とおまわりの記録番外編 | ナノ



同じ相手から、一週間に何度も電話がかかってくる。愛しの彼女から、と言う事ができたらよかったのだが、残念ながら相手はむさ苦しい男。喧しい笑い声が特徴的の。

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ。

着信メール、一件。受信ボックスを開く。めずらしい。電話はたくさん寄越してくるが、メールはそこまで寄越してこないのに。そのメールを開くと、弁当の写メが添付されていた。…嫌な予感がする。手の中の携帯がまた震えはじめた。今度は着信だった。オレに電話をかけてくる奴といえば。そう、アイツだ。そして今回も、例外に漏れず、アイツだった。

「まっきちゃーん!!」

無駄に明るく弾んだ声から、奴が最高潮のテンションになっていることがありありと伝わってくる。この声色は…。思わず眉を潜める。「…何だよ」と気乗りしない声音で返すと、ワッハッハッと得意げな笑い声が返ってきた。

「メール見たか?」

「見たけどよ」

「うっまそうだろう〜!!」

…。

ああ、またか…。まァ、予測はしていたけどよォ…。ハァーッとため息を吐く。そいつは。東堂は。でれでれとした情けない声色で得意げに言った。

「吉井はな〜、料理上手なんだぞ〜!!」

…また、始まったッショ…。

東堂と知り合って、オレのことを巻ちゃんとか呼び始めて少し経ってから、東堂はとある女友達のことをちょくちょく会話に挟んでくるようになった。このジュース、吉井好きだったな、とか。バイト先で失敗していないだろうか、とか。ふーん、と聞き流していたが、『吉井』という女子のことを語っている時の東堂の瞳を見て、オレは確信した。

『目は口ほどに物を言う』という言葉は正しいわ、と。

ぎらぎらと闘志を燃やしている訳でもなく、ファンサービスの時の決まりきった流し目でもなく、ただ穏やかで愛情に満ち溢れている瞳。ある日突然紹介しよう!と電話をかけてきた時はビビった。東堂の女友達の吉井さんも、オレと同じで人見知りが激しい性分なようで、最初は会話が弾まなかったが、最終的には楽しく会話のキャッチボールをすることができた。今となっては懐かしい思い出だ。東堂に釣られて巻ちゃんと呼ぶ声は、穏やかで暖かくて。ちょうどいい温度の温泉に入っているようなぬくもりをくれた。

「巻ちゃん、彼女からの弁当は何という名前なのだろうか。愛妻…愛妻ではないしなあ、まだ。…なんてな!ワッハッハッハッ!」

この声はウザい。単刀直入に言うとウザいッショ。でれっでれしてやがる。

「なァ、話したいことって、それ?」

「いや、まだある」

東堂はきっぱりと、にべもなく、真っ直ぐに言い切った。

「…まだあんのかよ…」

げっそりとやつれ顔になる。明日は午後からといえ、部活あるんだから勘弁しろッショ。っつーか彼女いない状況で彼女の話聞かすな。普通に辛い。

「というかこの話題もまだ終わっていない。なあ、巻ちゃん。吉井の手はな、これくらいの大きさなんだ」

「いや電話だからわかんねえッショ」

「おお、すまんな。そうだな、卵を片手で割れないと言っていた」

「ちっちぇえな」

「そうだろう!!小さいだろう!そんな小さな手で作ってくれたんだ!!」

「うるさいッショ!!急に声をでかくすんな!!」

「おお、すまん。それでな、そんな小さな手で卵を割ってくれたのかと思うとな…ハァ…」

悩ましげなため息を吐いたあと、「ああ、月がきれいだ…」と少し浮世離れした声で言う東堂。絶対夏目漱石がアイラブユーを月がきれいですねと訳したアレを真似ているッショうぜえ…。絶対吉井さん思い浮かべているッショうぜえ…。ただただうぜえ…。

「吉井は謙遜するが、本当に可愛くてな。結構くすぐったがり屋で、ちょっと触るとくすぐったいよーって眉尻を下げながら笑った顔がもう言葉にできないくらい可愛くてだな…。でも肌がすごく綺麗でな、思わず触りたくなってしまうんだ…」

