「これ、五百円で買わない?」
それはある金曜の昼下がりのこと。六限目が終わって、帰る準備をしていたら、幸子の友人の堀田さんがオレの前に座り込んで、真剣な面持ちで「話があるの」と言ってきた。普段ほとんど会話したことのない堀田さんがオレに何の用だろう、と不思議に思いながら「わかった。話を聞こう」と堀田さん同様の真剣な面持ちをして返した。すると、堀田さんはすっと写真を、机の上に滑らせた。
幸子の寝間着姿の写真だった。
「あのね。先週ね、三人で幸子ちゃんちでお泊り会したの。そこで、ぱしゃりと撮ってね。これを一枚、五百円で買わない?わたし、今ほんとにお金がなくて…。お菓子代が…足りなくて…。東堂くんってお金持ちなんでしょ?おっきい旅館の息子なんでしょ?幸子ちゃん、可愛いでしょ?幸子ちゃんのこと、すきでしょ?」
切実に訴えかけてくる堀田さんの声が、耳から耳を通り抜けていく。幸子の写真に目が釘付けだ。前、オレの部屋に泊まった時は、オレの服を貸したし、修学旅行の時は、寝間着まで見られなかったし。寝間着というかルームウェアという名称が似つかわしい可愛らしいものを着ていた。右手は寝ぼけ眼を擦っていて、左手は欠伸をしている口を隠していた。日常のふとした瞬間を切り取ったような写真だった。
「…堀田さんはカメラマンの素質があるな…」
「え、ほんと?」
「ああ。や、でもこの場合は被写体が良いってのもあるな」
「そっかあ〜、わたしカメラマンか〜」
写真に夢中になっているオレと、カメラマンになった自分を夢想している堀田さんは、会話がかみ合っていないことに気が付かなかった。
ふわり、と、しつこくない甘味を孕んだ空気が鼻孔をくすぐった。
「何してるの〜?」
その匂いを纏っている人物が、ひょっこりと、机を覗き込んできた。その人物、幸子は写真を見た瞬間、目を見開いて「わ!!」と悲鳴のような声を上げて、写真を引っ手繰るように掴んだ。
「な、なんでこの写真がここに…!」
「カメラマンか…。年収いくらかなあ…。大野くんの写真撮れるかなあ…」
「美紀ちゃん、なんでこの写真、じ…東堂に見せるの!」
幸子は恥ずかしがって、人前ではオレのことをまだ苗字で呼ぶ。恥ずかしいから、自分のことも人前ではまだ苗字で呼んで、と頼んできた。恥ずかしがることはない、と力説したのだが、「わかってるんだけど…」と真っ赤な顔で俯きながら手遊びするから、ならば仕方ない…と不承不承頷いた。
「お金がなくてね。それで、東堂くんにこの写真を売って、一儲けしようってたくらんだの!名案でしょ?」
にこにこと、邪気のない笑顔を浮かべたあと、得意げに胸を張る堀田さんに「名案じゃないよー!」と少し怒りながら声を張り上げたあと、幸子は写真を没収した。堀田さんが悲痛な呻き声をあげた。
「うっうっ…。お泊り会の時はあんなに優しかったのに…。お手製アップルパイをくれた幸子ちゃんはどこにいったの…」
「…アップルパイ?」
お手製…?
