形クライマーであるオレと話せることを、」

「はい、いいからそういうの」

「オイ!」

交友関係が広い東堂はこの友人ともそれなりに友人関係を築いている。東堂は声を荒げて突っ込んでみせるものの、本気では怒っていない。げらげらと笑い声が起きた。

「東堂、彼女をお姫様抱っこしたんだって?」

すげェ、もう広まっている。まァ、それもそうか。東堂だもんな。ファンクラブを有しインハイにも出場した東堂は目立ちに目立っている。一挙一動を注目されるほどに。

「ああ。アイツ、捻挫していたからな」

「お前よく気付けたよな」

「オレは常に幸子を見てるからな!」

「え、キモ」

「キモくはないな!!」

友人はしげしげと呆れ返った調子で「お前、ほんとーに、えーっと…吉井さん、のこと好きだよなあ」と言って、それから。

「アレ?自分がもうなんでも持ってるから、彼女には大してなんも求めてねえって感じ?」

軽い調子で、無邪気に言い放った。

東堂の笑顔が強張った。

多分、オレの笑顔も。表情筋がうまく動かないから、そういうことなんだろう。

「オレが東堂だったら、もっとレベル高い女子狙うわ〜。吉井さん別に悪くはないし、ま〜手も全然出せるし、普通にそこそこ楽しそうに付き合えそうだけど、東堂だったらもっと上目指せんじゃん?C組の読モの子とか。っつーかお前派手好きなんじゃねーの?なんで?あ、女子の趣味は地味専?あ、それとも…そっか東堂は巨乳好きかー!!今度そういうエロいやつ貸してやろうかー!?」

明るい笑顔で、何の悪意なく、無邪気に、放たれる言葉の数々。馬鹿、やめろ、と口を挟む前に、冷気を感じた。ぞわっと背筋が寒くて震える。暖房がきいた教室で寒いと思うはずがないのに。恐々と東堂に視線を向けて、ぞくっと寒気が背中を駆けた。基本的に、常に感情を表に出している東堂から、感情が失せていた。

「…東堂?」

友人が不思議そうに首を傾げた。何にも気付いていない。コイツにとって、侮辱じゃないからだ。ありのままの本音を無邪気に口にしただけだからだ。

コイツは理解できていない。
東堂が、吉井さんにどれだけ心底惚れぬいているかを。

「…レベルってなんだ」

形の良い薄い唇から氷のように冷たい声音がするりと流れた。

「…え」

「一体なんなんだ、それは。人間の何かが数値化されているのか。お前にはそれが目に見えてるのか。それはどういう規定で定められてるんだ」

友人が狼狽えながらオレに視線を寄越した。ハァッと息を吐いてから「お前、謝っとけ」と苦々しく言った。

「え、なんで」

「…いいから」

「オレなんも言ってねーじゃん」

友人が能天気に言うと、東堂がガタンッと荒々しく立ち上がった。そして、勢いよくドアを開けて出ていった。

「…東堂なんであんなにキレてんの?」

未だに何にもわかっていない友人の額を軽くぴしゃりと叩いてから、東堂のあとを追いかけた。

全く、世話が焼ける友人だ。






「あーさっみ、死にそう、凍死したら東堂のせいだからな」

渡り廊下は冷たい風がびゅうびゅう吹き込んでいた。ひたすら寒くて身を縮こまらせる。ブレザー置いてくるんじゃなかった。東堂はずっと沈痛な表情を浮かべながら黙っていた。いつもあれだけ口をべらべら動かしているヤツなのに。

「…アイツはさー、東堂と吉井さんと同じクラスになったことねえからさー、知らねえんだよ。わかってないだけなんだよ。お前がマジで吉井さんにベタ惚れってこと」

幸か不幸か。オレはこの二人と三年間同じクラスだった。だから知っている。二人のはじまりも、途中のまどろっこしい経過も。

「…知らなかったら、何を言ってもいいのか」

硬い声がぼそっと落とされた。東堂は手を拳にして、ぎゅうっと握りしめていた。

「アイツのこと、何にも知らないくせに勝手に決めつけて馬鹿にして、その度にアイツがどれだけ傷ついてるか知ってんのか。なんてことないように、頑張らなきゃなあなんて無理矢理笑って。頑張る必要なんかなんもねえのに、傍にいてくれるだけでいいのに、アイツが、どれだけ、いつも、オレに、」

意味を持たない途切れ途切れの言葉が、ぼろぼろと落ちていく。東堂は俯けた顔を片手で覆いながら、心の底から悔しそうに怒りを滲ませて呟いた。

「…っ、ふざけんな…っ」

それを聞いて、オレは、二三秒経ってから「前から思ってたんだけど」と言った。

「スリーピングクライムってなに」

心なしか、一段とひゅるると冷たい風が通った。東堂が顔から手をのけた。目を白黒させながらオレを凝視している。オレは東堂に白い目を向けながら言った。

「オレお前と友達になりたてのころ、オレのスリーピングクライムはうんたらかんたら言われて、マジで『ハァ?』って思ったんだよ。ぶっちゃけると引いたんだよ。しかもオレ、チャリのことぜんっぜん詳しくねーのになんか語ってくるし、クッソあの玉虫…!とか突然言い始めるし玉虫って何って訊いてんのに次こそは…!しか言わねーしお前から話振っといて無視してんじゃねーよカチューシャゴミ箱捨てんぞってマジでイラついてた」