「…痴漢?」

「痴漢じゃねーよ!彼氏だ!!…そうか、オレ、彼氏なのか…。…ふっふっふ、はっはっは、わっはっはっはっ!」

憤然と怒りの声を上げて訂正する声は、次第に気持ち悪い含み笑いに変わり、最終的に大きな高笑いに変わった。一言で言うとうぜぇ。二言で言うと超うぜぇ。

「そうそう、それでな、巻ちゃん。部活が忙しいからな、デートの代わりに一緒に飯食いに行ったのだが、パスタを美味そうに食べる姿が可愛くてな、口の端にトマトソースがついていてな、帰り…わっはっはっはっはっ!」

…うっぜえ…。

東堂の高笑いが耳の中で轟く。そろそろ苦情が来るんじゃ「っせーんだヨお前!!ボリューム下げろ!!」…来たな…。「おう、すまんすまん」と軽く謝りながら、からからと窓を閉める音が聞こえた。いつまで続くんだこの電話。

「吉井もオレもな〜、たい焼きは尻尾から食べる派なんだよ巻ちゃん〜。これって運命だと思わないか…?」

「田所っちも尻尾から食うつってたぜ。良かったな。お前ら三人運命じゃねえか」

「それはたまたまだな。まあ、オレと吉井は運命だが…。ふふ、ふはっ、ははっ、わっはっはっはっ!」

皮肉を投げたのだが、軽く受け流された。東堂の笑い声を聞きながら白目になる。マジでうぜぇ…。山神ならぬウザ神…。

東堂が吉井さんのことを無自覚に好きな時は、ここまで可愛いを連呼していなかった。可愛らしいところもあるぞ!ぐらいだった。自覚してから、というか、付き合い始めてから、東堂はひたすら可愛いを連呼するようになった。笑った顔が可愛い、困った顔が可愛い、ちょっとむくれた顔が可愛い、手が可愛い…コイツはなんでも可愛いって言う女子高生か…?

「吉井はな、最近ジグソーパズルにハマっているらしくてな、今は百一匹わんちゃんの制作にとりかかっているそうだ」

死ぬほどどうでもいい情報ッショ。

「次はわんわん物語の制作にとりかかるそうだ。犬好きなんだ、吉井は」

それを聞かされて、オレは何と答えるのが正解なんだ?

「いつか一緒にディ○ニーランドに行こうと言ったら、すごくぱあっと顔を輝かせてくれてな。『うん!…すっごく楽しみだなあ』って笑った顔、が…!」

ディ○ニーでも宇宙でもどこにでも行っちまえ。

「巻ちゃん聞いているか?」

「…聞いているッショ…」

「流石巻ちゃん、オレの生涯のライバル!」

わっはっは、と上機嫌に笑う声がまた響く。うっぜえ。

「巻ちゃんは彼女いないのか?」

「いねえけど」

「そうか。巻ちゃん、言っておく」

電話の向こう側で、東堂が指をさす決めポーズをしているのが、なんとなくわかった。

「彼女とは、好きな女子がいるということはすばらしいぞ!!」

「…」

東堂は、べらべらと、喋った。

「女子の声援も嬉しいが、彼女のは、吉井のはもう次元が違う嬉しさなんだよなあ…」

彼女どころか女子にも応援されたことねーよ。

「頑張ってね、と言われると、いや吉井に言われたから頑張るのではないが、あの笑顔とあの声で応援されると、ただただ幸せだなあとしみじみ思うんだ。聞いてくれ巻ちゃん。大分前、一緒に撮った写真を後生大事に生徒手帳に入れていてな。オレが見つけた瞬間顔を真っ赤にして『わー!』と言って取り返そうとしてきてな。でも、オレが腕をあげたら、吉井の身長じゃ全然届かなくてな。爪先立ちして取り返そうとしてきて、そしたらバランスが崩れてオレの胸へ飛び込む形になってしまい、その時吉井の良い香りがふわっと漂ってきて、くらっときて、ごめんと言いながら離れようとする吉井を思わず抱きしめてしまい、もう可愛すぎて、ぎゅーっと力強く抱きしめていたら、吉井がもぞもぞ動いて、はっすまない痛かったか!?と言ったら『ちょっと…。でも、わたし…東堂になら、痛いぐらい抱きしめられたい…』あー!!もう!!もう!!もう!!」

ウザいので切った。




ちょっとやそっとじゃとまらない


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