「東堂くん、幸子ちゃんお手製のアップルパイ食べたことないの?」
「ない」
「そうなんだ〜。わーい、わたしのが幸子ちゃんと仲良しだ〜!」
きょとんとした顔から、ぱあっと顔を輝かせて万歳三唱をされて、むっと眉間に皺が寄る。
「幸子ちゃんち泊まったことある?」
「…ない」
「わーい!わたし五回もある〜!」
にこにこと。邪気のない笑顔を浮かべながら、こどものように喜んでいる堀田さん。…落ち着け。東堂尽八。堀田さんと幸子は気心が知れた同性の友人なのだから。堀田さんは女子なのだから。何、嫉妬する要素はどこにもない。いやこれは嫉妬ではない。嫉妬ではなくて、その、なんか、アレだ。なんかアレだ。アレといったらアレだ。
「み、美紀ちゃん」
「東堂くんは幸子ちゃんと一緒にお風呂入ったことある?」
「な、ないよ、そんなの」
オレの代わりに、幸子が少し慌てた様子で答えた。すると、堀田さんは、弾んだ声で言った。
「わーい、わーい!わたしはね〜、修学旅行も合わせたら六回もあるよ〜!羨ましいでしょ〜!」
う ら や ま し い。
羨望なんて可愛い言葉ではおさまらない。嫉妬だ。彼女の友人にまで嫉妬するとは。嫉妬のあまり『羨ましい!!羨ましい!!ずるいぞ堀田さん!!ずるいぞ!!』とろくに会話をしたこともない堀田さんの肩をぐわんぐわんと掴んで揺さぶりそうな衝動を必死に抑えつけて「…風に当たってくる…」と、ふらふらと立ち上がった。幸子の友人には、優しくしたい。
ものすごく…羨ましい…。チクショー、オレだって女子だったら…。よろよろとふらつく足で廊下に出た時、ちょんちょんとセーターを引っ張られた。振り向くと、「あ、あのね」と、何か言いたげにオレを見上げている幸子がいた。
「どうした?」
幸子は、視線を左右にさまよわせたあと、「…あ、の…」と小さな声で前置きしてから、言った。
「わたしの家、土日、お母さん単身赴任のお父さんのところに、行くから、その。…明日、泊まりに来る?」
青天の霹靂。雷がオレの体を駆け抜けた。
「あの、でも、わたし、生理…だから、そういうこと、できないけど、」
「行っていいのか…!?」
幸子の小さな掌を両手で掴みながら、喜びを隠せない声音で訊いた。幸子は目をしばたかせたあと「で、できないよ…?」と、恐る恐る言う。
できないのは、正直ショックだ。けど、それ以上に。
「いい。お前の家に招かれたということが、嬉しい」
隠しきれない喜びが、笑顔として表れる。幸子は丸くしていた瞳を、緩めて「…そっかあ」と、嬉しそうに呟いた。
「…またあそこ二人の世界に入ってる…くそうぜぇ…」
「あ、荒北くんだ!幸子ちゃんのパジャマの写真1000円で買わない?」
「いらねェ」
「じゃあわたしの、」
「いらねェ」
寮生ではない友人にアリバイ作りを頼んで(その際「死ねばいいのに」と五十回ぐらい言われた)、幸子の自宅に上がり込んで、今。
「だいじょうぶ?美味しい?」
「大丈夫だ。美味い」
ほっと胸を撫で下ろしている幸子が作ったオムライスを食べている。美味い。なんかよくわからないが泣きそうだ。目頭が熱くなる。
「もうちょっと味濃い方がいい、とかある?」
「いや、薄味の方がオレは好きだ」
「そっかあ。じゃあ、これ濃い?」
「や、別にいいと思うぞ」
「そっかあ」
ふんわりと、何もかもを包み込むような笑顔を向けられる。可愛いな、ああ可愛いな、可愛いな。松尾芭蕉が『松島や ああ松島や 松島や』と詠んだのもうなずける。わかるぞ。本当に何かに感銘を受けたら、もうそれ以外思えなくなる気持ち。松尾芭蕉に共感の思いを馳せていると、ピピッと機械音が鳴った。
「あ、お風呂沸いたみたい。お客様の尽八が一番ね。使い方、教えるね〜」
幸子は弾むような足取りで、オレの手首を掴んで、風呂場へ連れて行く。
