とおまわりの記録番外編 | ナノ



「話したいことがある」

真剣な顔、真剣な声で話されたものは尽八の進路の内容。それを聞いたわたしは、「そ、っか」と小さく顎を引いてから、「そっかあ」と、笑った。









「懐かしいねえ」

進路を教えてもらった放課後、今日何もないなら時間がほしいと尽八に頼んだ。柔らかなオレンジ色の光が差し込んでいる教室はわたし達が一年生のころ使っていた教室。弾んだ足取りで後ろから三番目の窓際の席に「ちょっとごめんね」と今ここにいない持ち主に勝手な断りを入れてから座る。

「わたし、一年生の始めの頃この席だったよね〜」

「よく覚えてるな」

少し口角をあげた尽八が懐かしむように目を細めながらわたしの前の席に腰をおろした。へへへ、と笑ってから目を伏せる。

「そりゃあそうですよー。なんたって『東堂くん』に声かけられて、ほんと吃驚しちゃったからさ」

「…そこまで驚くことか?」

尽八は怪訝そうに片眉を下げた。いつもあれだけ得意げになっていかに自分が賞賛されるに値する人物か語っているのに、と苦笑した。一年生の頃から男の子には一目置かれ、女の子には桃色の眼差しを向けられていたスクールカースト上位層の『東堂くん』が、スクールカーストが低い方に分類される『吉井幸子』に話しかけてきたのだ。軽い立ち話ではなく、今みたいに椅子に座ってじっくり腰を据えて話そうというスタイルで。

「あれからもう二年経ったんだねえ。いろんなことがあったなあ」

頬杖をつきながら、窓の外の沈み行く夕陽を眺めながら、ゆっくりと思い出していく。友達になれて、苗字呼び捨てにして、仮の彼女になって、本当の彼女になれて。彼氏と彼女がする一通りのことはすべて終えた。一年生の頃のわたしが今の状態を知っても信じられずにあははと笑い飛ばすだろう。

これから先は、今までのようにいっしょにいられない。ほぼ毎日会えるという確証は破棄される。

「一年生の時、わたしが牛乳プリン食べてたら、」

「幸子、」

真摯で真っ直ぐな響きを持った尽八の声がわたしの名前を呼んだ。ゆっくりと視線を尽八に向けると、声と同じ色をした瞳がわたしを見据えていた。

「無理してるだろ」

眼が逸らせない。逸らすことを許してくれない。軽薄な外見とは裏腹に、真っ直ぐ過ぎる信念を胸に宿したこの人の瞳は。そして何より、わたしは逸らしたくなかった。

「…あんなこと、急に言ったオレが言うのもなんだが、そうやって、無理されると、」

眉を苦しそうに眉間に寄せて視線を下に向けながら、ぽつぽつと小さく落とされていく言葉に、わたしは言葉を重ねた。

「いかないで」

尽八が視線をわたしに戻した。すうっと冷静だった瞳が驚きで見開いていた。その理由は、わたしが何の感情も露にせず、いつもは緩みきった表情筋をぴしりと引き締めていたからだろう。

首を傾けると、髪の毛が揺れた。微笑みながら、口を開く。

「…って言ったら行かないような男の子を、わたしはすきになったんじゃないよ?」

尽八の眼がすうっと、先ほどよりも大きく見開いた。

行かないでと言ったら。縋り付いたら。優しい優しい目の前の男の子はわたしにたくさん心を砕いてくれるだろう。

でも、きっと行ってしまう。

譲れない信念を胸に秘めた男の子だから。

わたしはぼんやりしていて、色んなのものを見逃して生きてきたけど、それだけはわかるよ。

わたしよりも一緒に頑張ってきた福富くん達や、競い合ってきた巻ちゃんの方が段違いにわかっていると思うけど、わたしなりに見てきたから。遠い存在であることが更に強く感じられて、あなたが放つ光が眩しくて目を逸らしたくなったこともあるけど、ちゃんと、頑張って、見てきたから。

人一倍見てくれを気にする尽八が髪型がくずれても気にせずに、汗だくになってペダルを漕いでいる背中に、細いけれど確かに筋肉がついたその背中に、刻んできた軌跡を宿した背中を、見てきたから。

「強がり、張らせてほしい。泣いて縋り付いて迷惑かけるような女の子になりたくない」

「迷惑なんて、」

「わたしが、嫌なの」

有無を言わせない強い口調で話すのは、いつぶりだろう。わたしはへらへら笑って聞き役に徹することが多いからなあ。どこかピントのずれたことをぼんやりと思いながら、真っ直ぐに尽八を見据えた。

「迷惑に思うような男の子じゃないってことは知ってる。けど、わたしが嫌。…わたし、こんなんだから、整形でもしない限りなんであの子が?って、尽八の傍にいる限り、言われ続けると思う。だから、」

だから、せめて、せめて。

「…わたしだけは、認めてあげたい。強くて凛々しい女の子になって、わたしだけは尽八の傍にいることを許したい」

強くて凛々しい女の子になって、強くて凛々しい尽八の傍にいたい。

「…は、恥ずかしいこと、べらべら喋っちゃった…み、未成年の主張…なんちゃって…あははは…」

青臭いことを滔々と語り続けていたことに今更羞恥が沸いてきて、照れ笑いを浮かべる。尽八はわたしとは逆に、ずっと真顔だった。小さく息を吐いてから、わたしの両手を下から掬い取るようにして取った。わたしの指先を親指でなぞりながら、諦観したように笑った。

「…敵わんな、本当に」

「そうかなあ」

「ああ。オレは、お前にはずっとやられっぱなしだ」

ははっと年相応に笑う顔が可愛くて、好きで、胸の奥の奥が疼く。心臓がぎゅうっと絞られたかのように苦しくなる。ぐっと奥歯を噛んでから、明るい調子で言った。

「すぐ帰ってきちゃったら、笑うからね〜」

「ああ」

「ファンクラブの子に尽八結構意思弱いよ〜ってこと流しちゃおうっと」

「ああ」

「荒北くんに、尽八の恥ずかしいところ、」

何かが込み上げてきて、言葉が突然詰まる。じんわりと視界がぼやけていく。ぶんぶんと頭を振って、払い飛ばしてから明後日の方向に視線を滑らせて、ふうっと息を吐いてからもう一度尽八に視線を向けて、口角を上げた。

「―――恥ずかしいところ、言っちゃうからね!」

わたしが泣きだしそうになっていることを頭の良い尽八はとっくの昔に悟っている。わたしを見つめる瞳が物語っていた。けど、わたしの意思をくみ取ってくれているから、いつものように『泣いてしまえ』と言わない。

ありがとう。

それでいいの。それがいいの。

「…スモールライト発明されねえかな」

「なんで?」

「幸子を小さくして、ポケットに入れて持っていきたい」

「南くんの恋人みたい」

「この場合東堂くんの恋人だろう」

「あはは」

笑いながらずずっと鼻を啜ると、尽八がわたしの鼻を人差し指で押した。押された瞬間に目を閉じる。目を開けると、可笑しそうに尽八が「トナカイみたいだな」と、笑っていた。

ずっと、見ていたい、と。ただそれだけを願った。






泡のような愛だった


prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -