とおまわりの記録番外編 | ナノ



(※『溶かすのはまた今度』のプロローグのようなもの。東堂さんのご両親捏造しています。)







以前、一度だけ来た。でもあの時はお客さんとして。丁重におもてなしを受ける側としてやってきた。今回もお客さんと言えばお客さんなのだけど。でも、今回は、違う。東堂の彼女として、家にお邪魔する。

ごくっと唾を呑みこんでから、厳かな外観を呈してそびえたっている大きな旅館を、見据えた。

「そっちは客人用だから、こっちからだぞ」

不意に声をかけられて、びくっと肩が跳ね上がった。東堂に顔を向けると、立派な玄関とは違う方向に向かって、人差し指をさしている。えっ、あ、うん、としどろもどろになって答える。二、三歩、後ろからてくてくとついていく。俯いて歩いているので、自分の茶色のショートブーツが視界に入っている。これでいいのかな。彼氏の家にお邪魔するのに茶色のブーツって失礼なのかな。いや、失礼じゃないよね?大丈夫だよね?いやでもわたしが知らないだけで古代から伝わる日本の礼儀では彼氏の家にお邪魔する時は―――、

「むがっ」

何かで鼻を打った。暖かかった。見上げると、東堂が呆れたようにわたしを見下ろしていた。

「途中から、声に出していたぞ。茶色のブーツ履いてきたら失礼などという古代から伝わる礼儀なんてない」

「へ…。あ、あはは…。声に出していちゃったんだ、わたし…」

きょとんとしてから、恥ずかしくなって、照れ隠しのために人差し指でぽりぽりと頬を掻く。すると、その手に、東堂の手がかぶさってきた。そのまま、頬に手を添えられる。

「大丈夫だ。このオレが好きになった女子なんだ。自信を持て。緊張したり、取り繕ったりしなくていい。自然体のままでいけ」

柔らかくゆるりと細めた瞳で、わたしを見つめる。この瞳にわたしは弱い。触れられたところから、伝染するように熱が伝わっていく。少し、視線を下に落として、「う、ん」と小さく返すことで精いっぱいだ。大きな手が離れる。少し名残惜しくて、代わりに自分の頬に手を添える。視界に茶色いブーツと、東堂のかっこいいスニーカーが映る。

…自然体。うん、そう自然体でいくんだ。こんにちは、はじめまして。わたし、東堂くん…あ、東堂のお父さんとお母さんも東堂だった。だから、尽八くんって言わなきゃ。尽八くんとお付き合いさせていただいている吉井 幸子と申します。箱学の三年生です。これよかったらどうぞ。って、お菓子を渡して…。

ぐるぐると考え込んでいると、訳がわからなくなってきた。思考回路が爆発して、しゅう〜っと煙が頭から沸いてくる。東堂はそんなわたしを見てハァッと息を吐いた。

「…いつまでもここでぼうっとしていたら日が暮れる。いくぞ」

わたしの手を握って、やんわりと引っ張る。その行動によって、やっと現実世界に戻ってこられた。握られた掌があったかくて、気持ちいい。されるがままに引っ張られていくと、東堂がドアの引手に手をかけた。

好きな男の子のお父さんとお母さん。絶対に、嫌われたくない。

はきはき、はっきりと。しっかりした良い子だなあ、と思ってもらえるように頑張ろう。

意気込むようにごくっと唾を呑んだ後、ただいま、と静かに言う東堂の声がした。

はきはきと喋ろう、と思っている時点で自然体から遠くかけ離れているということに、この時のわたしは気付かなかった。



リビングに通されて、わたしは、はきはきと喋った。

「ひゃじめまして、娘さんとお付き合いさせていただいている、吉井幸子と申します!」

しいん、と静寂が広がった。東堂のお母さんの目を丸くしている顔は東堂によく似ていた。東堂ってお母さん似なんだなあ…。それにしても、なんでこんなに吃驚されているのだろう…?今の段階で、変なこ―――…。…!!

さあっと血の気が引いていった。

ひゃじめまして、じゃない、はじめまして、だし、それに…!!

むす“め”じゃない、むす“こ”さんだ…!!