「なんか、幸子。いつもより、テンション高くないか?」
「尽八とずっと一緒にいられて、嬉しくて、つい。えへへ」
筋肉の抜けきった笑顔を向けられて、可愛すぎて脳みそが沸騰した。
落ち着け落ち着け落ち着け、と顔を掴まれていない方の手で覆いながら必死に自制している間に、幸子が「これがシャンプーでね」と説明していく。
浴室に、オレと幸子が二人いる。幸子の頬はほんのり桃色に色づいていた。楽しそうに説明を続けている。
裸を見たことは三回ある。インドア派と主張するだけあって、服の下は一度も日に焼けたことがないことがありありとわかった。青い静脈が肌にうっすらと浮かんでいるのが見えるほどの、白い肌だった。
「熱かったら、ここ押して、水いれてね。冷たいって思ったら、ここ押して、お湯入れてね」
湯の中で揺れる白い肌。丸みを帯びた体の線を伝う雫。
想像するだけで。
「そうだ、にゅう、よく、ざ、」
後ろから、小さな体を抱きすくめると、幸子の楽しげな声は消えた。しいんと静寂が流れたあと「も、もう」と照れ隠しから笑う幸子の声が浴室に響く。
「…一緒に、入りたい」
ぽつりと本音が漏れる。「…へ」と呟いた後、腕の中の幸子が硬直して、体温が二、三度上がったような気がした。名残り惜しい気持ちを抑えて幸子を解放する。幸子がゆっくりと体を反転させて、おずおずとオレを見上げた。真っ赤な顔で「え、と」と紡ぐ唇は戸惑いで震えていた。
「…困らせてしまったな。悪い。冗談だ」
困ったように皺を寄せていた幸子の眉間を人差し指でつついたあと「説明ご苦労!」と軽い調子で肩を叩いた。
「さて、入るか。お、どうした。いつまでも突っ立って。美しいオレの裸を見たい気持ちはわかるがな。ワッハッハ!」
「え、あ、ごめ、じゃ、じゃあね」
慌てふためきながら顔の前で両手を振って、慌ただしく浴室から出ていく幸子。バタン、とドアが閉じられたのを見届けてから、ハァーッと息を吐いたあと、へなへなとしゃがみこんだ。
好きな女と一つ屋根の下で一晩過ごすのに、手を出せないという状況というのを、甘く見ていた。
髪の毛から、幸子と同じ匂いがほんのりと漂う。甘いミルクの匂い。男が発する匂いにしては、甘ったるい。幸子は、今、風呂に入っている。風呂上りの幸子。…駄目だ駄目だ、しっかりしろ、オレ。と、自分を戒めていると。
ぺち、という。裸足がフローリングを踏む時に鳴る特有の音が耳に入ってきた。音の方向に顔を向ける。蒸気で頬を紅潮させた幸子が立っていた。堀田さんに見せられた写真と同様のルームウェアを着ている。ショートパンツだから、太ももが露になっている。
よし、寿限無を唱えよう。寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来食う寝る処に住む処「尽八?」
いつのまにかオレの隣に座っている幸子がひょっこりと顔を下から覗き込んできた。突然すぎて驚くこともできなかった。
「どうしたの?」
「気にするな。心の中で寿限無を唱えていただけだ」
「え、寿限無言えるの?すごい」
「オレは山神だからな」
バクバクとうるさい鼓動から目を逸らし、腰に手をついてワッハッハと高笑いしながら「英訳するとキングオブマウンテンだ!」と誇らしげに言う。
「なんで英訳するの。もう」
幸子は楽しそうに、くすくすと肩を揺らして笑う。幸子は正座を崩した形で座っていた。アヒル座りと呼ばれるそれは、太ももを床に全面的につけているもの。露になった太腿をひんやりと冷たいフローリングにつけるなんて。だから、「寒くないのか?」と不思議に思って訊いた。
「寒くないよ〜。わたし、暑がりだから。寒くても寝る時は靴下履かないし」
「そうか」
フローリングにぺたりとつけられた太腿は、少し平べったくなっている。ああ、もう、どこを見てるんだ、オレは。太腿から目を逸らして、幸子の顔を見る。ん?と首を傾げる幸子。