この三年間同じクラスだった恨みを東堂にぶつけていく。東堂はポカンと口を開けていた。

「女子からモテる話とかさらにマジでどうでもいいし、お前のこと東堂様〜つってる女子以外は東堂の話って適当にしか聞いてないのに、吉井さんは、」

記憶を引っ張り出す。東堂も吉井さんも今より幼かった、あの頃。もちろんオレも幼かった。

『東堂くんが静かに漕ぐの?』

『そうだ、だからオレはスリーピングビューティと呼ばれている!』

『へええ〜。すごいねえ、二つ名かあ…すごいなあ…』


『クッソ、あの玉虫…!!』

『玉虫?』

『吉井聞いてくれ!!この前の大会で…!!』

『はいはい、なになに?』


吉井さんは東堂の延々と続く長話を、盲目的でもなく、馬鹿にするでもなく、ほうほうと頷きながら、へらっと笑いながら、楽しそうに訊いていた。

「…吉井さんは、ちゃんと聞いてて、すげーなって思った」

別段、すごいことじゃない。誰にでもできることだ。吉井さんじゃなくたってできることだ。でも、吉井さん以外誰もしなくて、吉井さんだけ、していた。大多数が適当に聞き流していても、吉井さんは流されず、きちんと聞いていた。

「…お前、実際、結構、結構っつーか、マジですげーやつじゃん。なんっつーか、頭の回転?すっげー速いなって思う時あるし、いっしょに馬鹿やって騒ぐけどさ、そういう時はお前も高校生なんだなって安心するけど。でも、冷静モードの東堂って同じ高校生に見えなくて遠い奴だって思うんだけど、吉井さんといる時は、お前…ガキっつーか、」

「…ガキ?」

東堂が怪訝そうに眉を寄せた。ガキと言われたのは初めてなのだろう。表情が物語っている。なんだかそれが面白くて、少し笑ってしまった。

「二年の時、遠足の帰りにさ、」

思い出を言葉にしていくうちに記憶が蘇っていく。綺麗な茜色が空を染め上げた黄昏時のことだった。窓から差し込んだ柔らかな夕陽が吉井さんの後頭部を当てていた。うつらうつら、こっくりこっくり。電車の振動に合わせて首を小さく上下に揺らしている吉井さんの隣に東堂は座って、じいっと寝顔を見ていたかと思うと、吉井さんの鼻をつまんだ。

『ふんがっ』

『ぶっ』

豚の鳴き声のような呻き声に吉井が噴出した。手の甲を口元に当てて声を押し殺しながら笑っている東堂を吉井さんが目を白黒させながら見ていた。

『今…なにが…』

『吉井、お前今豚の鳴き声みたいな声出してたぞ…っ、ふんが…っ』

『…へ!?う、うそだ!!』

『嘘じゃない。なあ、お前も聞いただろ?吉井の豚みたいな鳴き声』

『…ふんがって呻いてたな』

『ほら』

顔を真っ赤にして唇を真一文字に結んで、羞恥に堪えている吉井さんをからかって楽しんでいる東堂はどこからどう見ても、好きな子をからかっているただのガキだった。東堂のレースを見に行ったことがある。その時見せた『山神東堂』からかけ離れた、ただのガキだった。

「オレ、そういう東堂と吉井さん見てきて、彼女欲しいってのはよくわかんねーけど、好きな子なら欲しいって思うようになったし、恥ずかしいこと平気でやってのけられるぐらい誰か好きになんの、すげー良いなって思うようになってきたし、」

真剣な話をしていることが照れ臭くて、ポケットに手を突っ込んで俯きながらボソボソ喋る。俯いているので東堂の顔は当然見えない。

「…すげーお似合いの、良いカップルだって思ってる」

やっとの思いで言葉を吐きだした。恥ずい。恥ずかしすぎて、死にそうだ。顔に熱がどんどん集まっていく。真剣なことを話すのが恥ずかしい年頃なのだ。東堂が何か喋り出す前にアーッと声を荒げた。

「っつーか東堂の場合吉井さんが可愛い〜ってちやほやされまくってたらそれはそれで腹立つんだろ!?あんまりにも東堂が吉井さんのどこがいかに可愛いかトーク続けるから確かに吉井さん気が利くし癒し系で可愛いよな〜って言ったら『…お前…』ってマジで警戒モードに入り出してうっぜーんだよ!!」

ばーっとまくし立てる。東堂は少し圧倒されていたが、やがて、ふっと口元を緩めた。

「ワッハッハッ!照れ隠しにキレるんじゃない、オレと吉井を箱学一のベストカップルだと思っている可愛い奴め」

「そこまで言ってねえんだけど」

「まあ確かにそうだろうな。オレは箱学一の美形クライマーだしトーク力もある天に三物与えられた箱学一の美形だ」

「お前今二回箱学一つったな」

「そして吉井は控えめな可愛さを持っていておっとりしていて可愛くて笑い上戸なところが可愛くて肌が綺麗だからすぐ触ってしまうんだが触るとくすぐったがり屋だから身をすぐよじってなそれがもう可愛くて可愛くて」

「その話もう聞くの14回目ぐらいで飽きたから帰るわ」

「オイ!!」

すっかりいつもの調子に戻った東堂に白い目を向けたあと、東堂の怒声を背中で受け取る。あーさっむ!と身震いすると、東堂に名前を呼ばれた。振り向くと、東堂が穏やかに微笑んでいた。切れ長の怜悧な目に、優しいぬくもりが宿っていた。

「…ありがとう」

こういう時、東堂は恥じらいもせず素直に礼を述べられるから、年齢の割に熟した精神を持っている、敵わなねえな、と痛感する。

そして、誇らしく思う。
そんなヤツと、仲良くなれたことを。

「…吉井さんにフラれたら東堂どーすんの?」

「…え?」

しかし、オレはまだガキなので、『どういたしまして』なんて大人の対応はできず、代わりに意地の悪いことを言ってしまうのだった。東堂の、モテる奴の間抜け面って、最高に気持ちいい。




あたたかいので飲み干した


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