横で東堂がぶっと噴出して、お腹を抱えてくつくつと喉で笑い始めた。カァーッと顔に熱が集中していく。

「え、えっと、すみません、違います、息子さんは、息子さんでして、その、息子さんは、」

何か上手い事を言って失敗をなかったことにしようとすると、余計に頭がぐるぐると回って、ぐちゃぐちゃになっていく。

ぽん、と優しく肩に手を置かれた。東堂が笑いを噛み殺した表情を浮かべながら、紙袋を指さした。

「もうオレのことはいいから、それ、渡したらどうだ?」

「あ、う、うん」

わたしは頭を下げながら、紙袋を東堂のご両親に向かって差し出した。何日か前にデパートで買ってきたマドレーヌやクッキーなどが詰まったお菓子の缶である。

「その、こちらをどうぞ…!」

「まあ、ありがとう!」

…やっぱり東堂ってお母さん似だな…。お父さんもかっこいいけど、お母さんすごく美人さんだ…。綺麗…。ぽけーっと見惚れていると「幸子、ちゃん?そんなに緊張しなくていいのよ?まあ、私が綺麗だから緊張するのも仕方ないけど…」と誇らしげに仰った。うん、やっぱり東堂のお母さんだ…!お父さんはハハハ…と笑っていた。

…この人たちが、東堂を“東堂”として育てたんだよなあ…。

東堂尽八という男の子を生んで、育ててくれた人たち。感謝の念が体の奥底から沸いてくる。別に、おもしろいことがあったわけではないのに、自然と、笑みが零れ落ちた。ふふっと肩を震わせる。東堂はそんなわたしを見て「本当に笑い上戸だな」と、目元に微笑を滲ませて、そう言った。




「ねえねえ、尽八のどういうところが好きなの?」

東堂のお母さんは、不意に質問を投げかけてきた。え、と瞬きをしたあと、質問の意味を理解して、ぼわっと顔が熱くなる。東堂と東堂のお父さんが席を外しているから、こういった質問をしてきたのだろうけど…。お父さんはお仕事に戻り、東堂はどこかに追いやられてしまった。ちょっとガールズトークするから席を外してくれない?と、東堂のお母さんが言ったのだ。え、ガール…?と首を傾げた東堂はお母さんの綺麗な笑顔によって黙った。東堂が黙った。それくらい綺麗で迫力のある笑顔だった。

「えっと…」

好きな男の子のお母さんにどういったところが好きかを伝えるなんて。恥ずかしくて、口ごもる。その間も綺麗に細められた好奇心旺盛な瞳が見てくる。わたしは、ゆっくりと、口を開いた。

「…優しくて、かっこいいところ、です」

そう言うと、「あ〜」とお母さんはうんうんと頷いた。

「そうよね、あの子顔良いものね。私に似て」

「あ、えっと、はい。顔、もなんですけど。その…中身も、本当にかっこいいなあって」

膝の上でせわしなく手を動かす。両手を組んだり、人差し指と親指を合わせて三角形を作ったり。

「とう…、尽八くんは、いつもクラスの中心にいて、勉強以外の、なんというか、先を見通す力とか、周りのことをきちんと見ることとか、そういう頭の良さが、すごくて、なのに、いじられても、本気で怒るってことはなくて、笑って受け流して。そういう頭の良さをひけらかしたりしないで、その、えっと、」

えっと、とか。その、とか。いちいち間に挟まないと喋ることのできない自分がもどかしい。それでも、東堂のお母さんは、耳を傾けてくれていた。真剣な表情の中に、東堂の面影が残っていて、まるで東堂自身に、好きなところを話しているような錯覚を覚えて、恥ずかしくなって、俯く。

「副部長に選ばれた時だって、わたし、すごく納得したんです。騒がしく見えるけど、実際に騒がしい時も多いですけど、ここぞという時にはすっごく冷静で、自転車に対して、すっごく真剣で、わたしは、何かにあそこまで一生懸命になったことが恥ずかしながらないんですけど…。そういうところ、ほんとに、かっこいいなあって、いっつも思っています」

話していくうちに、今までの色んな思い出が胸の中に溢れた。きっと、わたし以外の人から見たら、“え、それのどこが大切なの?”と首を傾げたくなるようなやつもあるだろう。でも、わたしにとっては、ひとつひとつが大切な欠片で、どれも失くせない。大切な思い出。ひとつ、なぞるようにして、思い出す。

…あんなにかっこよかったら、たくさんの女の子にキャーキャー言われない方が、おかしいね。

「…ほんとに、すごく、かっこいいです」

ゆるっと頬が落ちて、ぽろっと呟かれた言葉は、でれっとした響きを持っていた。はっと気が付いて、慌てて頬をきりっと持ち上げる。

「幸子ちゃん」

「は、はい」

「お刺身、好き?」

…?
まさかここで好きな食べ物を訊かれるとは思わなくて、一瞬きょとんとする。東堂によく似た瞳がじいっとわたしを見つめてきて、はっと我に返る。

「す、すきです」

「そう。よかった」

ゆるりと細められた瞳。喜びと愛情が滲んでいて、すごく綺麗。思わず見惚れてしまう。

「どうしたの?」

「え、えっと…すっごく綺麗な人だなって思いまして…!」

「ふふふ、そうでしょう!」

誇らしげに笑う様は、やっぱり東堂に似ていた。





とびきりの愛情がここに


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