「幸子の、それ、着心地良さそうだな」
幸子のルームウェアを指さすと「うん」と笑顔で頷かれた。
「フードもついてるのか」
「そうなの。ルームウェアなのにね。家以外で着ないのに面白いよね」
なんとなく、幸子の後頭部に手を回して、フードを被せる。その際「わあ」と嬉しそうに幸子がはしゃいだ。すっぽりと、頭が収まった。フードにウサギの耳がついていた。重力に負けて垂れていた。両手でウサギの耳を摘まんで軽く持ち上げる。それを、フードの中から、幸子が上目遣いで見ていた。
目と目が、合って。
「尽八って、ウサギすきなの?」
少し、くすぐったそうに、微笑まれた。
気付いたら、衝動のまま動いていた。耳から手を離して、フードごと幸子の頬を包み込みながら、唇を合わせていた。うっすらと目を開けると、幸子は眉尻を下げていた。閉じていた瞼が少しだけ開いた。とろんとした瞳でオレを見ると、オレが目を開けていることに少し驚いた後、嬉しそうに細めて、また閉じた。その様子が、ひたすら可愛くて、少しだけ離してから、ぺろっと唇を舐めあげてから、また押し付ける。
額、左の頬、右の頬、瞼、それぞれに軽くキスすると、ふふっとくすぐったそうに笑う声が耳をさらった。ファスナーに手をかけて、下ろしていくと、少し久しぶりに見る豊かな胸が顔を出した。下ろしきったところで、谷間に舌を這わせる。ミルクのように白い肌から、ミルクの匂いがした。幸子は「ん」と鼻がかった声を漏らした。右手を背中に滑らせて、尻をなぞったところで。
幸子は、生理。
とてつもなく重大なことを思い出した。
ばっと肩を掴んで、慌てて離す。「わ、悪い!」と慌てふためきながら謝る。幸子は小さく息切れをしながら、丸くした瞳でオレを見据えていた。
幸子はあらかじめ『できない』って言っていたのに。ああもう、またやっちまった。
幸子は俯いていた。その間も、ファスナー全開のルームウェアから、胸と腹が見えている。これ以上晒し出されると、本能がまた顔を出してくるので「風邪ひくぞ。腹出して風邪ひくなんて、子供のすることだぞ」と、わざとからかう調子で言いながら、ファスナーを上げていく。すると、幸子がファスナーを上げるオレの手首を掴んだ。
え。
瞬きをしていると、幸子が顔を上げた。恥ずかしそうに視線を下に向けてから、オレを真っ直ぐに見つめて、口を開いて「…したいの?」と訊いてきた。
蒸気した頬。とろんと濡れた瞳。甘ったるい口調。そんな体で訊かれて、『したくない』と嘘が吐けるほど大人じゃなくて、黙った。幸子はそんなオレをじいっと見て、何やら考え込んでいた。
…ちょっと待て、この表情。
これまでの幸子の行動パターン、性格から分析する。導き出された答えは、いつもの幸子が出す答えで。ああ、もう、またコイツは。
「じゃ、あ。しよう。その、ネットとかで調べれば、大丈夫な方法も…わ!」
ごつん、と軽く頭突きをした。頭突きと言っても、額と額をほんの少しだけ強く合わせた頭突きと言えない代物だが。額を合わせたまま、幸子を睨みつけてから、咎めるように言った。
「大丈夫なわけないだろ。馬鹿」
幸子は見る見るうちに元気を萎ませていった。あ、また勘違いしてるんじゃ、という懸念は的中した。今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて、無理矢理作った朗らかな声色で言った。
「そう、だよね。汚いもんね。ごめんね。変なこ、」
馬鹿なことを言う口を一旦黙らせるために、頬を両手で強く挟んだ。幸子の唇が頬に圧迫されてタコのような形になる。
「そういう問題じゃない。あのな、幸子。生理中にしたらな、辛いのはお前なんだぞ。病気になる可能性が高いんだぞ。わかってるのか?」
ぐにゅぐにゅと頬を痛くない程度に軽く縦横に引っ張る。柔らかい頬なのでよく伸びた。やんわりと頬を離すと、幸子はぽかんと呆けていた。間抜け面だ。でも、この間抜け面が世界で一番可愛いと思う。
「そうやってすぐに、自己犠牲するな」
世界一可愛い間抜け面の輪郭に、そっと片手を添えた。
「…抱きたくないわけないだろ」
欲望が詰まった声は切なげに揺れた。幸子の頬が紅潮していき、視線を恥ずかしげに下に向けた。
「…色々と、変なこと言って、ごめんね」
「…オレも、その、また暴走して悪かった」
後頭部に手を当てながら、オレも謝ると、幸子が顔を上げた。驚いている。
「え、そんな、謝ることじゃないよ。尽八全然悪くないよ」
「いや、キスまではいいとしてもファスナー下ろしたのは、やりすぎた。幸子が生理だったの抜け落ちてた」
沈黙がおりてくる。何か言おうと口を開くよりもはやく、幸子が先に口を開いた。
「…尽八」
「ん?」
「アップルパイ、食べる?」
いつものように、微笑まれて。ああもう。可愛い。二つ返事で食うと即答した。幸子のように暖かくて優しい味がするアップルパイを食べながら、二人で肩を並べて、テレビを観た。隣で上がる笑い声。ふっくらとしている頬をそっと盗み見ると、視線に気付かれて「どうしたの?」と、緩んだ目元で優しく見つめられた。
「…なんでもない」
一緒に暮らせたら、こんな穏やかで暖かい日が毎日続くのだろうか。自然と綻ぶ口元を携え、ゆっくりと、首を振った。
すっかり深夜になって、幸子のベッドの隣に布団を敷いた。敷くね、と言われたのだが、布団を持ち上げる幸子の足元があまりにもよろめいていたので、横から掻っ攫った。
「尽八には何から何までお世話になってるなあ。一年生の時から、ずうっと」
布団にくるまっている幸子が、苦笑している声が聞こえる。電気を消しているので、幸子がどんな顔をしているか見えない。
「オレだって、お前の世話になってる。巻ちゃんと走れなかった時とかな」
あの時のことを思い出すと胸が苦しくなる。謝ったら、幸子が心底困った表情をする。だから、代わりに。
「傍にいてくれて、ありがとう」
礼の言葉を述べた。自然と暖かい声になる。少しの間、静寂が流れた。寝てしまったのか、と思った時、「じんぱち」と掠れた声で呼ばれた。
「ん?」
「何回も言うけど、わたし、尽八が思うほど良い子じゃないよ」
言い辛そうな、恥ずかしそうな声色で、言葉は紡がれた。
「わたしも、今日、したかったの」
…え。
目が、自然と見開かれる。
「お風呂も、一緒に入りたかった」
どくん、どくん、と心臓が、細胞が活性化されていく。熱が全身を支配していく。
「…いつか、してくれる?」
ああ、もう、なんで寝る間際になって、そうやって。神経を昂ぶらせてくるようなことを言ってくるんだ、コイツ。
「そんなの、こっちから、頼みたいところだ」
胸が痛いくらい熱くなって、頭の中の感情をうまく言葉にできなくて、少し時間を要した。こんな有様、荒北に見られたらトークが切れる山神はどこ行ったァ?と馬鹿にされるだろう。
「…ありが、と」
安心したように、嬉しそうに、小さく呟くと、幸子はすやすやと寝息をたてはじめた。
対して、オレは。
寝られねえ…!!
ギンギラギンに目が冴えてしまった。
幸子の良い匂いがするし幸子の寝息が聞こえるしあんなこと言われるしああもう…!!
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところに…」
口の中でぶつぶつ寿限無を唱えている間、幸子の気持ちよさそうな寝息が少し憎らしかった。
眠れぬ夜につかまえて
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